- 外事警察 (幻冬舎文庫)/幻冬舎

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映画観てきた。
最近小説を読んで、かなり面白かったので、ドラマは見てないが観て来た。
静かにかっこよくて、静かに面白い。
無駄な要素を削りに削ったマジなサスペンス。
コレ単体で観ても十分楽しめる。

映画観てきた。
最近小説を読んで、かなり面白かったので、ドラマは見てないが観て来た。
静かにかっこよくて、静かに面白い。
無駄な要素を削りに削ったマジなサスペンス。
コレ単体で観ても十分楽しめる。
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バンドが木目でかっこいい。
クルミの木材らしい。
パッと見、腕時計には見えない。
ブレスレッドみたい。
少し重めかな。
リューズの上のボタンでライトもつくので、暗くても見える。
かなり気に入った。
写真は、BlackBerry 9900で撮ってみたが、いろんなところに書いてあるとおり、接写は苦手のようだ。

最近で言うと、「かもめチャンス」「弱虫ペダル」あたり、少し前だと「Over Drive」といったロードレース漫画があり、どの漫画も熱くさせる何かがあるが、「シャカリキ!」は主人公の異質性で他とは一線を画すと思う。
この、主人公の異質性は、曽田正人作品の面白さの一つだと思うのだが、ソレについては後で書くとして、「シャカリキ!」の内容から。
主人公、野々村輝は無口で、ほとんど何もしゃべらない、基本はぼーっとしていてなんのとりえもない感じだ。
しかし、目的を見つけると、黙々と、誰にも言わず、その目的を達成するべく邁進する。
その目的も、自転車に乗るための前段階として必要なものであって、基本的に自転車以外に興味はない。
ただ自転車に乗るためなら何でもすると言った感じだ。
そして、野々村輝のアイデンティティーといえるものとして、ロードレースの中でも「坂」が挙げられる。
彼は、坂を上るために自転車に乗るのである。
レース中も坂以外は、別人のようである。
ただ、その坂を登るときも、周りから見るととても楽しそうには見えない。
いつも死にそうな表情で登る。
それは、常に自分の限界のスピードで可能な限り登るからであり、何度登ろうが完璧はない。
その、他とは違うキチガイじみたスタイルに周囲がついていけなくなる描写も多々ある。
作中には、震えるセリフが何個もあるが、その中でも、野々村輝が言った常軌を逸したセリフがコレだ。
コレは、ものすごい落車をして、選手生命を脅かすほどのケガをした後、最初のリハビリの際、周囲が自転車に乗ること自体が、トラウマになっていやしないかと心配する中でのセリフだ。
「落車はもう怖くなくなった、ビョーインにいけば治してくれるのがわかったさかい」
どんな漫画か気になった人はぜひ読んでみて欲しい。
次は「め組の大吾」

これは、消防士の漫画だ。
昔、山田孝之主演でドラマ化されているので、結構有名だと思う。
この主人公、朝比奈大吾は「レスキュー」という自分の生きる糧を見つけるまで、自分自身で誰にも必要とされないつまらない人間だった、と言っている。
なので、朝比奈大吾は「レスキュー」を人を救うため以上に、自分がつまらない人間に戻らないためにやるのだ。
しかし、「レスキュー」は何かが起こったときに必要になるものだ。
そして消防士は、その何かが起こらないようにするのも仕事で、理想とするのは「レスキュー」が必要な事態がまったく起こらないようになることである。
もちろん朝比奈大吾もそう思っているが、彼は心のどこかで、もし何も起こらない世の中ならば、自分はまた誰からも必要とされなくなってしまう、と恐れている。
その、何かが起こらないと発揮されない才能、そしてその何かとはたいていの場合人々の不幸でありその中でしか必要とされない才能を作中では、「悲しき才能」と称している。
この「悲しき才能」は、「シャカリキ!」の野々村輝にもつながっているようだ。
野々村輝の坂での様子は、最初周囲からも応援され、ライバルとも切磋琢磨できるのだが、あまりの悪魔じみたスタイルにもはや誰も近づけなくなる。
そして、「シャカリキ!」の野々村輝の自身を省みないところは朝比奈大吾にも多々ある。
要救助者を救助するという目的のためならば、いかなる手段を用いてもソレを遂行する。
その手段が、常軌を逸しているので、周囲がついていけなくなるのだ。
次に「昴」

ただ、私は「昴」に関しては、他の曽田正人作品ほど熱くならない。
なんか、昴はどこか逸脱していない。
孤高ではないような気がするのだ。
なので、次に行く。
次は「capeta」

まだ連載中の漫画で自動車レースの漫画だ。
この漫画は、自動車レースのレース部分以外のところも多く描かれているので、他の曽田正人作品の主人公と比べて、比較的まとも(笑)だ。
ただ
この主人公、平 勝平太もレース中はかなりキてる。
ソレが垣間見えるセリフがコレだ。
このセルフは、大雨の中、スリックタイヤ(乾いた路面を走るためのツルツルのやつ)をはいた、もはやフレームのいかれた車で、トップを獲りに行くとき、クラッシュしてタンカで運ばれていく選手を見ているときのセリフだ。
そんなもんか
タンカに乗るだけか
このままふまなかったらボロ負けして
タンカどころじゃねー
おれ もうレースが出来なくなるんだぞ
もうやることひとつじゃんか
このセリフの後アクセルを踏み込んでいく。
この平 勝平太も目的のために自分の身などどうでもいいような雰囲気を出している。
総じて、曽田正人作品の主人公にいえることは、
目的のためにすべてを捨てる、すべてを注ぎ込む。
自分自身さえ、道具の一つとして扱う。
このあたりが、私を震えさせるのだろう。
さらに、曽田正人作品はココッ!というところで、セリフを含めた、音の描写が一切なくなる。
そのあたりで何度読んでもブルッときてしまうのだ。
そういう、音がないのに動きを見せる書き方とか、引き込まれるようなコマ割とか曽田正人作品には正直ヤラレタっとおもう部分が多々ある。
まったく興味がない題材であっても、だまされたと思って読んでみて欲しい。
必ず震える。