感情的な意見と論理的な意見では
どちらが説得力があるでしょうか?

 

もちろん話し手の社会的地位や聞き手との関係性
話し方や身振り手振りなどさまざまな要素が関係します。

 

ただ
一般的には感情論を振りかざす大人はあまり歓迎されません。

 

論理的に根拠を持って正当性を主張する人の方が
多くの人の賛同を得ることができるでしょう。

 

つまり
世の中では「感情<論理」という図式が成り立っている訳です。

 

では本当に、
感情よりも論理の方が正しいのか?

 

断捨離ヒーリングの観点から見た場合、
実は感情も論理も根っこは同じなのです。

 

どういうことかと説明しますと、
論理的に語られているように聞こえる言葉も
感情をあとから論理化しただけに過ぎないからです。

 

ドイツの哲学者ニーチェは

 

「感情は論理に先立つ」

 

と提唱しました。

 

つまり
感情的に物事を判断して論理的に正当化しているだけに過ぎないと。

 

さまざまな根拠を持ってして


「よってこれが真実である」


と主張したところで、
本当のところは


「自分はこれが真実の方がスッキリするから、真実だと主張できる証拠を探してきました」


というものなのです。

 

人は自分が見たいように世界を捻じ曲げてみます。

 

ですから、
資本主義の正しさを論理的に語ろうとすればいくらでも語れますし、
共産主義の正しさを論理的に語ろうとすればいくらでも語れます。

 

男女関係なんかはまさに
感情を論理的に正当化していることが多々あります。

 

例えば、
旦那さんの帰宅時間が遅いことについて
奥さんがいろいろな理屈で非難するとします。

 

しかし、
本当のところは
「大切にされていないと感じる」
という感情を訴えるための後づけの理屈です。

 

この感情的な部分を理解できなければ
例え帰宅時間を早めたとしても


「帰ってきてもテレビばっかり見ている」


などとまた別の理屈で非難されることでしょう。

 

逆に論理の根っこにある感情に気付いて
奥さんが大切にされていると感じる言動をとれば
帰宅時間は変わらなくても非難は止むでしょう。

 

ですから、
ビジネスでの交渉の場でもそうですし
親子喧嘩や夫婦喧嘩でもそうですが、
どんなに理路整然と理屈を述べたところで
その根っこにあるのは感情論だということを見抜いてください。

 

逆に言えば
論理を無視した自分の感情論も
それを正当性があるように論理的に語れれば
相手を説得することが可能です。

 

もともとこの世界には絶対的に正しいことなどないわけですから
いかに自分の主張が正しいかを言語化できる人間が正しいとさせるのです。

 

 

 

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