ぬーん
マザー (ジョン・レノン)
ジョンは1940年 10月9日 にリバプールで船員として働いていた父アルフレッド・レノンと母ジュリアとの子として生を受けたが、すぐに父は行方不明になってしまう。母は他の男と暮らしはじめ、ジョンはジュリアの姉のミミ夫婦に預けられた。ジョン5歳の時、突然アルフレッドが姿を現しジョンを連れ出すが、ジュリアと親権をめぐっていさかいとなる。結局ジョンは母ジュリアを選ぶのだが、ジュリアは再びジョンをミミ夫婦のもとへあずけ、一緒に暮らすことはしなかった。アルフレッドもまた行方がわからなくなってしまう。
この体験によって負わされたジョンの深い心の傷が、本曲の「母さん、いかないで!父さん、戻ってきて!」という叫びに現れている。また、「子供達よ、僕の過ちを繰り返すな。僕は歩けもしないのに走ろうとした。」というメッセージも添えられている。
John Lennon Mother
http://www.nicovideo.jp/watch/sm3468609
う、イカン、、ジョンのマザーを聴くと涙が止まらん。
ジョンとほとんど同じ経験をしたから、この歌は胸にくる。目を開けて聴くことが出来ん。(´ω`)





ジョン・レノン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%83%8E%E3%83%B3
1962年8月23日、ジョンはシンシア・パウエルが妊娠したのをきっかけに彼女と結婚した(今で言う出来ちゃった婚 である)。
シンシアとの間の息子、ジュリアン・レノン は1963年 4月8日 に誕生した。ジョンは息子ジュリアンに対して冷淡であり、ジュリアンはむしろポールと親しかった。彼は後にこう語っている。
- 「父さんが僕についてどんなふうに思っていたか、本当のところを知りたいと思ったことはない。非常に嫌なことを言われたんだ。土曜日の夜にウィスキーのボトルを開けたせいでお前が生まれてきたんだ、とかね。これのいったいどこに愛なんてあるんだ。ポールはかなり頻繁に遊んでくれたよ。父さんよりね。僕らはいい友人だった。その頃の僕とポールがいっしょに遊んでいる写真は、僕と父さんの写真よりもはるかに多い」
両親と生活したことのないジョンは、どうやって息子と接すればいいのかがわからなく戸惑っていたという。 ポールと楽しそうに遊ぶジュリアンを見たジョンに「どうしたらジュリアンが喜ぶか教えてくれないか?やり方が判らないんだ」そう聞かれたことがあるとポールは語っている。
ちなみに、ジョンとシンシアの仲が険悪で喧嘩ばかりしていた時、ポールがジュリアンを励ますために作った曲が「ヘイ・ジュード 」である。
The Beatles - Hey jude -
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1589954
なんつうかさ、親って、最初から親じゃねんだよなって。(´ω`)
大人は、先に生まれていろいろ経験はしていても、子供を育てるって普通は初めてだよ。
犬や猫じゃねんだから、子供が生まれることだって初めてだし、子供が5歳になることだって初めてだし、子供が10歳になることも初めてなんだよ。
思春期の子供がいることも初めてだろうし、子供が就職したり結婚したりすんのも全部初めてなんだもの、上手くできないことだって、親にもあるよなあ。
俺に子供はいないから、親の気持ちを想像するだけなんだけどさ。
育児って、戸惑うこといっぱいだろうなって、思うんよ。
それがましてシングルマザーなら、なおさらたった一人で大変だろうなってな。
俺の親父はほとんど仕事だけで家にいなかったし蒸発しちまったから、オフクロが俺を育てたよ。
まあ、ばあさんとじいさんが近くに住んでたけどさ。
だからなんつうか、少し気持ちわかるっつうか。うまく言えねえけど、
一人で子育てする親をバカにするやつは、どうにも許せなくてなあ。
この数行を書くだけなのに、ヘンなスイッチが入って涙が止まんねえよ。
ビートルズは胸にしみすぎる。
アギレラの、マザーで〆。