ソクラテス
ソクラテス
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%B9
ソクラテスは当時賢人と呼ばれていた人々や通りすがりの若者を次々にたずね「アポロンの宣託の通り自分が最も知恵があるのかどうか」を知るために対話を行った。
しかし、ソクラテスのこの行動は相手の考えを向上させることができる対話であったが当時の賢人たちは「常識」に執着したため、結局「知っていると言っていることを、実は知らないのだ」ということを暴くことになった。
相手は論破され恥をかかされたとしてソクラテスを憎むようになった。
無知
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E7%9F%A5
他人の無知を指摘することは簡単であるが、言うまでもなく人間は世界の全てを知る事は出来ない。
ギリシアの哲学者ソクラテスは当時、知恵者と評判の人物との対話を通して、自分の知識が完全ではない事に気がついている、言い換えれば無知である事を知っている点において、知恵者と自認する相手より僅かに優れていると考えた。
また知らない事を知っていると考えるよりも、知らない事は知らないと考える方が優れている、とも考えた。
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さてさて、あけおめ。ことよろ。(・ω・)
っつーことで、テンションはやや低めでお送りします、2009年クソブログ初めでございます。
いろいろぐぐってたら、賢人ソクラテスのウィキペディアにおもろいことが書いてあったので付けとく。
俺はソクラテスについて、なんもシランけどね。
去年の8月、このクソブログに【 不謹慎 】という言葉を書きに、仰山の人が押し寄せたときのことを思い出したわ。
あんとき俺がやりたかったことは、この産婆術だったんだろうなあと。違うかもしらんけど。(・ω・)
俺好みな対話術っぽい気がします。
暇な人は、文章も短いし、ウィキペディア読んどくといいかも。( ^ω^)
問答法
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%95%8F%E7%AD%94%E6%B3%95
真理探究の方法
我々が、ごく自明のものと考えている「正義」「道徳的な正しさ」などその言葉の使用に際して、我々が理解していることの内実をよくよく問いただされてみると、我々が意外に生半可に理解しただけでその言葉を使用していることに気づかされる。
そしてそこから、その言葉は本当はどんな意味で理解されるものなのか、そしてそれが我々に要請する道徳的な行為とは何かということに思いを至らしめることになる。
ソクラテスの本を読んでみたくなったわ。読まねーだろうけど。(・ω・)ウム
ソクラテス自身はかなりの恐妻家で、妻のクサンティッペに「何が哲学だ!?屁理屈ばかり重ねずに仕事をしろ」と言われるなど頭が上がらなかった。
サーセンwwwwwwwwwwwwフヒヒwwwwwwwwwww
そんな中、ソクラテスは結婚について悩んでいる人間に向かい
「結婚してもしなくても、どのみち君は後悔することになる」と言った。
結婚したらしたで後悔があり、結婚しなければしないで後悔がある、と。ソクラテス。。(´ω`)
そりゃあ人間だもの、生きてりゃ悩みが尽きることはないわな。
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ダニー・ボーイ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A4
この歌詞はイングランドの弁護士、フレデリック・ウェザリーの作である。元々は別の曲のために1910年に作られた詞だったが、それは広く知られるには至らなかった。
1912年にアメリカにいる義理の姉妹から「ロンドンデリーの歌」の楽譜を送られると、彼は翌1913年にその詞をこのメロディーに合うように修正して発表した。
女性の立場で男性に別れを告げる歌として解釈できる内容だが、この歌は男性歌手によっても多く歌われてきた。また両親や祖父母が戦地に赴く息子や孫を送り出すという設定で解釈されることも多い。
ようつべで【 Danny Boy 】で検索すると、多くのアーティストが歌っていて驚かされる。
聴いたことはあったけど、誰の歌だったかシランかったんよ。
某M子さんのブログの画像見て、映画のメンフィスベルを思い出したんで。
キングス・シンガーズの、ダニー・ボーイで〆。
