こんにちは。野崎弁当です。



先日、5/1(金)配信のDDボイスドラマにおいて、脚本を書かせていただきました。

タイトルは『三途の川を渡れない』です。

アーカイブは以下のアドレスからご覧になれます。
https://twitcasting.tv/shirofuku_nico/movie/611117064



趣味で読み物を書いたりしたことはありましたが脚本を書くのは今回が初めてだったので、とても貴重な経験となりました。演じてくれた3人、聴いてくださった皆様、本当にありがとうございました。

以下に今回の脚本をほぼそのまま掲載します。なお、縦書きのWordで書いていたので、横書きのLINEブログに載せる用として読みやすいように体裁を整えております。

脚本を書くのが初めてだったので、先日僕自身が演じたボイスドラマ『朝を告げる』を執筆して下さった浅井さやかさんの様式を大変参考にさせて頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。



それでは、どうぞ。

※名前の後のNはナレーションの意です。








株式会社DD配信生ドラマ

「三途の川を渡れない」

ちょっと記憶喪失のサラリーマン・黒瀬(くろせ):白服         

そこそこ記憶喪失の少年・野木(のぎ):なぎ                          

めちゃくちゃ記憶喪失の青年・ヒョロリ:なるき         

 





黒瀬「マジかよ……」


黒瀬N「僕は目を疑った。それは、二時間待ち、三時間待ち、いや、下手したら五時間くらい並ぶのではないかと思うような、めちゃくちゃな大行列だったからだ」

 

野木「マジかよ……」

 
野木N「俺は目を疑った。それは、二時間待ち、三時間待ち、いや、下手したら五時間くらい並ぶのではないかと思うような、めちゃくちゃな大行列だったからだ」


 

黒瀬N「僕は配られた整理券に目を落とした。999番」

野木N「俺は配られた整理券に目を落とした。1000番」


黒瀬N「絶望していても仕方がない。そう思って僕は列の最後尾に並んだ」

野木N「絶望していても仕方がない。そう思って俺は列の最後尾に並んだ。目の前にいるのは全身黒のぶ厚いスーツに身を包んだサラリーマン風の冴えない男。体とスーツのサイズが微妙に合っていなくて、高そうな腕時計は逆にアンバランス。もうちょっと早ければ俺のほうが先に並べたのにと、俺は心の中で悪態をついた」

黒瀬N「ここは、三途の川第五ターミナル。この整理券の順番で、あの巨大な三途の川を渡る船に乗ることが出来る。僕はここに並んでいないと、三途の川を渡れない」

 





野木「ねえねえ、あんた何で死んだの?」


黒瀬N「並んで5分ほど経った頃、後ろに並んでいる男に声をかけられた。半袖のTシャツを着て膝丈の学校指定ジャージを履いている、高校生くらいの少年だった」


黒瀬「僕は……交通事故。営業の途中で、信号無視の車にはねられて」

野木「うわっ! めっちゃ不幸! でも交通事故多いもんねー。」

黒瀬N「少年はケラケラと笑った」

野木「ちなみに俺はねー、たぶん熱中症!俺陸上部で短距離やってたんだけど、炎天下の中でトレーニングしてたら急に具合悪くなって、気づいたら死んでた」

黒瀬N「少年はまたケラケラと笑った。なんだろう、僕はなんとなくこの少年に違和感を覚えた」

野木「しかもさ、部活大好きだったのに、部員の顔もマネージャーの顔も顧問の顔も思い出せなくてさー。ねえ、あんたも記憶無くなってる?」

黒瀬「え? う、うん、僕もそんな感じだけど……って、さっきから『あんた』ってなんだよ! 初対面で年上に向かって!」


野木「わっ、急に怒らないでよ。うーん、じゃあ名前教えて?」


黒瀬「……黒瀬」

野木「黒瀬さん! 俺はね、野木! 友達からはのぎのぎって呼ばれてた! ところで黒瀬さん、ネクタイ地味過ぎない?」

黒瀬N「僕は怒る気力も失くして、野木と名乗った少年の話に付き合うことにした。どうせ長時間並んでいなきゃいけないんだ。話し相手がいたほうがいい」


野木「それで、黒瀬さんはどんな記憶が無くなってるの?」

黒瀬「ああ、えっと……、僕はどうしても妻と子供の顔だけ思い出せないんだ」


野木「えええっ!? よりにもよって!? かわいそう!」

黒瀬「ほんとだよ……。なんでそんな大事なこと思い出せないんだ。愛した妻と、10歳になったばかりのかわいい息子。でもどうしても顔が思い出せない」


野木「うわー、ご愁傷様でーす……」

黒瀬「息子は生まれつき病気を患っていて、長くは生きられないと言われてた。だから息子が死ぬ時まで、ずっと傍にいてやろうって思ってた。それなのに、それなのに僕が先に死んでしまうなんてええええええええ(むせび泣く)」

