
スピリチュアルやヒーリングなどのフワフワした自己啓発が批判される一番の原因は
現実社会での経済的成長が見られないことでしょう。
また、
「人格を磨く」とか「魂を浄化」など綺麗な言葉を使うわりには
実際の人格の向上が感じられないなど
言っていることとやっていることなどが挙げられる。
使っている言葉も一部のコミュニティでしか使わない私的言語なので
「カルマ」「ソウルメイト」「チャクラ」などを聞くと
世間ずれした痛々しさを感じる。
しかしそれらは
スピリチュアルやヒーリングや気功などが批判される
表面的な理由に過ぎない。
これは新興宗教などにも言えることだが
それらを信じている人が妄信的で
信仰対象を否定しようものなら
強固に反発してくることが一番の原因なのです。
なぜなら、
スピリチュアルでもヒーリングでも
疑うことを否定し、
信じることを勧めます。
当然、
スピリチュアルや自己啓発や宗教でも同じですが
お客さんを信者化した方が運営はしやすい。
お客さんの側にして
不信感を持ちながら何かしらの教えを実行するよりも
信じて行動したほうがプラシーボ効果(偽薬効果)もあって、
成果につながりやすいという面はあります。
しかし、
信じるにも段階と言うものがあります。
一番危険なのが疑うことなく盲目的に信じるレベル。
この種の人たちは一番のカモです。
次に半信半疑ながらも信じる方向で動くレベル。
当然得たい結果は得られませんが
その原因を信じ切っていないことだとされ
ズルズルと信者への道に引きずり込まれます。
ですから、
一度しっかりと疑ったほうが良いのです。
真正面から疑うのは真剣の証。
積極的な疑念です。
逆に
どこかしら信じきれないけど
考えることが面倒だから半信半疑の状態ほど
無責任なことはありません。
「信じる」と「疑う」は対立する概念というのが
一般的な認識で、
「信じる」が優で「疑う」が劣という
優劣関係がついています。
しかし、
それらは本当のことでしょうか?
本来、
「信じる」と「疑う」は対立するものではなく
表裏一体であります。
本気で疑うから信じることができ
本気で信じるから疑いも生まれる。
どちらか一方に偏ることなど本来は不可能なのに、
言葉遊びで「信じる」「疑う」が論じられるから
端から見ると滑稽に見えている。
Meta Frontiers〜高次元の境地〜 断捨離ヒーリング®