メタメタの日

パンセ


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必要があって,地球温暖化関連の本をいろいろ読んでいるのだが,温暖化論者,懐疑論者の甲論乙駁で,理系の素養がないとけっこうきつい。経済学の素養がないのに世界経済をめぐる議論を読むきつさと似ているな,と感じる。どっちが正しいのか,判断基軸がはっきりしていないのだ。

20年も30年も40年も専門で研究している学者同士で,真っ向から意見が対立している問題に,たかだか数ヶ月啓蒙書を10冊ぐらい読んだ者が何を言えるのか,と思ってしまう。

で,10冊ほど読んだところで,あまりにも基本的な疑問に囚われてしまった。

二酸化炭素の濃度とその増え方について,国連の「気候変動に関する政府間パネル」(IPCC)の「第4次評価報告書」には,二酸化炭素の世界の大気中の濃度は,「工業化以前の約280ppmから2005年には379ppmに増加した」とある。つまり,この100年ぐらいの間に年間1ppmぐらい増えた,ただし,「最近10年間(95年~05年)の平均は年当たり1・9ppm」の増加だ,と。

ppmは百万分率の単位だから,貯金残高が100万円あるとしたら,二酸化炭素の分は379円で,それが,年間1円ずつ増えていたが,この10年ぐらいは2円ほど増えている・・・

確かに,それまでの地球のキャパシティを超えて100年間で30数パーセント増というのは凄いことかもしれないが,全体に対する割合は,100万円のうちの379円。今後,それが1円ずつ増えていったとして,正直,こんなもんで,地球が温暖化するのか,こんな程度の二酸化炭素を削減するとかしないとか騒いでいたのか,と思ってしまう。

『図解雑学 地球温暖化のしくみ』(江守正多監修,寺門和夫著,2008年6月,なつめ社)の41ページには,「深さ1m,幅20mの50mプールに1パック(1ℓ)の牛乳を入れると牛乳の濃度は1ppmとなる」とあって,イラストも付いているのだが,イラストだから,プールとパックの大きさの比率がとても100万:1には見えない。しかし,50mの透明な水のプールに不透明な牛乳を1ℓ流し入れるというイメージと,100万円の貯金が1円増えるというイメージとでは,量の比率は同じなのにかなり違うように感じますね。


環境省が出している「STOP THE 温暖化 2008」というパンフレットの最後の2頁を読むと,最近の「地球温暖化懐疑派」からの批判に答える回答が並んでいる。

http://www.nies.go.jp/stop-ondanka/2008/pdf/full.pdf

一読した感想では,なかなか苦しそうな回答に読めてしまうのだが,でも,「コンピューターによる気候シミュレーションでは,人為的要因を考慮しないと,実際の観測結果を再現できない」と言われると,やはり,100万円が1円増えるだけでも,影響はあるんだな,しかし,それにしても,1円が増えるだけで・・・,と思ってしまう。


エネルギー・資源学会誌の地球温暖化特集(http://www.jser.gr.jp/ )を読むと,懐疑論者が4人(赤祖父,丸山,伊藤,草野)で,IPPC論者が一人(江守正多氏)だが,孤軍奮闘の江守氏の冷静な議論にかなり説得された。実は,それまでは,マスコミで目にしたり,実際に本で読んだのは,養老孟司氏にしろ,武田邦彦氏にしろ,懐疑派の方が多かったので。しかし,赤祖父俊一氏や丸山茂樹氏ら,学界碩学の「懐疑論」,「否定論」(丸山氏は寒冷化論者)を読むと,理系素養が無い者は,またまた動揺するのだけれど・・・


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 古代エジプトでは,分数は単位分数の形しか認めていない(あと,2/3)から, 「リンド・パピルス」には,2÷奇数の割算について(奇数は3から101まで),答を異なる単位分数の和で表している。その単位分数の和の表し方について,原則があるのかどうか。

たとえば,2÷9は,1/5+1/45と表せるが,リンド・パピルスは,1/6+1/18の形で表している。一般的には,奇数をn×mという積で表し,(n+m)/2をpで表すと,2÷奇数は,1/pn+1/pmという単位分数の和で表せるが,古代エジプト人は,必ずしもそうしていない。

2÷13は,上の一般式によれば,1/7+1/91と表せるが,リンド・パピルスは,1/8+1/52+1/104という,3つの単位分数の和で表している。

そこには何か原則があるのか。『リンド数学パピルス』(A.B.チェイス著,1929年,朝倉書店,1985年)では,チェイスは,6つの規則に分類しているが,どの奇数がどの分類になるのかの原則はありそうもない。つまり,古代エジプト人は,それぞれの奇数について,個別に,どういう単位分数の和で表すのかを考えたようだ。