野木「うわあっ! ごめん! 地雷踏んじゃってごめんね! え~と、え~と、あっ、……ねえねえ、あんたは? あんたの記憶はどう?」

野木N「困った俺は話題を変えようと、後ろに並んでいた別の男に声をかけた。1001番の整理券を持ったその男は、20代前半くらいの、痩せていて背の高い気弱そうな男だった」


気弱そうな男「あ、僕……ですか? えっと、えっと……実は、何にも思い出せないんです~」


野木「何にも!?」


気弱そうな男「そうなんです~。自分の名前も、どんな人間だったかも、全然……」

野木「えー!! 超かわいそう!! じゃあさ、俺があだ名つけてあげるよ! ひょろひょろしてるからヒョロリ! どう?」

黒瀬「(泣きながら)おい! 失礼すぎだろ!!」

ヒョロリ「あ、か、構わないですよ~。あだ名あったほうが、便利だし……。ヒョロリ、かわいくて好きですよ~」


野木「やった! ヒョロリいい奴~!」


黒瀬「(やや泣きながら)ええ? ま、まあ本人がいいなら……。はあ、最近の若者の感性はわかんないな……」

 


野木N「ちょうどその時、『整理券400番の方、乗船です。以上でこの船は定員になりましたので、出発いたします』とアナウンスが聞こえた。最後の一人を乗せ、船が動き出す。」



 

黒瀬「ところで、なんでみんな記憶が無いわけ? どういう現象?」


野木「……え? 黒瀬さんパンフレット読んでないの?」


黒瀬「パンフレットって、ここ来るとき貰ったこれ? 確かにあんまり読んでないけど」


野木「え~! 大人なんだからちゃんと読みなよ!」

ヒョロリ「そうですよ~。ちゃんと書いてありますよ。死んだ衝撃で記憶が抜け落ちることがあるんだって」


黒瀬「そうなのか……。なんか細かい文字読むの苦手で」

ヒョロリ「三途の川の説明も書いてありますよ~。死んじゃう人が多いから、たくさんの人が川を早く渡れるように、いっぱいターミナルがあるんですよね~。」

野木「三途の川渡ったら、同じ船に乗った人同士ですぐバス移動。そのメンバーだけで合宿所に連れて行かれて、しばらく一緒に生活するんだってさ。そこで何に生まれ変われるか決まるらしいよ。それも読んでないの?」


黒瀬「あ、ああ、読んでないな……」

野木「しっかりしてよ! 大人でしょ? あ、家電とか説明書読まないで壊してクレームの電話入れちゃうタイプだ!」


ヒョロリ「だめですよ~。ちゃんとしないと」

黒瀬「う、うるさいな! ……はあ、最近の若者は、結構しっかりしてるんだな……」



野木N「その後もしばらく俺たちは話し続けた。気が付くと、『整理券600番の方、乗船です。以上でこの船は定員になりましたので、出発いたします』とアナウンスが聞こえた。最後の一人を乗せ、また船が動き出す」


 

