コロナ禍で世界各国が巨額の財政出動を余儀なくされ債務が膨張しています。多くの人々は直感的にこれについて大きな不安を抱くでしょう。しかしながらこの危機において誰かが背負わざるえない負債です。国家がこの負債を背負わないのであれば民間の個人や企業が背負うしかありません。しかしそれをやってしまったら世界中の民間産業が巨額負債に圧し潰され壊滅状態になり、消費だけではなく生産活動も崩れて社会機能が破綻するでしょう。いまの経済システムを維持するには結局国家がこの負債を背負うしかないのです。

やや感情的な言い方になりますが、自分は本来この理不尽なかたちで発生した負債は中国共産党に背負わせるべきで、アメリカなど世界各国が彼らの資産を差し押さえして没収してでもツケを払わせるべきだと思っています。しかしながら現実にはそうはいきません。(それをやるとしたら第3次世界大戦、ハルマゲドンです)

 

国債の大量発行による政府債務の異常膨張と財政危機を不安視する人たちがかなりいます。国家財政規律が損なわれることで国債価格が暴落したり、通貨価値が棄損してハイパーインフレが起きるといったことを言う経済学者や評論家がわんさとおり、毎年のように「国債暴落」とか「国家財政破綻」「日本経済崩壊」などといった本が発刊されていました。

自分も買っていた「破綻本」

 

こういう本が出てくるようになったのは1990年代後半からのことで、「ノストラダムス本」とか「ホラー本」と揶揄されてきたのですが、結果として20年以上、国家財政破綻とか円の暴落、ハイパーインフレは発生しませんでした。むしろリーマンショックなどの深刻な需要不足型不況とそれを反映したデフレ(物価下落)が進行してしまったぐらいです。ここまで来たら「なぜ日本は国家財政破綻しなかったのか」とか「ハイパーインフレが起きなかったのか」を考えた方がいいのではないでしょうか。結局出てきた答えは国家財政のストックは1200兆円超えでGDPの237%にも上る累積債務があるといっても、それは資産を差し引いた純債務ではなく、日銀などを含めた統合政府で貸借対照したらトントンだから財政破綻や国債暴落みたいなことは起きなかったというものです。下はIMF(国債通貨基金)が発表した世界各国の資産と負債の高さを表したものです。

日本の財務省は国家財政の貸借対照表を左の資産側をみせず右側の負債部門だけ見せて「1200兆円も負債がある」といってきました。

 

日本の国家財政が破綻するリスクは大きくないという話はここまでにして、本題の国家財政状況とインフレの関係に入っていきます。基本的に物価というものは生産・供給されているモノやサービスといった商品の量と貨幣の供給量、人々がお金を遣う頻度によって決まってきます。新古典派経済学者のアーヴィング・フィッシャーが数式化したMV=PT(マネーの量×流通速度=物価×商品量)という交換方程式が有名です。

消費者が商品を買う需要が少なくなると生産供給側がダブつき、商品価格を下げてでも売れ残りが出ないようにします。それはデフレ(物価下落)です。逆に商品が活発に売れていくようになると生産者や供給者は強気の価格で販売するようになり物価が上昇します。これがインフレです。あるいは戦争や自然災害などで生産供給が著しく低下すると需要側に対して品不足気味となりインフレを引き起こすということもあります。需要と供給のバランスが物価を決める基本法則です。つまりはインフレ・デフレという物価の動きは民間の経済活動状況に左右されるもので、直接的に国家財政状況と連動するものではないのです。

 

今年2020年8月に元日銀審議委員で名古屋商科大学ビジネススクール教授である原田泰さんがWedge Infinityに寄稿された記事で政府債務残高と物価の関わりについて述べられています。

 

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/20269

 

上で述べたように日本の政府債務残高対GDP比は既に敗戦直前の1944年の204%を超えてしまっています。しかしそれでも戦中、戦後に起きたようなインフレは起きていません。なぜでしょうか?原田さんはこう言います

米国でも日本でも、最近では財政赤字や債務残高とインフレ率との関係は薄い

 

原田さんの記事は第2次世界大戦当時のアメリカの財政状況についても比較されており、

米国の政府債務残高の対GDP比は、1945年度で117.5%となっていたのに対し、2019年度は106.9%と、ほぼ同じになっている。ただし、物価は1941年から49年までで62%しか上がっていない。

と指摘します。62%のインフレ率は結構高いですが、それでも日本の78.5倍にも高騰した物価に比べたらかなりおとなしい方でしょう。ちなみに現在のアメリカの政府債務残高対GDP比は2019年度は106.9%で、1945年度の117.5%とほぼ同じですが、現在の消費者物価上昇率は1%以下にとどまっています。

