第3回メタルの会(第2章:さようなら、僕の言霊) | 僕のメタル学習帳

第3回メタルの会(第2章:さようなら、僕の言霊)

ということで、事前調整の為の会議室「天狗」に入店。
そして、カウンターに案内され、速やかにビール×2と軽いつまみを注文。
本当のところ、俺はビールが苦手であるが、そんなネタで盛り上がって貴重な調整時間を潰すわけにもいかない。ここは我慢である。


数分後、ビールが滞りなく出され、NG氏とグラスをぶつける俺。
傍からみれば飲み会開始の合図、だが俺にとっては「怒涛の事前調整」開始の合図である。
そして、美味そうにビールを喉に流し込むNG氏を横目で見ながら、俺は静かに切り出した。


「いやー疲れましたね。そういえば、オフィス引っ越してからどうですか?」
「いんじゃない?」
「そうっすよね。結構、ランチのバリエーション増えましたよね!」
「そうね。」
「海鮮系のランチが食べれるのが嬉しくないですか?」
「確かにね。」

…感嘆詞だらけじゃないか…。
全て1秒以内に収まる憎たらしい回答しか返ってこない。
明らかに俺との会話より、ビールのコクやらキレやらを楽しんでいる。
しかし、ここでキレるほど、俺は子供じゃない。
事前調整の基本は「慎重かつ大胆に」である。
俺は彼の興味がありそうな話題に変えることにした。


「そういえば、タケカワユキヒデって天才ですよね。」
「うん、実はこの前もJ-Popが流れるバーに行ったんだけどさ…(省略)」


…わはははは…我が策ここに成れり!わはは!
予想以上の食いつき…これならいける。
そして、彼の話に頷きつつも、俺は予め練っていた策を頭の中で確認した。


① 会話が盛り上がり続け、2人ともハイな状態になる。
② 会話が途切れたところで、ふと俺は思いつめた顔で下を向く。
③「どうしたの?」と彼が訊いたところで、俺は眼に涙を浮かべる。
④ 震えた声で、メタルが覚えられない、カラオケでも歌えないことを告白。
⑤ NG氏も眼にも涙を浮かべ一言「…分かったよ。」
⑥ 「一生付いていきますよ」的な目でNG氏を見つめる。
…完璧な戦略である。

⑤まで出来れば、今日の彼は俺に気遣って無茶な質問はしてこない筈だ。
あわよくば、他のメタメンバーの無慈悲なメタクエスチョンを阻止してくれるかもしれない。
まさに現代の名軍師。自分の才能が怖い。


ということで、先ずは①を実現すべく、俺は事前調整の必須コマンドである「同調」、「感嘆」、「驚愕」を繰り返し、会話を盛り上げていった。


         *         *         *

10分後。
「でさ、松田聖子だったらさ…(略)」


…NG氏の会話が終わらない。

②のステップに移行できるタイミングが無い。
このままじゃいかん…とおもいつつも、
「松田聖子ならSweet Memories」が一番っすよね。あれってビ(略)」
などと答えてしまう俺。
もう一人の俺が警鐘を鳴らすが、会話が止められない…。


         *         *         *


更に5分後。
既に時計の針は7時20分を指している。
…まずい…何一つ調整出来ていない…そして時間も殆ど残っていない…。
やるしかないか。



俺は作戦を変更し、④の「悩み告白」から入ることにした。


「そういえば、今日ってカラオケ付きの部屋っすよね?僕歌えないんで、不安なんですよね…。」


不自然な会話の切り方をして怪しまれたかもしれないが、言うべきことは言った。
NG氏も人の子、俺の真剣な悩みをぶつければ、何かしら優しい言葉をかけてくれる筈だ。
しかし、彼の口から発せられた言葉に、俺は耳を疑った。



「知ってる。」
…一言で終わってしまった。

ここは、俺の悩みの真剣さが伝わっていないのかもしれない。
よし、ここからが怒涛の事前調整だ。もう俺は止まらねぇぜ!


「…凄く…不安なんですよ。」
「だろうね。」
「いや、メタルとか歌えないっすよ。デスボイスなんて出ないですし…。」
「え?dokkenとか勉強してないの?」
「あ、まぁ…それはちょっと…。」
「まずいねー、それは。」
「dokkenは難しいですよ…。」
「ボンジョビ歌えばいいじゃん?」
「高い声出ないですもん。」
「知ってる。」
「僕、今日も苛められるんですかね?」
「知らない。」
「いや、本当に辛いんですよ。」
「…もう一杯飲んでいい?」

「いや、そろそろ時間が…」
「どうせ、まだみんな来てないよ。」
「いや、でも飲み放題だから次に行って飲んでましょうよ。」
「あー、じゃーそうすっか。」



…さようなら、俺の大切な言霊。
せめてもう少し話を聞いて欲しかった。
俺の悩みは、彼の喉の渇きには勝てなかったということか。

「お会計!」

という声を聞きながら、おれは残った漬物盛り合わせを貪り食った。
…いつもより漬物が塩辛く感じた。