先程、お施餓鬼というものに行ってきました。
お盆の時期、ご先祖様を供養すると共に、恵まれず亡くなった人達をも供養するという風習らしいです。
なんだか仏教っていいですよね。
困っている人を分け隔てなく助ける。
自分も困っている時に誰かに助けてもらうことになるかもしれない。
だからお互い様という感覚が日本にはありますね。
困っている人がいるとき、見ず知らずの人が助けてくれると嬉しいものです。
自分も、誰かが道端で困っている時、それに気づいて、助けてあげられるといいなとおもいます。
実際はなかなか難しいんですけどね。
気づくことは気付きますが、ついスルーしてしまうことが多い。
小心者なんです。
関わりたくない、というより、俺なんかが手を差し伸べるなんておこがましくないかなとか、下心があるんじゃないかと思われたらどうしよう、とか変なことを瞬時に考えちゃうんです。
でもそれってきっと多くの日本人がそうなんじゃないかと思うんです。
助けてもらうのは手放しで嬉しいのに、助けてあげることには躊躇(ちゅうちょ)してしまう。
でも、だから逆にこれだけは言えると思うんです。
例え、自分が苦しんでいて、周りの人がみんな知らん顔で通り過ぎているように見えても、実は「あれ?この人困ってる?大丈夫かな。どうしよう、誰か他に気付いてる人いないかな。誰かこの人を助けて!」とか思いながら、外見上はすました顔をして通り過ぎているんです。
なんだか日本人って変ですね。
日本人は恥ずかしがり屋です。
だから、お施餓鬼とかの儀式という形を通すことで誰かを思う気持ち、手を差し伸べる気持ちを正当化している様にも思います。