 

原田さんは日本の敗戦直前からひどいインフレを発生させてしまった原因は

  1. 財政を将来の生産に結び付くようなことに遣わず、戦費にあてがってそれをみな海に沈めてしまったから
  2. 生産力を軍用品に振り向けられ日用品の生産が疎かになっていた上に米国による空襲で日本国内の工場が破壊されていた。さらに米国の海上封鎖により、原材料も輸入できなかった

という2点であると仰います。つまりは著しく生産供給側が棄損し、圧倒的なモノ不足状態だったということです。需要>>>>>供給という状態です。上の自分が掲げたMV=PTの図ですと左下になります。軍部にのっとられていた政府が生産供給力が著しく低下しているにも関わらず国債や貨幣の発行を濫発したのでひどいインフレが起きて当然です。

 

モノやサービスの生産供給力が高い国では需要より生産供給力が上回りますのでハイパーインフレが起きてしまうようなことはまずありません。豊かな生産供給力を有した国の政府は徴税力も高いです。ベネズエラなどのようにハイパーインフレが起きてしまうような国は著しく生産供給力が低いことが多いです。その国の政府が多額の財政赤字を抱えていたり対外債務を背負っていた場合、その国のモノやサービス、資産を売り払って債務を償還しないといけませんが、モノや資源が枯渇し徴税能力が劣った国ではそれができません。

 

そもそもインフレ・デフレといった物価というものは民間個人の消費意欲(需要)とそれを満たすための生産活動(供給)のバランス状況を反映させたものです。金利なんかもそうです。一応政策金利は日本銀行など各国の中央銀行が設定・調整するものですが、その適正な利子率は民間企業が研究開発や設備増強、人材補強などの投資意欲によって決まってきます。これを自然利子率といいます。物価や金利はもともと民間の経済活動状況を反映させたものであり、政府の財政状況を直接反映させたものではないのです。

 

ところが藤巻健史氏は通常のインフレとハイパーインフレは異なるといいます。氏は「インフレ・デフレはモノの需給で決まりますが、ハイパーインフレは中央銀行の信用失墜が起きた時に起こります。」と言っています。いったい通常のインフレとハイパーインフレの違いは何なのでしょうか?私にはまったく理解ができません。

 

もちろん過去に起きたハイパーインフレを検証していくと私や原田さんが述べたように市中で生産されているモノやサービスの量と国債・貨幣の発行量のバランス状態に必ずしも比例していたとは限りません。駒澤大学経済学部准教授の矢野浩一さんがSynodosに寄稿された「リフレ政策とは何か? ―― 合理的期待革命と政策レジームの変化 」という記事のなかで合理的期待仮説を提唱しノーベル経済学賞を受賞したトーマス・サージェント教授のハイパーインフレに関する研究を取り上げています。この研究においてハイパーインフレは政府・中央銀行が政策を実行する上で守っている戦略やルールの変更によって人々の予想や期待がかわることで発生したり収束したりするということが明らかにされます。つまり「政府・中央銀行が、財政赤字を垂れ流し、それを貨幣発行でまかなう」という戦略やルールによって人々は貨幣の膨張やその価値の暴落を予想することでハイパーインフレが発生し、逆に「政府・中央銀行が、財政赤字を垂れ流しを食い止め、国債や貨幣の濫発をやめる」という政策レジームの転換でハイパーインフレが収束したということです。こういうと藤巻氏の説明と一緒ではないかと思われるでしょうが、サージェントの発見で興味深いのは「ハイパーインフレが終了した後も、(実は)急速な貨幣成長が続いていた」ということです。ヘンな言い方ですが人々が「ハイパーインフレになる」と思えばそうなるし、「ハイパーインフレが収まる」と予想すれば収まるという話になってきます。実際の貨幣供給量とインフレ状態が必ずしも比例していたわけではないのです。

貨幣についての研究をされた岩井克人教授的にいえば「お金は人々がそれをお金であり続けると信じ続けるからお金であり続ける。ハイパーインフレはその予想や期待が崩れた現象である」ということになります。

 

このように人々の予想や期待によってハイパーインフレが亢進したり収束することがあるのは確かですが、だからといって現実の商品生産供給量と貨幣発行・供給量の均衡が無関係であると断ずることはできないとも私は認識しています。根も葉もない予想や期待だけでハイパーインフレが起きたりするというのはいくらなんでも不自然です。CDS(Credit default swap 投資対象先が破綻した時に備える保険みたいなもの)の出資者たちは自分たちの損得に大きく関わるので、債務者の財務状況を必死に調べますが、日本国政府の国債のCDSは低い水準でデフォルトリスクが小さいと判断されています。

https://finance-gfp.com/?p=6447

 

