震災で被害にあわれた方々に心からお見舞い申し上げます。また、今も苦しい環境を堪えている方も多いのだと思うと、胸がつぶれるような心地です。
震災以来、はじめての記事になります。ご無沙汰してしまって申し訳ありません。
わたしの住まいは東京で、地震の時にいくらかの食器や照明が壊れてしまいましたが、わたしも家族も怪我はなく、仕事先から帰れないぐらいのことですみました。ただ仕事の忙しさと気持ちの落ち込みがひどく、なかなかブログを書けませんでした。今思えば、つわりのせいもあったかも![]()
わたしは医療関係の仕事をしており、未曾有の災禍になにもできないばかりか、計画停電によって(職場の病院は停電の区域でした)日々の医療活動が著しく停滞するのを目の当たりにして、かなりへこんでいました。
前回の記事の続きになりますが、実は心拍確認ができても、「まだ来てもらうからね」と3月下旬までは不妊クリニックに通うように医師から言われまして、本当に不妊クリニック卒業できるのか、不安になったりしていました。その一方で、6Wすぎたころからわたしは車に酔いやすくなり、余震のたびに、また食事の前後に気分がわるくなり、7W入ったころにはちょっと吐いたりしてました。たぶん、つわりのはじまりだったのでしょう。
そのころ、ようやく医師から「どこで産むのか次回までに考えてきて」と言われ、自分がもうすぐ卒業するのだと知ったのです![]()
不妊クリニック卒業の日、本当は夫・テツロウと二人で行く予定でしたが、計画停電の対応で夫・テツロウは仕事を抜けることができず、わたしひとりで行きました。
医師は産科あての紹介状を差し出して、「これからまだまだ大変だけれど、がんばってね。だんなさんにもよろしく」と手を差し出しました。これまで、甘い言葉や期待を持たせるような言い回しは絶対にしてこなかった先生です。最後の最後に、こんなふうに笑顔ではげましてくれるとは思っていなかったので、思わず胸が熱くなりました。わたしは先生の手をしっかり握り返して、お礼を言いました。
このブログは終了にしようという気持ちが固まったのは、たぶんそのときだと思います。
震災の後、計画停電の混乱とつわり症状でまいっていて、とても記事を書けなかったということもありますが、一度は津波に飲まれて、海水をたくさん飲みながらなんとか脱出してきた人や原発事故を避けてきた人を迎える日々の中、わたしは自分の個人的で漠然とした不安や今日作った料理のことを記事にすることは、ちょっと、やっぱり、できなかったのです![]()
避難所でこごえ、冷たいおにぎりをかじって堪えている人がいるのに、電車が多少遅れてたって最終的には自分の家に帰り、スーパーの買い占め騒ぎとかちょっとの不便はあってもあたたかい食べ物にありつけているわたしが、今夜、なにを言えるのかなって。
わはは。今思うと、どっぷりはまっちまってますな!![]()
まあ、始終、余震もあって、そのたびに酔ったようにウエっときてたし、体も心もヨレヨレだったかな……
それで、じゃあ、なんの記事を持っておしまいにしたいかというと、妊娠12W以後の第一回妊婦検診のこと。<産科で、普通の妊婦さんと同じ扱いになるわけだからネ![]()
アメブロはこのまま登録は残しておくつもりですが(アメブロをやめるとピグが消えてしまうみたいだから。ピグで一緒に遊んでくださる方があるのです、すみません)、今後の更新予定はありませぬ。
ジャンルをベビ待ちからプレママに変えてブログ継続する方も多いみたいなんですが、わたしにとってこれまで経験してきた不妊治療の大変さやつらさや痛みは、ジャンル変えして切り離すことのできないもの。もはやわたしの人生の一部なので、別の名前はつけられないの。だからってこのままこのジャンルで書き続けてもいけないので、ごめんなさい。
読者登録してくださったみなさま、さっくり解除してくださって結構です。今までありがとうございました。ペコリ!
さて、では妊娠12W以後の第一回妊婦検診について書きます。
長文、まったくもうしわけない!