黒瀬「ふぁ~あ(あくび)……。もう並んでから一時間以上は経ったかな?」

野木「俺トレーニング中に死んだから、時間わかる物何も持ってないんだよね。ってか黒瀬さんわかんないの?」

黒瀬「それがわかんないんだ。携帯入れてたはずのカバン無くてさ。事故の時吹っ飛んだのかな……ふぁ~あ(あくび)。あー、ねっむ……ぐーぐー(いびき)」


野木「うわっ、立ったまま寝てる……。ヒョロリは時間わかる?」

ヒョロリ「う~ん、僕もわかんないですね~」


野木「そっか。ん? でも腕時計してんじゃん」


ヒョロリ「あ、うん。でもこれ止まってるんです~。僕が死んだ時に止まったのかな~」


野木「ふ~ん。ってかボロボロだなこの腕時計」


ヒョロリ「うん、でもお気に入りなので~」


野木「……そっか」



野木N「ヒョロリの時計は2時15分で止まっていた。俺はなんとなく辺りを見回す。たくさんの人々がそこにいて、黙って列に並んでいたり、俺たちと同じように、ワイワイと話をしていたりする。手を繋いだ親子連れもいて、楽しそうに笑いあっている。でも、彼らは死んでいる。彼らの時間は確実に止まっている。ヒョロリの時計と同じように」


 

野木「ヒョロリ。俺さ」


ヒョロリ「どうしたんですか?」


野木「親父を喜ばせたかったんだよな。陸上で」


ヒョロリ「お父さん……ですか?」

野木「そう。親父も昔短距離やってたんだけど、途中でケガして走れなくなったみたいでさ。その話する時の親父がすげー悲しそうで。でも俺がいいタイム出すとすげー喜んでさ」


ヒョロリ「お父さん、嬉しかったんですね」

野木「うん。だからとりあえず部内でトップになれば、親父ももっと喜んでくれると思ってさ。でも、暑い日に無茶なトレーニングしてたら熱中症で死んじゃった」


ヒョロリ「そうだったんですか……」


野木「親孝行、したかったんだけどな」


 
ヒョロリN「その時の野木くんからは、不思議と悲しさを感じなかった。悲しさの先にある別の何かを見据えているような、そんな顔をしていた」

 


野木「ところでさ!」


ヒョロリ「うわっ、ど、どうしたんですか~?」

野木「これだよこれ! 指輪! ヒョロリ、左手の薬指に指輪つけてるってことは結婚してたの?」

 

ヒョロリ「あ、いや、それも覚えてなくて……」


野木「もーらい!」


ヒョロリ「あ! ちょっと~!」

野木「いいじゃんちょっと見るだけ!俺なんて結局彼女もできずに死んじゃったんだぞ! いいなあ、指輪かあ~」



野木N「俺はヒョロリの薬指から無理やり抜き取った指輪をまじまじと見た。その瞬間、俺は今まで少しずつ感じていた小さな疑問に答えが出そうな気がした。俺は指輪を持ったまま、ヒョロリの左腕を見た。そしてその時、俺の身体に、はっきりと稲妻が走ったんだ」

 

 




黒瀬「……ふぁ~あ(起きる)。ん、あれ? 僕もしかして立ったまま寝てた……?」


ヒョロリ「そうですよ~。ほら、列が進んでるので、早く歩きましょう」

 


黒瀬N「それからも僕たちはひたすら並び続けた。そして4時間くらいたった頃に、やっと僕たちは船の目の前にたどり着いた」



ヒョロリ「もうすぐですね~」


黒瀬「やっと三途の川渡れるのか……長かったなあ……」


黒瀬N「僕はそう言って野木の方を向いた。すると、さっきまで元気だった野木が、静かに、どこか遠くを見ていた」


 

ヒョロリ「……野木くん、どうしたんですか?」


野木「……ヒョロリ、俺さ」

 



野木「俺、親孝行がしたいんだ。」

 



黒瀬「親孝行? どうした野木?」

野木「ずっと考えてた。俺、やっぱり親孝行がしたい。これが正解かわからないけど、でも、三途の川を渡る前に、どうしても言いたいことがあるんだ」


黒瀬「言いたいこと?」


野木「黒瀬さん、俺が時間を聞いた時、どうして腕時計を見ようとしなかったの?」


黒瀬「え? 腕時計? だって僕は腕時計なんてしてないから……」


野木「いや、してたよ。俺が最初に黒瀬さんの後ろに並んだ時、黒瀬さんは腕時計してた」


黒瀬「え? だって……あれ?」

野木「腕時計をしてるっていう記憶も無くなったんだね。俺、黒瀬さんには似合わない、アンバランスな腕時計だなって思った。でも、いつの間にかその腕時計は無くなってて、その腕時計は、今、ヒョロリがしてるよね?」