日本において「ハイパーインフレが起きる」と煽り立てる人たちの言動をみていきますと、どうも貨幣や国債の発行量ばかりを強調していて、その裏付けとなるモノやサービスの生産や供給力の側を見事スポイルしています。商品貨幣説的にみたときこうしたモノやサービスといった実物財の裏付けがあるかどうかが重要になってきますが、ハイパーインフレのことばかり強調する人はそれを否定します。私は常々デフレ状態と超低金利状態が慢性化しているいまの日本の経済状況ならばまだ国債発行を財源とする積極財政を行う糊代は十分にあると説明してきましたが、それについても総供給量に対し不足している総需要分を補填する範囲内ならひどいインフレ発生につながることはないとみているからです。

ここでひとつ私の脳裏に浮かんできたことがあります。

国内のモノやサービスの生産供給力を見ずに「政府や中央銀行が国債を大量発行してしまったり財政規律を守らないと円の信認が失われてハイパーインフレが起きる」といった発言をする人たちは物価あるいは貨幣の価値が民間の経済活動状況ではなく政府の財政や中央銀行の金融政策に対する信認で決まると思っているのではないかということです。お金の価値や信用は国家権力によって裏付けされるという説を貨幣国定説と言います。どうも藤巻氏の貨幣観は商品貨幣説よりも貨幣国定説に近いのではないかと私は見なしています。

 

藤巻氏と対極であるかに見えるMMT(現代貨幣理論)の支持者たちの貨幣観も実は貨幣国定説です。MMTerが説明する貨幣の発祥説は当初モノや貢献の貸し借りの証みたいなかたちで貨幣が生まれたけれども、その信用の裏付けは貨幣となるものを国家が徴税手段として認めることでなされるという説明をしています。以前のことですが私はYahoo!blogs時代にMMTerのひとりである中野剛志氏の貨幣観について批判したことがあります。

 

https://ameblo.jp/metamorphoseofcapitalism/entry-12543329038.html?frm=theme

 

MMTerは商品貨幣説を否定するのですが、彼らの貨幣観の基礎となる貨幣国定説はモノやサービスといった実物財の価値を貨幣の価値に反映させるロジックが存在しません。藤巻氏と中野剛志氏は一見正反対のことを主張しているかに見えて実は両方とも実物財(商品)の価値とかその生産や供給という観念が欠落しているという同じ思考欠陥を持ち合わせているのです。モノの価値とお金の価値の結びつきやその均衡という観点ができていないから、不足した有効需要の穴を埋めるために政府が国債や貨幣の発行量を増やすと聞いただけで「ハイパーインフレになってしまう」と慌てふためいたり、逆に「5000兆円財政赤字を出してもそんなの関係ねえ!」みたいな極論に走ってしまうのです。

貨幣の価値や物価は民間の経済活動状況ではなく政府や中央銀行が持つ国家権力によって決まるという見方は国家社会主義的であるともいえましょう。藤巻氏・中野氏らMMTer共々、金融(緩和)政策(Monetary policy)で民間事業者の事業拡大や投資意欲を引き出し生産力を高めるという発想も希薄で、彼らの話は財政政策(fiscal policy)に偏っているのです。財政規律を守ることで貨幣の秩序を保つという話も実は財政政策になります。国や中央銀行が刷るカネの量で物価や景気がすべて決まるという思い込みです。
 
過去30年間の日本は金融政策をひどく冷遇し続けました。藤巻氏もそれに加担しています。日銀の誤った金融政策によって企業の資金調達を苦しくさせて事業の拡大や次世代への技術投資ができにくくなってしまったことにより、国際競争力の低下を招いています。雇用の不安定化で労働者の職能腐食も進んでいます。こちらもあまり極端なことを言いたくはないですが、過去の日銀がやってきたように金融緩和を中途半端なところで打ち切って企業の投資意欲を萎えさせてしまうことで供給側の腐食が再度進行し、最後には供給側の著しい衰えで悪性のインフレを招くといった事態を想像できなくはありません。
 
いまの日本において先に取り組むべきことは国家財政規律よりも、民間の経済力が腐食してしまうことを防ぐことです。これまで日本の民間企業が持っていた優れたモノやサービスを生産する能力を誤った金融政策や緊縮財政で潰していってしまうことで稼ぐ力を失うことこそ悪性インフレ発生のリスクを高めることになります。民間経済より国家財政ばかりに注意がいってしまうのは結果的にカタストロフィというべき状況へ導きかねないのです。

 

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