現在アメリカと欧州を中心に世界中において高いインフレに悩まされています。日本においても電気やガス、自動車のガソリンなどのエネルギー資源価格をはじめ、生活必需品である食料品等の値上げが目立ちますが、他国においてはもっと高いレベルで物価上昇が進んでいるところです。各国政府首脳や中央銀行総裁はマクロ経済政策運営で難しい舵取りを余儀なくされています。

 

ここで最初にきっぱり述べておかねばならないのは、同じ物価や商品価格上昇でもアメリカと欧州、そして日本で置かれている状況が異なるということです。それぞれの国でマクロ経済政策の処方箋が変わってくるということを理解しておかねばなりません。日本ですべきマクロ経済政策をアメリカやイギリス(以下UK)でやってしまってはいけないのです。

 

結論を先に述べますと、アメリカや欧州においては金融政策と財政政策を両方同時に緊縮で引き締める必要があるでしょう。日本についてはここで何度か述べていますが、金融緩和と積極財政を最後のひと押しでまだ継続する必要があります。(25年以上続いた慢性的な経済停滞から完全に脱した後は日本も金融緩和のテーパリングと財政の抑制が必要)

今回の記事で最も重要な点は金融政策と財政政策は両方同じ方向性でやらないと、ちぐはぐなマクロ経済政策となって、後々厄介な問題を起こすということです。

 

いま起きているインフレの発端は中国・武漢からはじまった新型コロナウィルスの全世界的な感染爆発です。それによって工場などの生産現場や物流が停まり、経済活動が麻痺してしまったことは記憶に新しいところです。企業の操業停止や売り上げの落ち込みによって多くの労働者が休業や失業に追い込まれ、各国政府はかなり大規模な財政出動を余儀なくされました。また金融政策についても、企業が資金繰り悪化で倒産してしまうことを防止するために各国中央銀行は全開で金融緩和を行って、超低金利政策やモラトリアム(債務償還猶予)を実施しています。こうした大規模な金融緩和と空前絶後の財政出動は多くの民衆の生活や企業の生産活動の維持、そして金融の崩壊を防ぐためにやむを得ないことでした。

 

ただ問題はアメリカの民主党・バイデン政権が打ち出したインフラ整備などの超大型財政政策が結果的にやりすぎたことや、新型コロナ感染拡大収束後の需要膨張(ペントアップ需要)と生産供給不足が予想以上に大きかったこと、そして長期の失業給付がもたらした大離職問題(Great Resignation)と人手不足による賃金高騰が高インフレを招いてしまったことです。住宅建築需要増加による木材や半導体などの不足が顕著となり、原油も景気回復を見込んで取引価格が高騰していきます。さらにそこへ今年2022年よりロシアのプーチン大統領がウクライナに侵略戦争を仕掛け、天然ガスや原油価格、小麦などの食糧品価格の高騰に滑車をかけます。この経済混乱の元凶は中国とロシアという2つの軍事独裁国家が招いたものであり、この二国を生産・供給網から外していかねばならないのですが、いきなりそれをやることは難しく、他国はかなり長期のインフレを覚悟しないといけないことになりました。

 

話がそれかけましたが、冒頭で述べたようにアメリカの場合はFRBの金融政策を引き締めると同時に、財政支出も抑制的にしていかないとインフレの鎮静化が望めない状況になっています。ところがバイデン政権側の財政政策は拡大気味のままで、FRBの金融政策の引き締めだけが強化されています。FRBは何度も政策金利の引き上げを繰り返し続けてきたのですが、それでもなかなかインフレの抑制ができませんでした。金融政策だけに偏ったマクロ経済政策運営になっています。トラックでいえばエンジンブレーキや排気ブレーキ、リターダーなどを使用しないまま、摩擦ブレーキだけで減速・停止させようとしているものです。長い急坂でこんなことをやっていたらブレーキが利かなくなってトラックは道路をはみ出して横転したり、谷底へ転落することになるでしょう。

 