これは,いま小学生が文章題を解くときに,問題の個別の数に則して問題を解こうとするのに似ているように思える。例えば,自転車で15分間で4km進んだときの時速を求めよ,という問題を,「利発な」子どもは,15分で4kmか,60分なら4倍で16kmだな,とするだろう。「愚直な」子どもは,分速を求めて60倍するか,15分を時間で表して,道のり(4km)÷時間の計算をするでしょう。

系統的発達段階についても,個体的発達段階についても,その初期段階では,数学の問題を,数の個別性に則して問題を解くということが言えるのでしょう。(「利発な」子どもの解き方を,私はひそかに「個別算」と呼んでいます。)


ニュートンの大学での算術の講義録“UniversalArithmetick”の英語訳をGoogleのブック検索で全文が読めるので重宝しているのだが,見ていたら,旅人算が出ていた。

「郵便配達のAとBが,59マイル離れた地点から出発した。Aは2時間に7マイル進み,Bは3時間に8マイル進む。BがAより1時間遅れて出発したら,AはBに出会うまでに何マイル進むか」

http://books.google.co.jp/books?id=oAg3AAAAMAAJ&printsec=frontcover&dq=Universal+Arithmetick&as_brr=3#PPA180,M1

 旅人算の問題自体は,古代中国にも,日本の江戸時代にも,ニュートン以前の近世ヨーロッパにもあったから,別に珍しくもない。ニュートンは,これを方程式で解き,さらに一般化している。タイトルの“UniversalArithmetick”通り,「普遍算術」を講義しているわけです。

 日本の受験算数で,明治時代から有名な「牧場で牛が牧草を食べ尽くす問題」も,この本の中に出てきます。つまり,「普遍算術」,方程式で解く問題の例題として出てくるのですが,日本では,この問題を「ニュートン算」と名づけて,特殊算の一つの解法を編み出しています。普遍算が特殊算に退化したのです。


 個別→特殊→普遍の発展段階を強調することは,ヘーゲルの図式に囚われているのかもしれませんが,事態をとらえるフレームワークとして有効だと思っています。


※中学入試で,古代エジプトの分数の表し方の問題が,どこかで出てことがあったが,どんな問題だったのか。答えは何通りもあるはずだから,どういう問題にしたのだろうか。


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かけ算九九表の種類は,0の段の有無(無いのが標準)を考えず,1の段の有無(有るのが標準)を考えなければ,片九九だけでも16種類あるわけです。

http://ameblo.jp/metameta7/entry-10224516879.html

このうち,歴史上大勢を占めたのは,次の3種類のようです。

http://ameblo.jp/metameta7/entry-10205836577.html


古代中国型九九表

九九八十一 八九七十二 七九六十三 六九五十四 五九四十五 四九三十六 三九二十七 二九一十八 一九如九 

八八六十四 七八五十六 六八四十八 五八四十 四八三十二 三八二十四 二八十六 一八如八

七七四十九 六七四十二 五七三十五 四七二十八 三七二十一 二七十四 一七如七

六六三十六 五六三十 四六二十四 三六一十八 二六十二 一六如六

五五二十五 四五二十 三五十五 二五一十 一五如五

四四一十六 三四一十二 二四如八 一四如四

三三如九 二三如六 一三如三

二二如四 一二如二

一一如一

 

 中国型九九表

一一如一

一二如二 二二如四

一三如三 二三如六 三三如九 

一四如四 二四如八 三四一十二 四四一十六  

一五如五 二五一十 三五一十五 四五二十 五五二十五 

一六如六 二六一十二 三六一十八 四六二十四 五六三十 六六三十六

一七如七 二七一十四 三七二十一 四七二十八 五七三十五 六七四十二 七七四十九

一八如八 二八一十六 三八二十四 四八三十二 五八四十 六八四十八 七八五十六 八八六十四

一九如九 二九一十八  三九二十七 四九三十六 五九四十五 六九五十四 七九六十三 八九七十二 九九八十一

  

 西洋型九九表

一一一 一二二 一三三 一四四 一五五 一六六 一七七 一八八 一九九

二二四 二三六 二四八 二五十 二六十二 二七十四 二八十六 二九十八

三三九 三四十二 三五十五 三六十八 三七二十一 三八二十四 三九二十七

四四一十六 四五二十 四六二十四 四七二十八 四八三十二 四九三十六

五五二十五 五六三十 五七三十五 五八四十 五九四十五 

六六三十六 六七四十二 六八四十八 六九五十四 

七七四十九 七八五十六 七九六十三

八八六十四 八九七十二

九九八十一


「古代中国型」から「中国型」への移行は,『算学啓蒙』(1299年)では,なされていて,現代中国の小学校でも,この九九表が教えられているようです。

http://zh.wikisource.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%9B%A0%E6%AD%8C


日本では,奈良時代に九九が伝来してからしばらくは「古代中国型」だったが,室町時代には「中国型」になったようですが,これも中国から伝来したのでしょう。ただし,戦国時代(16世紀)には「西洋型」も併存していて,ロドリゲス『日本大文典』(1604-08年)にはその九九表が記載されています。(「西洋型」と名づけたのは,ロドリゲスが「我々と同じもの」と呼んでいるからなのですが)

