亡き次男に捧げる冒険小説です。


===============

三三

 森の今後を決める話し合いは深夜まで及び、テーリとソアラが解放される頃には満月が高く上っていた。ガヴを連れて3人は《自然教》の用意した客人用の樹上の館に入っていた。部屋に着くや否や、長いこと組織から離れていると怪しまれると言って、ガヴは誰の許可も取らずに飛んでいってしまった。姿が見えなくなるまでソアラは手を振り、ガヴを見送った。月明かりに映えるソアラの横顔を見て、ガヴのことが本当に可愛いんだね、とテーリはぼんやりと呟いた。テーリの視線に気付いたソアラが顔を向けてニコリと微笑んだ。

 森の今後を決める話し合いはテーリにとって上々の内容だった。ソアラとの婚約破棄はテーリの森の現状を憂う気持ちが発端だった。その気持ちを正直に父親に伝えた。ある面では《野伏》の子が《自然教》の立場で物を申したといえた。テーリの父は深いため息を吐くと、テーリと《自然教》の司祭に謝罪をした。《野伏》の本分を忘れ、森の今を破壊する行為があったことを素直に認めたのだ。司祭はそれに呼応して、森の維持発展を双方の協議で進めていくことを提案した。テーリはその協議の立会人としてソアラを推した。双方の気持ちがわかるテーリとその妻ソアラなら、ただ利益を追い求める開発を許しはしない。両家から異を唱える者は出なかった。

 

 父たちとの話し合いを振り返り、

「僕たちは森の救世主だね!」

などとテーリは嘯いて笑った。巨木の枝に設えた寝室にテーリは戸惑いながら、月明かりがよく入る寝室のベッドに2人は腰掛けていた。元々口数の少ないソアラと2人きりで月夜を見上げていると、段々と会話がなくなってくる。沈黙を嫌うテーリは月に関する蘊蓄を話すことにした。

「白く輝く月をね、皓月っていうんだ。皓月千里なんて言葉もあって、今日みたいな明るい月夜を言うんだね。僕は皓月を眺めるのが好きなんだ。」

月夜を見上げテーリの言葉をソアラはうっとりした表情で聞き入っていた。

「皓月…。とても素敵な呼び名です。テー様って物知りですよね。」

 褒められて嬉しかったが、気にかかる言葉をテーリは指摘した。

「テー様はもうやめてくれないかな。昔からだけど、こそばゆいよ。」

そう言われたソアラの顔がぱっと明るくなった。

「実は、その…お呼びしたい言い方がありまして…。」

テーリは剽軽に目を剥いて驚いた顔をした。

「何て呼びたいーの?」

唐突にヴァッロの物真似をする。ソアラはヴァッロのことをテーリやテーリの義兄弟から嫌というほど聞かされていたので、吹き出してしまった。一しきり笑うと、

「テーちゃん…。」

とか細く呼んだ。ナーレはテーリのことをテー兄と呼ぶ。テーちゃんにはそれに通じる親しみがあった。テーリは嬉しくなって、もう一度とせがんだ。ソアラが恥ずかしさを振り切って顔を上げて、

「テーちゃん!」

と、今度は目を見てはっきりと呼んだ。

 見つめ合う2人の時は永遠に静止したようで、この逢瀬に終わりが来なければいいのにと、2人は願った。

 皓々と2人を照らしていた月に雲がかかったのは、2人の離れ難い気持ちが最高潮に達した時だった。たちまち闇夜が訪れる。

「皓月も粋な事をしてくれるね…。」


 《翠玉光の森》の夜は更けていく。夜の静けさは人々に安らぎを与える。生きとし生けるものは暗闇の中でこそ、次の朝に向けた英気を養えるのだ。


【第3話後編三四に続く】 

毎週 月・水・金曜日 午前8時(辰字正刻)更新