先日2020年9月23日夜に放映されたBS-TBS番組「報道1930」で竹中平蔵氏が「毎月7万円のベーシックインカム」導入案を提言したのですが、ツイッターなどのSNSでこのことが拡散され毎度のことながら「社会保障費削減ダー」「7万円でどうやって生活するんダー」「弱者切り捨てダー」などと罵詈雑言の嵐となりました。

 

毎月7万円の「所得制限付きベーシックインカム」 竹中平蔵氏の持論が波紋

 

ベーシックインカムについては私も非常に強く興味を持っていまして、Yahoo!blogs時代から「ベーシックインカム構想」編を書いてまとめていました。元日銀審議委員で名古屋商科大学ビジネススクールの教授である原田泰さんや明治大学の准教授である飯田泰之さんが提案されたベーシックインカム案を参照しながら書いたものです。制度の基本的な設計案については次の記事まとめておきました。

 

標準的なベーシックインカムの制度設計案

 

 

ざっくり説明しますと、原田泰さんや飯田泰之さんの案ですと、全国民に一律30%ほどの所得税を課して、それを主財源にして7万円程度のベーシックインカムを全国民に支給するというものです。そうすることで中~高職者層は所得税を支払わないといけないけれども7万円の控除を受けることになり、低所得者の人には現金が給付される仕組みになっています。つまり国民全員に7万円のベーシックインカムは支給するけれども所得税の徴税によって相殺して、低~中所得者層の人たちだけお金が配られるかたちにしますよということです。文章を読むより概説図を見ていただいた方が制度構造がわかりやすいでしょう。

下 飯田泰之さん作成の概説図

 

さて竹中平蔵氏について話を戻しますと、自分は氏が出演された番組を視たわけではないですが、冒頭のリンク記事を読んでみた限りですと、氏が説明するベーシックインカムの基本的設計案は原田泰さんや飯田泰之さんが仰っていることと大差ありません。いったん国民全員に給付して所得税を課税して中~高所得者に給付した分を相殺する仕組みです。多分竹中氏のBI案も原田さんの案が下敷きになっているのでしょう。ですので自分が最初に直感的に感じたのは「なぜこれで炎上するの?別に間違ったことを言っていないじゃない?」というものです。この方が言うことは何から何まで悪意としか受け取られないようですねえ・・・・・ご愁傷さまです。

 ツイッター上に現れた竹中平蔵・監視bot

 

ただし番組で説明した竹中氏のベーシックインカムの制度設計や財源確保上必要な老齢基礎年金や生活保護(その中の生活扶助)、雇用保険など重複給付分統廃合の話があまりに大雑把すぎるし無神経だと思いました。どうも竹中平蔵氏は生活保護制度や厚生年金を含めた公的年金を全廃させるというようなことを言ってしまっていますし、さらには公的医療保険までBIの統合対象になるような誤解を与えたようです。番組のテロップに書かれた「ベーシックインカムを導入することで、生活保護が不要となり、年金も要らなくなる。それを財源に」というのは乱暴な説明です。こんな説明をしてしまったが故に疑心暗鬼になってしまう人が大勢出てくるのです。下は今野晴貴氏と藤田孝典氏の竹中氏批判記事です。

 

 

 

生活保護は8つの扶助が盛り込まれています。最も基本的な生活扶助をはじめに住宅扶助や教育扶助、介助扶助、医療扶助などがあります。

 

 

ベーシックインカムと重複するのは生活扶助で地域によって差がありますが、ちょうど単身で7万円程度の支給になっているようです。竹中氏は生活保護が置き換えになるというだけではなく、その中の生活扶助分がBIに置き換わると説明すれば炎上しなかったのです。

 

あと竹中氏の「年金も要らなくなる」という発言についても問題です。現在老齢年金は一階部分の国民基礎年金を土台に二階部分として厚生年金等が積み上げされています。

 

ベーシックインカム導入で統廃合対象とされているのは一階部分の基礎年金です。竹中氏の発言ですと二階部分の厚生年金部分まで一律7万円のベーシックインカムに統合してしまえということになります。これでは長年懸命に働いて年金保険料を支払い続けた厚生年金受給者たちは大きな不満を持つことでしょう。こういうところも竹中氏の説明は雑です。

 

あと年金は保険方式となっており、これを税負担方式に転換させていくには相当の時間と行政コストがかかります。原田さんもそのことを認めていらっしゃいます。あと高橋洋一さんはベーシックインカム導入の難しさについて次のようなことを仰っています。

 