江戸時代前半の和算書で,九九表(あるいはそれに該当するもの)を掲げているものをみると,次のようになります。http://www2.library.tohoku.ac.jp/wasan/

ソロバンを使う一般大衆向けが「西洋型」,算木を使い中国の数学書を読む和算家向けが「中国型」で,江戸時代を通じて『塵劫記』の普及とともに西洋型が大勢を占め明治へと至るわけでしょう。


西洋型

『塵劫記』(1627)(一の段を欠)

『改算記』(1659)(一の段を欠)

『古今算法記』(1671)


中国型

『竪亥録』(1639),『因帰算歌』(1640)

『算法闕疑抄』(1659)

『算俎』(1663)


中国・西洋混合型

『算元記』(1657)

『算元記』は,ソロバンの珠の置き方を九九で教える図で,次のような九九になっています。各段の前半が中国型,後半が西洋型になるわけです。

一二二 二二四 二三六 二四八 二五十 二六十二 二七十四 二八十六 二九十八

一三三 二三六 三三九 三四十二 三五十五 三六十八 三七二十一 三八二十四 三九二十七

一四四 二四八 三四十二 四四十六 四五二十 四六二十四 四七二十八 四八三十二 四九三十六

一五五 二五十 三五十五 四五二十 五五二十五 五六三十 五七三十五 五八四十 五九四十五 

一六六 二六十二 三六十八 四六二十四 五六三十 六六三十六 六七四十二 六八四十八 六九五十四 

一七七 二七十四 三七二十一 四七二十八 五七三十五 六七四十二 七七四十九 七八五十六 七九六十三

一八八 二八十六 三八二十四 四八三十二 五八四十 六八四十八 七八五十六 八八六十四 八九七十二

一九九 二九十八 三九二十七 四九三十六 五九四十五 六九五十四 七九六十三 八九七十二 九九八十一

http://www2.library.tohoku.ac.jp/wasan/wsn-imgm.php?id=004958&km=10


問題は,なぜ,日本で,中国型と並んで西洋型が登場したのかということです。

中国には西洋型は登場しなかったでしょう(これについては,確認を要す)。だから,中国に倣ったということではなく,室町時代のどこかで日本独自に西洋型を編み出したのか,あるいは,西洋から学んで使い出したということでしょう。

中国型に比して西洋型の特長は,各段の口唱が前の数で決まるということです。各段が後の数で決まるより,この方が「自然」のように感じるし,現在のように,割り算を筆算でやる場合は,この方がやりやすい。例えば,26÷3の割り算をするとき,三七21,三八24,三九27,と3の段の九九から商8を見つけるでしょう。しかし,室町時代後半には,中国からソロバンが伝わり,ソロバンの割り算九九の口唱も伝わったのです。26÷3なら,先ず2÷3をするときに,「三二 六十二」の口唱をするわけです。「三で二を割ると六が立ち二が余る」。現在の我々のように,掛け算九九のを利用して商を見つけるわけではないから,西洋型九九表が便利というわけでもないようです。

それに,ソロバンでは,左に置くのが「法」(乗数や除数)で,右に置くのが「実」(被乗数や被除数)ということになっています。割り算の口唱も,2÷3なら「三二」と,左から右に流れるようになっている。掛け算の中国型九九表も,「三六十八 四六二十四 五六三十」 ですから,乗数×被乗数の順になっていて,ソロバンでも左から右に流れる。(もとは,算木を算盤で置くときの上行に乗数,下行に被乗数だったのでしょうが。そして中行に答の積を積もる。)

しかし,西洋型では,「三六十八 三七二十一 三八二十四」という口唱ですから,被乗数×乗数の順になっているように解するのが自然のように思える。西洋型の九九表は,ソロバンで掛け算をするときに,特に有利とも思えないのですが,これについては,ソロバンの使い方がよく分かっていないから,再考の余地を残す。

しかし,西洋型が,16世紀の日本で普及していて,江戸時代を通じて大勢を占めた理由は,各段を前数で分類する方が「自然」であり,かつ小さい段の口唱の方が数が多く,大きい段の口唱は少ない(九の段は,九九八十一だけ)という九九表は覚えやすかったということがあったのでしょう。ソロバン使用上の便宜性がないのであれば日本で編み出す必然性も薄い。西洋型九九表は,南蛮から伝来したのではないでしょうか。(これも再考の余地を残すが。)


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九九の表は次のようになります。


  1  2  3  4  5  6  7  8  9 

1  11 12 13 14 15 16 17 18 19
2  21 22 23 24 25 26 27 28 29
3  31 32 33 34 35 36 37 38 39 
4  41 42 43 44 45 46 47 48 49
5  51 52 53 54 55 56 57 58 59
6  61 62 63 64 65 66 67 68 69
7  71 72 73 74 75 76 77 78 79
8  81 82 83 84 85 86 87 88 89
9  91 92 93 94 95 96 97 98 99


