それから48年の歳月が過ぎた。無事生還した女の子はすくすくと成長し、立派な53歳のおばさんへと成長した。その母もまた、77歳の立派なおばあちゃんへと変貌を遂げていた。

あんたって、すぐどっかへ消える子だったけど、あの時ばかりはびっくりしたわー。

よく助かったよねえ。

休日の昼下がり。菓子をつまみながら、お互いすっかり年取った親子の会話が弾む。

その時、母が意外な後日談を口にした。

あ!そうそう思い出した。
あのおばちゃんねえ、最後まで誰かわからなかったんよ。バカ娘の命の恩人だから、お母さん高級なお菓子を持ってお礼に行ったのよ。どこそこの誰々とちゃんと聞いたもの。それなのに、そんな家はないし、誰に聞いてもそんな人はいないと言われたのよ。そういえば見慣れない感じの人だったわね。かっこうも…何というか。

農家のおばあちゃんみたいやなかった?

そう!あの辺畑なんかないしね。あんまり聞いて回るのも…って結局渡せなかった。

ええ?そんな展開になってたとは。母もやはり、なんだか不思議な感じを抱いていたのだ。
そして私は突然、確信した。

私を助けてくれたのは、土地神様だ。

家から目と鼻の先に幼稚園があり、その道路を挟んで向こうの森の中に、大好きな神社があった。毎日のように仲間と探検に出かけ、日が暮れるまで遊んだ神社。
石蹴り、セミ捕り、かくれんぼ。春夏秋冬、朝昼晩。季節ごと、時間ごとに惜しみなく私たちに色とりどりの遊びを与えてくれた神社。
神妙な気持ちで時々中を覗き込んだりした事はあっても、お賽銭を入れて手を合わせた記憶はない。

それなのに、いつでも見守ってくれて、絶体絶命の時に助けに来てくれた。そうなると、収穫を表すお百姓姿や、男性のような話し方、迷わず私を送り届けてくれたくだりがしっくりと来た。おそらく土地神様が伝えたのは、もとお社があった場所だったのだろう。

行こう。明日。あの場所へ。

楽しかった神社での思い出。守られていたという有り難さ。胸はなつかしさと有り難さでいっぱいになり、涙がこぼれそうになった。