BI。基本的な難問。BIと保険原理に基づく社会保障をどのように整合させるのか。BIをいう人は保険数理を知らない人ばかりなので、この難問の答えは窮するだろう。BI論者でこの問題があることを理解していない人も多い。なぜ世界でBIを本格的に導入してこなかったのはこの難問へ解答できないから — 高橋洋一(嘉悦大) (@YoichiTakahashi) September 25, 2020 

BIは基本的に広く給付。保険原理は広く集めて少数に給付。社会保障は、生活保護を除くと年金、医療、介護は保険原理で運営されている。もし保険原理をBI原理にした場合、極端に単純化するとすべての人から徴収し同じ額を給付ということになり、社会保障が成り立たなくなる

— 高橋洋一(嘉悦大) (@YoichiTakahashi) September 25, 2020

高橋さんが指摘するこの矛盾や難題は給付額や規模が大きいベーシックインカム制度になればなるほど膨らんでいきます。

 

ベーシックインカムという制度は非常にシンプルです。

しかしながらこれまで何十年間も続いてきた公的年金制度や公的医療保険制度、雇用保険制度、まだ比較的歴史が浅いですが介護保険制度は国民すべての人が必死に働いて長年コツコツと支払い続けた保険料によって支えられてきています。さらにいえば厚生年金や医療保険制度は歴史上の経緯から複雑な構造になっており、制度改訂の繰り返しで何度も増改築を繰り返した建物のようになっています。そうした制度を解体してしまうことは大変な困難を伴います。厚生行政は人の生死に関わるので制度改革は極めて慎重に行わないといけないのです。

 

これは竹中氏を含めてのことですが、ベーシックインカム導入論者の多くはいまの日本の複雑な社会保障制度の成立経緯や制度構造について学ぶ努力をしてきたとはいえません。ベーシックインカムの導入は社会保障と税の一体改革が不可避ですが、「財源は国債や通貨発行をバンバンやって賄えばいいのだ」という横着極まりない論理に逃げ込み、現行社会保障制度との折り合いをどうつけるかという問題を直視しようとしませんでした。今回の竹中ベーシックインカム騒動を通して感じたのは竹中氏と氏を非難する側双方がまともに制度設計案や予算案に目を通そうとせず、アバウトな雰囲気だけで話をしているなということです。ベーシックインカムに限ったことではありません。他の経済政策の議論すべてにおいて帳面の確認をせず、政治イデオロギーや勝手な思い込みだけで罵り合っているという幼稚さを改めて思い知らされました。

 

ここのブログでは金融政策の基本的説明に力を入れてきましたが、これを積極的に活用してきた第2次安倍政権のアベノミクスについても、経済学の理論に沿った議論ではなく安倍信者VS反アベみたいな構図で金融緩和賛成とか反対という図式でしか評価されてきておりません。今回の騒動で最後に嗤うのは国民への給付を惜しむ財務省をはじめとする役人らでしょう。国民全員が損する不幸なかたちになってしまったと思います。

 

この記事で取り上げた今野晴貴氏や藤田孝典氏は貧困問題に深く関わってこられていますが、現在生活保護の利用ができている人や自分が支援できる範囲の人だけではなく、ひどい困窮状態に置かれながら一切の公的支援を受けられていない人たちをどう救済するのかを考えて頂かねばなりません。両氏はベーシックインカムの導入に難色を示されていますが、水際作戦や硫黄島作戦など数々の問題を抱える生活保護制度に代わる新たなセーフティネットの対案を出すべきです。

 

このような有様ではベーシックインカムの導入は不可能に近いでしょう。菅義偉総理は相当の切れ者で剛腕と云われますが、そんな氏でも大掛かりな社会保障と税の一体改革が前提となるような大袈裟なベーシックインカムを実現に結びつけることは難しいと思われます。

私は既存社会保障制度や税制を極力弄らずに、もっと簡素で小規模・低予算で実現可能な低所得者への現金給付制度を考案する方がいいと考えます。その一案が給付付き税額控除です。給付額は最高ひとり月4万円~5万円程度に設定し、実質サイバー歳入庁としての機能が期待できるデジタル庁やマイナンバーを活かして一定所得以下の人に給付するものです。先の原田さんの試算ですと数兆円程度でできると説明されています。

 

もともと今回のベーシックインカム待望論はコロナ危機で所得が急減してしまった人への緊急的な現金給付の必要性が発生したことから再浮上したものです。それならば次の大規模災害や疫病発生、深刻な経済危機に備え、早期の所得保障制度創設を急がねばなりません。導入にかなり慎重な議論とその時間を要するベーシックインカムや社会保障制度改革が本当に相応しい解決策なのでしょうか?私は月額4~5万円程度でもいいので、もっと簡素な所得支援制度をいち早く準備していただきたいと願っております。

 

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