 この表では,縦列を×記号の前数(被乗数,口唱の前数),横行を×記号の後数(乗数,口唱の後数)としていますが,縦横を逆にできるし,(11)の乗算を,左上ではなく,左下,右上,右下に配置する全4種類が考えられます。つまり,九九表としても,全8通りがありえます。さらに0の段を入れるかどうかで場合分けすると全16通りとなりますが,一応,上の表で考えます。


 さて,九九表を,口唱する場合は,何通りがあるでしょうか。

 先ず,片九九か総九九の2種類があります。

 片九九については,前数≦後数か,前数≧後数の2種が考えられますが,普通は,前数≦後数です。これは,数の唱え方の順番(小から大へ)に倣ったという理由と,乗法の場合の算木の置き方の便宜性という理由が考えられます。


 次に,片九九でも総九九でも,nの段というとき,そのnは,前数でいうのか,後数でいうのかの2通りがあります。現在は,前数でいうのが普通ですが,歴史的には後数で言っていた。これにも算木の置き方がからみます。

 というのは,9+9は,いまの日本では9×2ですが(英語では,2×9),算木では「ニ九一十八」だった。つまり,算木の乗算の最も古い方法では,算木2本を上段に置き,下段に9本を置いて問題とし,最初に,中段に9本を置き(乗せ),上段の1本を取り去り,次に中段に9本を置き(乗せ),上段の残り1本と下段の9本を取り去り,答の18の算木が中段に残っている。こういうものだと推測されます。つまり,二九一十八は,9+9であり,9を何回乗せるか,8を何回乗せるかで,各段は区分されていた。

  

 次に,そのnの段の口唱を,9の段から1の段へ,大から小へ唱えるのか,逆に1の段から9の段へ,小から大へ唱えるのかの2通りがある。

 そして,各段の中でも,大から小へ唱えるのか,小から大へ唱えるのかの2通りがある。

 ここまででも,九九の口唱の仕方は,総九九について,2×2×2の8通りがあり,片九九の場合は,さらに前数≦後数か前数≧後数の2通りで場合分けされるから,16通りあり,全部で24通りがあることになる。

 これを,1の段の口唱を入れるかどうか,さらに,0の段の口唱も入れるかどうかで場合分けすると,96種類もの口唱が論理的には考えられることになるが,現実に歴史的に登場したのは,4,5種類の口唱とそれを表形式に書き表したものであった。そこには,論理性以外の,数認識における心理的な要素や,算木を使う計算の操作性という要素が絡んでいたのでしょう。



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今の日本では,九九は,次のようになっています。

(1)総九九

(2)2の段(あるいは1の段)から9の段に上がっていく。各段も小さい順から上がっていく。

(3)n段のnは掛ける前の数のこと

だが,『孫子算経』(4,5世紀頃)や敦煌遺跡から発見された唐代の資料から見ると,古代中国の九九は,

(1)片九九(前の数が後ろの数と等しいか小さいものだけの片九九)

(2)9の段から1の段に下がっていく。各段の中も大きい順に下がっていく。

(3)n段のnは掛ける後の数のこと

であった。

 つまり,9の段は,九九八十一,八九七十二,七九六十三・・・・・一九如九,まで9個あり,以下,1段下がるごとに1個ずつ減り,1の段は,一一如一の1個のみ。

 日本でも,奈良時代から室町時代までは,この形だった。

 中国では,『算学啓蒙』(1299年),『算法統宗』(1592年)の九九は,

(1)片九九(前数≦後数)

(3)n段のnは後数

は変わらないまま,

(2)1の段から9の段に,各段の中も小さい順から上がっていく

ものとなった。

 つまり,1の段は,一一如一の1個のみで,以下,1段上がるごとに1個ずつ増え(2の段は,一二如二,二二如四の2個),9の段は,一九如九,二九一十八,三九二十七・・・・・九九八十一の9個)。日本の『竪亥録』(1639年)も,これに倣っている。

 しかし,日本では,16世紀頃に,

(2)1の段(2の段)から9の段に上がっていく,だけでなく,(3)n段のnが前の数のこととなり,かつ,各段の中も小さい順から上がっていく片九九が生まれたようだ。

 つまり,1の段の,一一如一,一二如二,一三如三・・・・・・一九如九の9個(あるいは,2の段の,二二四,二三六,二四八・・・・・二九十八の8個)から始まり,1段上がるごとに1個ずつ減り,9の段は,九九八十一の1個のみという片九九が生まれた。

『塵劫記』(1627年)が,これです。『塵劫記』の普及と共に,この九九も普及したのでしょう。大正時代の国定教科書で,総九九が採用されるまで,江戸時代から明治までずっとこの九九だった。そして,総九九採用で,現在の九九になるわけです。