ちなみに日本の場合はいまのアメリカとは逆で金融政策を緩和しないまま財政支出だけを拡大してしまったり、金融緩和は思い切ってやっているけれども、財政は緊縮のままという政策を繰り返してしまい、1990年代から今日まで慢性的デフレ・低成長経済体質から抜け出せずにいたという過ちをしてきました。第2次安倍政権で大胆な異次元金融緩和を行って、企業の投資と雇用はどうにか持ち直したものの、消費税の増税を2回も行ってしまうなど財政が緊縮気味のままだったために消費が伸び悩んだままです。そのおかげでなかなかインフレ目標2%達成に至らないままコロナ禍を迎えてしまいました。

 

UKについてですが、7月に辞任を決めたボリス・ジョンソン氏に代わって、9月に新しくリズ・トラス氏が首相に任命されました。

トラス首相は5年間で約450億ポンド(約7兆円)に上る減税プランを発表し、来年4月からの法人税率引き上げを中止するほか、所得税の最高税率も引き下げることにしました。また光熱費高騰に苦しむ家庭・企業への支援策として、今後半年間で600億ポンド(約9兆3000億円)を支出することも表明しています。ところがこの発表後、ポンドが1ドル近くまで急落しました。そうなってしまったのは 

  1. UKがEUを離脱した後に外国人労働者が入ってこなくなり、慢性的な人手不足状態になって賃金上昇が止まらなくなったことと、
  2. イングランド銀行(英中銀)のインフレ抑制がひどい後手後手であったこと、
  3. それに加えトラス新政権がかなり長期の財政拡大をコミットメントしてしまったこと

にあります。

 

米財務長官を務めたことがある経済学者のローレンス・サマーズ教授は、UKの経済政策を「沈み始めた新興国のように振る舞っている」と酷評します。

サマーズ氏、英経済政策でポンドは対ドル等価割れも-日銀介入も批判 - Bloomberg

元日銀政策委員であった片岡剛士さんは次のようにツイートされています。

 

嶋津洋樹さんのコメントは次のとおりです。

 

イングランド銀行が早めに金融引き締めに踏み切らず、インフレを野放しにした挙句に、財政政策の方は長期に渡って膨張させることをトラス新政権が表明してしまったために、市場関係者は見放す格好でポンドの投げ売りをしたということです。なおトラス政権の減税や巨額財政支出は国債を財源にして行いますが、国債金利がUKの経済成長率を上回ると、さらなる財政維持の懸念を招いてポンド安を加速させるという悪循環を招く恐れがあります。

 

UKだけではなく、イタリアでもメローニ氏率いる右派連合に政権交代となりましたが、反露ながら反EU色が強く、対露制裁の足並みを乱したり、UK以上に過激な経済政策を行ってしまうリスクが生じています。

 

いずれにしても全世界的に金融政策と財政政策が非常に歪でちぐはぐなものとなっており、予想外の経済混乱を招きかねない状況です。政府側が財政を拡張させたまま、中央銀行側が政策金利だけをどんどん吊り上げていますが、これは企業の事業投資意欲を冷え込ませ、雇用と景気の悪化を招く可能性が高まっています。この痛みと引き換えにインフレが抑制されたならまだ良いものの、下手をすればインフレが止まらず、景気と雇用まで悪化してスタグフレーションを発生させてしまったら最悪です。これが原因で政情不安や暴動・テロの多発となってしまったら目も当てられません。

 

日本についても、現在の岸田政権の経済政策に対する無関心ぶりを見ていると、来年4月の日銀総裁人事をきっかけにマクロ経済政策が迷走してしまう危険性があると筆者は予想しています。現在の黒田東彦日銀総裁はマスコミや左派政党などの批判を浴びながらも、日本の企業の投資と雇用意欲は十分引き出しきれていないと判断し、金融緩和継続の姿勢を貫き通していますが、次期総裁に旧い日銀官僚の体質を遺す中曾宏氏や雨宮正佳現副総裁が就任してしまった場合、生煮え状態で金融緩和政策を縮小してしまうと考えられます。そうなると日本の企業は思い切った将来投資を行うことができなくなり、雇用が低迷し続けたり、技術力の劣化や産業空洞化が進むことになるでしょう。日本経済の再活性化は絶望的になります。

 

安倍元総理を失い、来年4月には黒田東彦日銀総裁と若田部昌澄副総裁の任期が終了することで、日本は世界経済混乱の荒波から護る防波堤が無くなります。深刻なスタグフレーションや経済ショックに巻き込まれてしまうことを警戒しないといけません。

 

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