と、これは事件の起こる約1年前の出来事だった。
…話を哀れな幼稚園児に戻そう。

その闇をまたいで立ち、落下防止と脚の疲れ軽減を画作するも望みは絶たれた。おまけにその中に恐しい形相と火炎を見て、そちらに顔を向けることもままならなくなってしまった。

絶体絶命の危機に立たされた園児は、ただその掘っ建て小屋の壁の横枠を両手で握りしめ、その間におでこを押しつけて何も見ないようにするしかなかった。

その時、不意に声がした。

誰かおるんか?

びっくりして叫ぼうとしたが声にならない。代わりに閉じられた木戸をゲンコツ出叩こうとすると、木戸が乱暴に左右に揺れた。

ガガガがッ!と大きな音がして、同時に懐かしい太陽の光が差し込んだ。そしてそこに大柄な女性のシルエットが浮かび上がっていた。

逆光な上チビの女の子が見上げてもその顔はよく見えなかった。畑にいるおばあちゃん、といった風情だったが知らない人が突然現れたことにも驚き、人見知りの園児は前にも後ろにも動けずただ突っ立っていた。

大丈夫か?

男性のような口の聞き方にも違和感を覚える。

誰だろう、この人。

悪そ坊主たちが。酷いことを。送ろう。家はどこだ?

そもそも知らない場所に連れてこられて見当がつかない。

えーと。

グズグズしていると、

おいで。

振り返りもせず、前に立って歩くと、女性は後ろ手に私の手を掴んだ。そして、どうだろう。この辺だったっけ…とつぶやきながら私の家の方へと進むではないか。おや?と一瞬思ったが、これは園児あるあるだ。社宅に住んでいたし、自分は知らないが周りの大人が自分を知っている事はよくあった。それだろう。

首尾よく私の家に到着し、女性はベルを鳴らした。出てきた母はしきりにお礼を言い、わたしにもお礼を言うように促した。私はボソボソと女性のモンペに向かってお礼を言うと、玄関先の母の横をすり抜けると家に飛び込んだ。

閉じ込められたのも怖かったが知らない人とずっと並んでいるのにも耐えられなかったのだ。

こらっ!ちゃんとお礼を言いなさい!

母が振り返り叫んだが、私は部屋に駆け込んで戻らなかった。母はその後も
随分長いこと女性と話し込んでいるようだった。