 現在,中国本土では,『算学啓蒙』『算法統宗』以来の伝統の九九だが,台湾では,日本と同じ九九で,これは日本統治下の教育でそうなったということでしょう。

http://tw.myblog.yahoo.com/jw!kstnWe6bAh5FzR.E19iNv1lYMQ--/article?mid=847


では,日本の九九が,室町時代後半から末期に,現在と同じもの(総九九以外は)になった理由は何なのでしょうか。そもそも,この九九はいつから存在していたのか。本家中国にはなかったのに,日本が独自に考案したのでしょうか。室町時代の『乳母の草紙』は,この九九の存在を想像させます。http://ameblo.jp/metameta7/entry-10206317631.html

しかし,この九九の存在をはっきりと記録しているのは,ポルトガルの宣教師による『日本大文典』(ジョアン・ロドリゲス,1604-8)です。その本の中に,日本では,「日本の九九」(『算法統宗』型)と並んで,「我々と同じように使う別の九九」があるとして,上記片九九が1の段(9個)から9の段(1個)まで記載されています。

ロドリゲスは,「我々と同じ九九」が日本に独自にあって,それを発見したように書いていますが,おそらく,ロドリゲスのずっと前から,日本の商人たちは南蛮文化と交流していて,西洋流の九九の方が使い勝手がいいと使い出していた可能性が強いように思える。日本で初めてこの九九を掲載した『塵劫記』の著者が,南蛮貿易でも活躍していた角倉家出身の吉田光由であることも,それを推測させます。またこれと関連して,『塵劫記』に,「油分け算」という,中国の数学書にはなく,西洋の文献にはある問題が載っているのが前から疑問だったのですが,光由にはそれほど数学的な独創性がなかったことを思うと,彼が考案したというより,南蛮ルートで,この問題の存在を知っていたということではなかったのかという確信を深くしました。

つまり,『塵劫記』には,南蛮文化の影響が少なくとも,九九の表と油分け算の二つにその痕跡をとどめていると思うのです。


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  昔の九九表は、片九九で,九の段から始まっていたことは,前に紹介した。

  http://ameblo.jp/metameta7/entry-10205836577.html


この九の段とは,現在のように

9×9=81,9×8=72,9×7=63,9×6=54,・・・という「×」の前が9の段のことではなく,

九九八十一 八九七十二 七九六十三 六九五十四 ・・・と,後ろの数が九の段のことだった。

 九九表の最古の文献史料は,意外にも中国に存在せず,日本の平安時代の『口遊』(源為憲,970年)にあるものが知られていた。中国古代の『孫子算経』には九九の順番の記述があり,その順番は『口遊』と同じだったが,それは「九九表」という形ではなかった。

 しかし,20世紀初めに敦煌から出土した木簡に九九表が見つかり,確かに,中国古代でも『口遊』と同じ九九表が存在していたことが確認された,と大矢真一『和算以前』(中公新書)にあった。

 また,城地茂「和算の源流」には,次のようにあった。


=======(引用初め)==============


「九九」という言い方は、「九九、八十一」から始まる形式だったからである。後漢の墓から出土した竹簡はこのようになっている。交換法則は認識されており、「八九、七十二」は「九八、七十二」で既に出ているので、省略し、「八八、六十四」から8の段が始まっている。現在のように小さな数からになったのは、5世紀ごろの事で、『孫子算経』(著者不詳、 400年ごろ成立)前後からである。

http://www2.nkfust.edu.tw/~jochi/j10.htm

=======(引用終り)==============


 ぜひ,敦煌出土の木簡と,この後漢出土の竹簡を見たいものだと,城地先生のメーリングリストで発言したところ,掲載されている中国の文献を教えていただいた。

 かくして本日,国会図書館と都立図書館で,確認し,コピーをとってきた。

後漢出土の竹簡については,『湖南省文物考古研究所・中國文物研究所「湖南張家界古人堤遺址與出土簡牘概述」(『中國歴史文物』二〇〇三年第二期)』を,国会図書館東京館で,関西館所蔵のものをプリントアウトできた。

敦煌木簡の方は,『任継愈他編)(1993)『中国科学技術典籍通彙』数学巻鄭州: 河南教育出版社.pp.401-420』を,都立図書館でコピーできた。


敦煌の方は,大矢真一『和算以前』の記述の確認で済んだのだが,湖南張家界古人堤遺址の方は,新たな収穫があった。九九乗法表は,次のような形式になっているのです。


九九八十一 八八六十四 七七四十九 六六三十六 五五廿五 四四十六 三三而九 二二而四 一一而一

八九七十二 七八五十六 六七四十二 五六三十 四五廿 三四十二 二三而六 一二而二

七九六十三 六八四十八 五七三十五 四六廿四 三五十五 二四而八 一三而三

六九五十四 五八四十 四七廿八 三六十八 二五一十 一四而四

五九四十五 四八三十二 三七廿一 二六十二 一五而五

四九三十六 三八廿四 二七十四 一六而六

三九廿七 二八十六 一七而七

二九十八 一八而八

一九而九 


この形は,私は始めて目にするもので,どういう思考がこういう九九表を生み出したのだろうと,推理し始めたのだが,縦横を逆にすると,『孫子算経』や敦煌遺跡本や日本の『口遊』で見慣れている次の形と同じではないかと気が付いた
 