不妊クリニックで紹介状をもらって、産科に一週間以内に行くよう指示されましたが、行ってみた産科ではひととおりエコーで心拍確認してから、「また2・3週間後に来てください。出産予定日はそのときにわかります」と言われて、がっかり。8Wでは出産予定日って出せないんですかねえ。おまけに「体外受精の場合だと黄体ホルモンの補充が要るので、そこは必要なだけ、不妊クリニックの方で管理してもらってください」とまで![]()
わたしとしては不妊クリニックを(感動的に
)卒業してきたつもりだったのですが、なんか、普通の妊婦さんとはちがう扱いなんですね……
しかし産休をもらうには、職場に提出する妊娠証明書(出産予定日がはいっているやつ)が必要です。で、仕方がないので2週間後にまた行きました。
するとエコーでまた同じような確認をしてから、「母子手帳をもらってきてください。次回、妊婦検診で必要な書類も一緒にくれますから」と言われました
すごく安心しました。10W、胎児の座高は3.3センチぐらいでした。
さて、母子手帳は役所でもらいますが、地方自治体によって必要な書類などがちがうみたいです。わたしのところでは身分証明書だけが必要でした。<旅券なんて持ち歩いてないのでそう言うと、保険証でいいって言われたけど、あれって顔写真ないじゃんねえ? いいのかねえ??
ともあれ、約束の12Wすぎ、わたしは第一回妊婦検診を体験してきました![]()
母子手帳と一緒にもらった冊子に、妊婦検診の書類がみっしりはさまっています。これを使う分だけ切り離して、必要事項を書いて、母子手帳と一緒に持っていくわけです。
初回ということもあって、検査がいっぱいでした![]()
採血は、スピッツ5本とられましたよ、5本
採血ぐらい、皮下注射にくらべたら痛くないけど、量が多いから、看護師さんが手首から上に向かってぎゅぎゅっと圧迫して血を搾り取っていきました。
それから体重を測って、胴囲を測って、おなかの上にゼリーつけてエコー。12Wすぎると、おなかの上からでも胎児が見えるんですねえ。<知らなかった……
胎児の座高は6センチぐらいでした。口をぱくぱくしてました。なんかしゃべった……はずはないから、あくび??
前より大きくなっていたので「これで急に体重が増えたわけがわかりました
」と言ったら、医師はあっさり「お母さんが太ったんですよ」ですと![]()
たしかに、一時に比べて気持ちわるさが減退してきて、前日、結構たくさん食べていたような気はしますが! ラーメンだけじゃ足りなくて、餃子と半炒飯も食べちゃった気がしますが!
最後に子宮頸部癌検診で組織とって(これはけっこう痛かった
出血もした)、それでおしまいでした。
費用は、2万円超![]()
うはあ。
妊婦検診は保険適用じゃないからなあ……
妊婦検診は、このあとしばらくは一ヶ月に一回だそうです。やっと普通の妊婦さんと同じになった感じです。
でも、さっきも書きましたが、不妊治療で経験したことは、もはやすべてわたしの人生の一部。今後も普通の妊婦さんとの差異を痛感する場面がでてくるかもしれないけれど、あの日々はなかったことにはできないし、したくないのです。あの日々をわたしから取り上げてしまったら、それはもはや、別の人間。わたしではない、ほかのだれか。
先日、「体外受精のこと、大きくなったら子供に言う?」と夫・テツロウに訊いてみました。
まだ生まれるのは半年以上も先なのに、気が早い話ですな。わはは![]()
夫・テツロウは、「別に言わないでもいいかもしれないよ」とのこと。
「生まれた子が男の子だったらわからないけど、女の子だったら生理が始まったときに言ってもいいかなと思う」と、わたし。
「なにがどう遺伝するか知らないけど、自分が将来子供を持つってことを考えるようになったとき、両親が不妊治療してたって情報は、持っておいていいかなって」
夫・テツロウは、うーん、と言いました。
これは、保留ってことです。
夫・テツロウは女の子だったことが一度もないから、かつて女の子だったわたしとは、やっぱり考え方ちがうし、だいたい答えを急ぐこともないので、今はこれでいいのかなって思います。はい。
こういうふうに普通の親とはちがうことも、これからもたくさんあると思うけれど、かけがえのない人生って、きっとこういうことなんだと思います。夫・テツロウと一緒に悩んだり怒ったり泣いたり笑ったりして、わたしはこの道を歩いていきたいと思っています![]()
はてさてとんだ長文になりました。
最後までおつきあいくださってありがとうございました![]()