26/(Wed)/January/2011


こんにちは。


だいぶ時間が経ってしまいましたが…、


明けましておめでとうございます。


すみません、更新が滞ってしまいました。


12月~年末年始は修士論文の完成に向けて、


一心不乱にパソコンと資料と対峙してました。


その間、外出は極力せずに、家に引きこもってました(苦笑)


ただし、年末年始にバイトのシフトが入っており、


大晦日も正月も普段通り9時間キッチリ働いてきました。


(そのせいとは言わないけど、睡眠時間を削ってきたせいで提出前3日はリアルに倒れるかと思った)


その甲斐あって、おかげさまで年明けに無事に提出することが出来ました。


残すは、最終試験(口頭試問)をクリアするのみです。


2011年の目標として、英語を頑張ろうと思ってます。


新社会人になるので、就職先の業務をおさえることはマストですが


通勤時間も長そうだし、今のうちから英語学習を習慣づけようと思ってます。


そこで、まずTOEICを久々に受験しようと思い、本屋に問題集を買いに行きました。


帰宅後、付属のCDを手に取ると…見たことある名前が。


ナレーションが高校の英会話の授業の先生(native)でした。


ありとあらゆる思い出が噴き出しましたよ。。


怒られたり、教室追い出されたり(香水の瓶が割れて香害発生+ヒトはnaturalであるべき論)、


語ったり。。


海外に興味を持ち始めたのは幼稚園時の国旗当て神経衰弱(トランプでやるゲームの方)が発端で、


それを決定的にしたのは、恐らくこの先生の授業で見た幾つかの映画と、


その後の先生との討論でしょう。


映画は海外の作品で、主に戦争や銃社会などがテーマでした。


普通に暮らしていれば、日本の高校生とは最も馴染みの薄い類の社会問題ですよね。


戦争や銃…日本では非日常、でも或る国では日常。


自分らの常識や枠組みなんて共有し得ない相手と問題をどう解決するのか。。


「それはよく無い」『ではどうする?』「例えば~して、次に…して~」


っいう感じで、世界情勢なんかをインプット・アウトプットする授業でもあった。


授業で「自分の考え」をアウトプットする機会があんまり無いから、


刺激的な時間だったのを覚えてます。


思い返してみても画期的な授業だったと思う。そもそも日本語禁止だし。


スッキリした答えが出るはずもなく悶々とする⇒帰ってからも考えるっていう、


「今」にも通じる興味(問題意識)⇒作業っていう習慣が生まれたのは、


多分この授業の影響が大きと思います。


…最終試験前の学生生活の最後の最後で、


一大転換点(入試願書締め切り直前までは介護福祉志望)を思い返すとはとは。。


学生時代を振り返り感慨深くなっていた自分に、


『勘違いするな、最後じゃないぞ、これからも続けるんだぞ』という


叱咤激励の無言のメッセージだと勝手に思ってます。


そんな私は、昨年のミャンマーに続き3月に『インド』に行ってきます。


書きたいことは他にも沢山あるので、また別途記していきたいと思います。


では。






Ellott Smithの曲は、情熱を持って日本に来た外国の先生はあんまり好きじゃないと思います。


SUM41のアフガン戦争風刺の曲を大学の英語の授業で流したら苦い顔して


はっきり「BAD」と言われました 苦笑


今思えば、曲紹介をして外国人の先生には怒られることが多かったです。


「英語の授業で流すな」ってことでしょう。


メロディーが好きなので載せます。