九九八十一 八九七十二 七九六十三 六九五十四 五九四十五 四九三十六 三九二十七 二九一十八 一九如九 

八八六十四 七八五十六 六八四十八 五八四十 四八三十二 三八二十四 二八十六 一八如八

七七四十九 六七四十二 五七三十五 四七二十八 三七二十一 二七十四 一七如七

六六三十六 五六三十 四六二十四 三六一十八 二六十二 一六如六

五五二十五 四五二十 三五十五 二五一十 一五如五

四四一十六 三四一十二 二四如八 一四如四

三三如九 二三如六 一三如三

二二如四 一二如二

一一如一 


この縦横を逆に記述しているだけで敦煌遺跡の九九表と張家界遺跡の九九表は同じではないかと・・・

しかし,紙の上に書かれたものなら,縦横の表形式になっていることも確認できるかもしれないが,竹簡だとすると,1行1行別々に書かれているのだろうから,縦横どちらに記述しても構わなかったというものでもないだろう。是非影印を確認したいと思ったのだが,都立図書館の担当者にいろいろネット検索してもらい,「中国考古学年報」掲載の可能性も探ったのだが,これは活字の年報で写真はなかった。

 というわけで,ひとつ謎が解明したと思ったら,新たな謎が生じてしまった。

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 若い教育学者と話す機会がありました。

 私のブログを読んでくれていて,mixiのトピも飛び飛びで目を通していることもあるということでした。トピで問題になっているかけ算の式の順番にこだわる小学校の指導法ですが,それは決して日本の主流にはなっていない,いくつかの学校でそういう教え方を採用しているところがあるかもしれない,そういう意味では正に「ローカルルール」である,ということでした。

 それを聞いて一安心はしたのですが,そうすると,ネットのあちこちのサイトやブログで,まるでこの指導法が日本の小学校を席捲しているかのごとく得々と書き込む先生の存在は何なんだろうという疑問も出てきたわけですが,それについての彼の考えは,ネットに書き込む先生は,それだけの「熱意」を持っているからだろう,ということでした。この「熱意」には,皮肉な意味も込められていますが・・・

 教科書の採択は,市区町村単位でなされていて,たとえば啓林館(式の順番に一番こだわっていると思える)の教科書を採択している地域にある小学校では,学校単位で,式の順番が違うとバツにするような指導がなされているのかもしれない。一方,かなり早い段階から交換法則を教える東京書籍版(たぶん今でも採択率は一番多いはず?)を採択している地域では,このトピで問題にしたような指導はなされていないのではなかろうか。しかし,30~40年前啓林館の教科書を一番批判していた数教協の現在の信奉者の中に,式の順番にこだわる先生が存在している現状は,数教協隠れキリシタンの私としては複雑な思いがあります。

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 算数において,「かけ算の式の順番」と「量の体系」の関係は,次のようになっているようです。


(1)量の体系を認めず,式の順番も認めない。

「1あたり量」だとか「単位量あたり量」だとか,何を舌を噛みそうなことを言っているのだ。掛け算については交換法則が成り立つから,3×4が正しいなら,4×3も正しい。どっちが良くてどっちがダメだというのは,量がどうだとか言っているからだ,数の世界に量は関係ない,という立場。これに近い発言を別のサイトで見ています。塾の講師をしている理系頭のいい人に多いようです。


(2)量の体系を認めず,式の順番を認める。
 累加の立場ですね。基準量×いくつ分の順番で立式させる。
 昔の啓林館の立場でしょうか。1972年の朝日新聞で記事になった「かけ算の順番」論争のきっかけになった先生は,この立場だったようです。


(3)量の体系を認め,式の順番を認めない。

 不肖私の立場です。


(3)量の体系を認め,式の順番を認める。

  「1あたり量×土台量」の式は,「土台量×1あたり量」と書いてはいけない。「速度×時間」が正しく,「時間×速度」は間違い。こういう立場があることを今回初めて知ってびっくりしています。

 「たて×横」のように「外延量×外延量」は,逆にしても良いが,「内包量×外延量」は,逆にしてはいけない,というのです。交換法則は数については成り立つが,量については成り立たない,という立場です。小学校の先生にこういう立場が増えているようなのです。これはまずいんではないの,と思っています。


