題名の通り、監督の話です
アーセナルで22年間の長期政権をしていた 日本でも馴染みの深い 『 アーセン・ヴェンゲル 』 の言葉が今しがた綴られています
ここでは、アーセナルというメガクラブで監督をしてきたことの括りでの話になっていますが、日本代表・Jリーグ・ユース(高校サッカー)・JYまでの育成の監督もプレッシャーの大小は違えど全く同じなんじゃないですかね
基本的には、最後の全ての責任を負う監督とは物凄い孤独
試合で使わなければ選手からは嫌われ(育成ならば親に)、負ければ国民やサポータから罵られ嫌われる
しかも、嫌われるのにその人間の人格はほぼ関係ありませんからね
スポーツ選手たちは現場(ピッチ)に立つことに命を懸けていますから、監督がいくら人格者であっても使われない選手は100%不満に思い嫌い文句を言います
もちろん生の現場(内外)を知らない国民(サポーター)からの評価は、試合結果とあっていようが間違っていようがメディアの好き放題の報道の仕方一つで決まる
これを分かった上で読んでみて下さい
フランスのラジオ局 RTL に出演し
「 アーセナルを率いて、最大のミステイクは何だったか? 」
ヴェンゲル
『 おそらくは、同じクラブで22年という長きに渡って指揮を執ったこと、それ自体かも知れない 』
さらに、
『 なにもかもを犠牲にしたことが大きな後悔だ。信念を貫くために多くの人を傷つけ、多くの人びとの意見や家族を顧みなかった。なにかに取りつかれた男は、それを追求するあまり、自己中心的になる。あまりにも多くのものを失ったね。
最近よく訊かれるんだ。ティエリー・アンリとパトリック・ヴィエラは良い監督になるかと。
もちろんイエスだ。
彼らはフットボールを熟知する知性溢れる者たちだからね。
ただ、覚悟はしておいたほうがいい。朝3時にふと目が覚めて「誰を使うべきか? こうしたらどうなる? 勝つための最良の方法は?」と自問自答し続ける、そんな職業だということをね 』
色んな監督や中田英 本田圭佑しかり、皆 選手(日本代表)を辞めたら急に優しくなった とかどーだこーだ言ってるけど、それも大きな間違いでして
本人たちは元から優しい人間であったけど、超本気の現役中(代表中、監督中)は歯を食いしばり戦っているだけであって、そこに妥協と目に見えるだけの安易な優しさはこれっぽっちもない
とりあえずは一線(プロ選手、日本代表、監督)を退くことで肩の荷を下ろせ、素直に笑顔をさらけ出せる優しい本来の自分の姿に戻っただけで、人間としての本質はなにも変わっていない
だけども、本気で戦っている最中のイメージだけで、普段も笑わないストイックな厳しいだけの人間だと、勝手に周りは勘違いしてしまう(これもかなりの偏見です)
しかもそれが 「 嫌な奴 」 と、どこかで変換される
でもまぁそこまでの経験者が、そうそう世間の身近にいないから、余計に浮いた存在に見えちゃうんでしょう
これもずっと前にも書きましたが、メディアを信じた世間で言われている事じゃない全く別の真実であったとしても、人間(特に日本人は)て自分の知らないことには粗探しと揚げ足を取り、どんな些細なことでも何とかその人物のマイナス点を探し、やっかみから批判して嫌う生き物ですからしょうがないんですけどね・・・
そんな戦っている最中にメディアが取材をして、そいつの自己判断で勝手に人間を作り上げ発信をし、虚像を作り上げる
だから私が何度も言っている通り、 面白おかしく作り上げた
『 メディアや人の噂 風評に騙されるな 』
です
あとこれは特に外人指導者(日本人指導者にもいます)への対応の仕方についてですが、真剣にやらなきゃいけない場所で笑顔(笑って)でスタッフに対応する奴は、確実に本気でやってないと捉えられ外されますよ(優しい日本人のホントに良い部分の笑顔の対応なんで非常に難しい判断になりますけど、特に笑顔は外人には通じ辛いです💦 ←これも現役時にチームを外されたという、選手としては凄い損をした自分の経験談から)
PS
世間の皆さんは、何年も365日24時間寝れないほど仕事(サッカーだけではなく、全ての仕事のこと)のことを考えてられますか?
それをそいつがただ好きだからしょうがないんじゃん と一言で片づけちゃうのはどうなんですかね?
そんな一言で片づけちゃう軽い奴らは、他人を批判しない方がいいよ
そもそもその物事への思い入れと、取り組む姿勢の気持ちのレベルが違うから
子供たちって、何も考えず損得なしに素直にサッカーが好きで、ただ単純にプロサッカー選手になりたい
この気持ちだけで行動をしてるので、指導者の方々はその気持ちにどれだけ本気で向き合えるか?
これだけだと個人的には思っています