気付いてみれば、3月に入っていたことに驚いた。
その間にも様々なニュースには常に触れていたものの、自身の性癖である
「人との何気ない会話の中から、己の考えを抽出し、意を形成する」という部分において、
やや物足りなさがあったためか、イマイチ感覚を刺激されることがなかったため、
どうにも書くに及ばずの心持ちでここまできてしまった。
もう少し言うと、毎日毎日テレビに映る、野田総理及び、その取り巻き連中の
異様な顔つきやいい加減な言葉遣い(遊び)を見聞きしているうちに、自分の心までが、
どうにでも勝手にしておくれという気分になっていたのは事実である。
なんでもいいから、どなたか動機づけをください(笑)
さて、どうでもいいニュースの中から、今最もどうでもいい話を取り上げると(笑)
オセロの中島さんと霊能力者の家賃滞納問題。
これが連日のトップニュースで、しかもこれが今一番に視聴率が取れる話題だというんだから、
勝手にしてくれの気分になるのは至極当然なのだが、それでもこれに多くの人が関心を抱く
ところに、決して悪い意味ではなく人間の人間らしい汚さ・意地悪さが垣間見えて
面白いと思っているのだ。
テレビ関係者が家の前に張っているのは、中島さんの顔をおさえたいから。
でもテレビの前の視聴者もまた、顔が見たいのだ。
なぜか?
おそらく、それまで普通に生活し、日常を送っていた人間が、凋落していく時の
表情や姿に関心があるからではないか。
ある種、ごくごく普通の人間が歯車が狂って例えばレールから、人の道から落ちていく
というのは小説でもよく扱われるテーマでもあるように、人の興味を誘う。
それは、自分もまた、ひょんなことからこうなるかもしれないというような恐怖感、
でも、今はそうでない自分を再確認することで得る安心感、こういったものが、
人間の心の底に眠る普遍的感情として厳然とあるからだと思う。
これは、過去に統一教会やオウム真理教の事件が世間の関心を集めたのと似たような心理
だと言える。
中島さんのその後のことは詳しくは知らないが、聞いた話では、今に至る経緯で
どんどんと身近な人を遠ざけていったという。
オウムの件もそうだったが、一人間が社会との交際を断って生きていく事が、
その精神の平衡を失わせることに最も有効な方法であることは明白であると考えれば、
その個人自らが、時に煩わしさを伴う人間関係を切り捨て、より平易で気楽な関係にのみ
身を任せる現代社会の有り様は、まさしく真っ当な精神の自主放棄による集団自殺なのだと
結論するしかないのである。