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>821 Sparrowhawkさん


 数(自然数,有理数,実数,複素数を考えています)について,加法と乗法が可換であることは「公理」だとすると,加法あるいは乗法について非可換であることを公理とする数(自然数,有理数,実数,複素数)の体系が,平行線公理を公理としない非ユークリッド幾何学が考えられたように考えられる,あるいはすでに考えられているということでしょうか。いま,思い出して,かつ気が付いたのですが,以前からSparrowhawkさんが言っていた順序数のω,823番積分定数さんの順序数は,その例と考えるべきでしょうか。これ自体,すごく興味をそそられるテーマですし,今までこういうことを考えてもみなかった己の不明を恥じ,視野を広げてくれた Sparrowhawkさんに大感謝なのですが,このトピのテーマに対して,「数について交換法則が成り立つというのは,公理=ローカルルールに過ぎない」ということを言うとしたら,やはり,子どものケンカに自衛隊が出てくるような違和感があるのです。

 数の乗法が可換であることが「ローカルルール」だとしても,私たちが,このトピで,掛け算立式の順番のルールを,ローカルルールとしては認められる指導の段階もあると語ってきたことと,それこそ段階が違うのではないですか。かけ算順番のローカルルールは,乗法可換が「大人の常識」である「ローカルルール」の中の一段下のローカルルールのはずです。<「ローカルルール」の「衝突」にすぎない>(@821 Sparrowhawkさん)ということはありえないでしょう。


==========(引用初め)=================
メタメタさんのお話を読んでいると,まるで多くの小学校の先生が「交換法則の否定」を教えている(それならもしかすると「問題」かもしれませんが)と主張されているようにも感じられてしまうのですが,

==========(引用終り)=================


 多くかどうかは知りませんが,量について「『交換法則の否定』を教えている先生が存在していることを今回発見してびっくりしているのです。

http://www.inter-edu.com/forum/read.php?903,1013957,1051510

で次のような発言を目にしてびっくりしたことは既に一部書いていますが。


単なる「数」と「単位」をもつ「量」では概念が異なるのです。
「数」に交換法則は適用できますが,「量」には適用できません。

(@9月11日「毎年ある話ですね」さん発言)


>小学校で登場する掛け算には,
「外延量」=「外延量」×「外延量」・・・例:面積=底辺の長さ×高さ・・・掛け算の順番を逆にすることもできる
「外延量」=「内包量」×「外延量」・・・例:距離=速度×時間・・・掛け算の順番を逆にすることはできない
の二つがあります。  

(@9月21日「毎年ある話ですね」さん発言)


>大学入試でも,数値間の交換法則が成り立つだけで,変数を入れ替えたら不正解です。
数値の交換はOKですが,内包量と外延量の交換はできません。
3×2=2×3はOK,∫(dy/dx)dxは∫dx・(dy/dx)にはできません。
(@12月14日「
結論は出ているのですが・・・」さん発言)


>>「A君は、18人に3個づつリンゴを配ります。
>B君は、3人に2個づつリンゴを配ります。二人あわせて何個のリンゴを配りますか?」
A君はN人にP個づつリンゴを配ります。B君は、M人にQ個づつリンゴを配ります。二人あわせて何個のリンゴを配りますか?
を考えると,P×N+Q×M,が正解ですね。変数の入れ替えはできません。
もとの問題は数値として出題されていあす。数値は交換法則が成り立つので,
3×18+2×3=(18+2)×3=20×3=60,で正解だと思います。

(@12月18日「休みなので長くなっています」さん発言。「結論は出ているのですが・・・」さんと同一人物です)


 そして,749番発言で紹介した『算数の本質がわかる授業』(銀林浩・篠田幹男編著,日本標準,2008年5月30日)の次の一節。


> (c)の乗法(引用者注:1あたり量×いくつ分=全体量(内包量×土台量=全体量))は,かけられる2つの数量の性格が違いますから,それらの数量を入れ替えることはできません。つまり交換法則は成り立たないのです。そこが単なる数の計算とは異なるところです


  以上引用した発言について,Sparrowhawkさんはどう思われますか。

交換法則は数については成り立つが,量については成り立たない,という主張は,以前は無かったものと思うのです。いったいいつ頃から,こういう主張が「量の体系」を主張する人の間から(ということは,数教協ということでしょうか)出てきて,どのぐらい受け入れられているのでしょうか。 

大学の算数科の教職課程で,こういうことが教えられているのでしょうか?

今現在教職課程を勉強中のようにみえる(間違っていたらごめんなさい)*あっこ*さんは次のように発言されています。

>式を立てる以前に文を読み、文から値を読み取ったら最初のような順序で式が成り立つのは当たり前ですよね。何のまとまりがいくつあるか?算数ではこれがポイントです。

(@822番*あっこ*さん発言)


これを見ると,「何のまとまりがいくつあるか」が,「かけ算」の教え方として強調されているように思います。というのは,例の外部サイトで,例の「どろんこ先生」の次の発言が気にかかっていたのです。


>1あたりの数がいったい何なのか!
ほんとに、2年生の算数で、そこが一番肝心のところです。
あくまでも何がいくつあるの?
何が何個分?なのです。
そこがかけざんの意味です。
そこがどっちでもいいとなるとかけざんの意味が揺らぎます。

(@10月9日「どろんこ」さん発言)


 日本語としては,「何がいくつかあるか」は自然のように感じますが,人に物を配るときは,「何人に何個ずつ」の順番が自然のように感じるし,そもそも算数を教えるときに国語の感覚で教えてはまずいということを,以前も書きました。


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http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=38880369&comment_count=811&comm_id=63370

>805 Sparrowhawkさん

==================================

「算数教育の専門家」について,その方々が「環と加群」同様,私のあげた内容を知っている必要があるなどとは全く思っていませんし,そのように書いたこともないです。

==================================


 それを聞いて安心しました。

 ただ,そのように読めてしまうのはなぜだったのでしょうか。


 式の順番が違うとバツを付けるという学校の先生の教え方について,Sparrowhawkさんも「違和感を感じた」と書かれていた。しかし,70年代初めから,こういう教え方が問題になっていたのに,それが改められず,むしろ現在では主流になっていることに対して,Sparrowhawkさんは,その教え方に何か「根拠」があるのではなかろうかと思考を進められたということのようですね。算数教育上の根拠については,是とも否とも判断する材料を自分は持ち合わせないので,それについては「分からない」と判断を保留されるが,数学的な根拠については,演算における可換とは何か,可換の説明として持ち出される長方形の面積とは何なのか,と思考を進められ,《数学上も,かけ算の式の順番が違うとバツを付けることは間違いとは必ずしも言えない》と,数学上についても暫定的な結論に至っている,つまり判断保留に「留まっている」ということでしょうか。


 しかし,学校の先生の教え方がおかしいと批判してきた私(たち)は,実数の乗法については交換法則が成り立つことは「数学上の真理」であり,(どうか,「実数」とは何か,「乗法」とは何か,「数学上」とは何か,「真理」とは何か,と「無限後退」しないで下さい。少なくとも教育上の問題としては……。小中高で普通に算数数学を勉強した大人の常識になっていることです。そして,私たちは,義務教育で,子どもにこういう常識を身に付けてもらう事を,学校の先生に託しているはずです),かつ小学2年の教科書にも書いてあるではないかと,と思っているのです。確かに,かけ算を教えるどの段階で交換法則を教えるかについては,教科書によって違いがあるようですから,式の順番をうるさくいうことは一時的なローカルルールとしてはありうるでしょう。

 しかし,いまの学校の先生の指導方法は,一時的なローカルルールを超えて,式の順番は算数教育における普遍的・絶対的なルールであるかのごとく指導している例が実際にあり,しかも,どうもそれは例外的なことではなく,小学校の主流になっているかもしれない。いったい,どうしてこうなったのか? 

どうしてこうなったのか,と問題にするということは,この指導方法は間違っていると私(たち)は思っているからです。

多分,Sparrowhawkさんは,この指導方法の是非については「分からない」と判断保留され,小2の子どもの前で先生を批判することは,先生に対する信頼感を失わせるから避けた方が良いと以前発言されていたと思います。これについては,私も賛成です。子どもの前で批判するのではなく,別の方法で学校の先生にその指導方法について議論することが必要だし,可能だと思います。直接学校に出かけて行くのではなく,mixiのような場で議論することも,学校の先生もギャラリーとしてはいるはずですから,有効だと思っています。


 で,いったい,どうしてこうなったのか? 積分定数さんが何回か指摘されていますが,現場が過剰に反応したためだと,私も思っています。文科省のトップも,数教協のリーダーも,「かけ算の式には順番がある。だから順番が違う式にはバツを付けて,式の順番を身に付けさせなさい」などとは言っていない。遠山啓や銀林浩は,かけ算の導入は,1あたり量×土台量=全体量ですべきだと主張しただけです。(その中で,遠山は連続量については,内包量を先にすべきような発言をしたことがあることは,Sparrowhawkさんの指摘で知りましたし,銀林さんも最近,数ではなく量には順番があるような記述をしている本に共著として名前を並べていることは,私も紹介しましたが)。また,数教協の主張にかなり同調してきている文科省の学習指導要領にも,式の順番のことは書いていない。

 しかし,現場の先生は,「1つぶんの数×いくつぶん」という教科書の記述を見て,必ずこの順番でなければいけないと思い込んでしまったかのようです。正に,事件は現場で起きた!のです。上の思惑を下が過剰に思んばかった,それを公式に,マニュアルに,スローガンにした。組織にはよくあることです。しかも組織には同調圧力が働きますし,学校教員社会にもそれはある。このトピでも,数学科出身の小学校の先生が,自分はどちらでもいいと思っているが,自分だけ違った教え方は出来ないからと,式の順番にこだわる指導を受け入れていることを,早い段階で発言されていました。


 迷惑をこうむのは子どもです。マニュアルどうりに書くことを強いられ,数学的に間違っていないことを算数では間違いだと言われる。数学の本質は自由にあり,算数の本質はマニュアルにあるかのようです。



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