黒瀬N「僕は思わずヒョロリのほうを見た。ヒョロリは微かに震えながら、まっすぐ野木を見ていた」



野木「ボロボロになってたから気づかなかったけど、それ、黒瀬さんの腕時計だよね?」黒瀬「ヒョロリが僕の腕時計をしてるって……どういうこと?」

野木「……えっと、じゃあ結論から言うよ。あのさ、」


ヒョロリ「野木くん、待って!」


野木「ヒョロリって、黒瀬さんの子供じゃない?」



 

黒瀬「……え、ええ?」

野木「黒瀬さんが交通事故で死んで、その腕時計が形見だったんじゃない? だからボロボロになってもずっとその腕時計してたんでしょ? 俺、おかしいと思ったんだよ。だってヒョロリは何の記憶も無いって言ってたのに、その時計は『お気に入りの時計だ』ってはっきり言ったんだ。何の記憶も無いって、嘘だよね?」

ヒョロリ「そ、それは……!」


野木「黒瀬さん、黒瀬さんって何時ごろ事故にあったの?」

黒瀬「え? えっと……営業の途中だったから、あれはお昼が終わって、14時くらいだったと思うけど」

野木「ああ、やっぱり、その時計が止まっている時間、2時15分って、黒瀬さんが事故にあった時間なんじゃない?」

黒瀬「ちょ、ちょっと待って! あのさ、ヒョロリが俺の子供っていう話で進んでるけどさ、そんなわけないだろ! 確かに子供の顔は思い出せないけど、だって俺の子供は10歳だし……」


野木「だからさ! パンフレット読んでよ!」


黒瀬「え、ええ?」

野木「ほら、ここに書いてあるじゃん! この三途の川に集まる魂は、必ずしもみんな同じ時に死んだ魂じゃねーんだよ! だってほら、違和感ない? 俺は半袖短パンで真夏の炎天下の中死んでるけど、黒瀬さんはぶ厚いスーツにきっちり地味なネクタイ締めて、どう見ても真夏の炎天下の格好じゃねーじゃん! みんな死んだ時期が違うんだよ! 黒瀬さん、あんたはたぶん現世に未練がありすぎて、10年ぐらい地上で地縛霊してからここに来てるんだよ! だから、黒瀬さんが死んだとき10歳だった子供は、成長したんだよ! 成長して今ここにいるんだよ! ヒョロリは成長したあんたの子供なんだよ!!! だからその時計も最初は黒瀬さんの物だったけど、この場所にヒョロリが現れたことで時計の所有者が移り変わったんだよ!」 

 



 

黒瀬「ゆう……き……? ゆうきなのか……?」

 

 


ヒョロリ「……お父さん、僕ね。すぐ気づいたよ。でも言えなかった。だって、言ったら、僕が死んだってことがバレちゃうから。そしたら、お父さん悲しむから。だから、言わないで黙っていようと思った。記憶が無いって嘘ついて、近くでお父さんの姿を見ているだけでいいって思った」

 

 野木「……俺、ヒョロリの指輪を見たんだ。指輪にはアルファベット3文字の刻印があった。『Y&N&S』って。これってさ、」

ヒョロリ「待って! 僕が言うよ。……僕ね、自分が死んだこと、お父さんに知られたくなかった。でも、でもね、やっぱりそれ以上に言いたいことがあるんだ。僕もね、奥さんと子供がいるんだ。すっごく大切な家族が出来たんだ。……お父さん、僕、長く生きられないはずだった。でも、ここまで生きたんだよ! ここまで生きて、大切な家族に看取られながら、本当に幸せに死んだんだ。お父さんが、お父さんが僕のことを大切に育ててくれたお陰で、僕、すごく幸せになれたんだ。ありがとう。ありがとうお父さん!」

黒瀬「ゆうき!!」

 

黒瀬N「僕は、自分の息子を力強く抱きしめようと駆けだした。その時、『整理券999番の方、乗船です』とアナウンスが聞こえた。その途端、僕は見えない力に押し出されるように宙に浮き、何の抵抗もできないまま、船の上に着地した」


野木「黒瀬さん! ……なあ、ヒョロリ! あの船はもう一人乗せたら出発する。これ、俺の1000番の整理券だから交換しよう。そしたらヒョロリはあの船に乗れる。もう少しの間、お父さんと一緒に居られる!」


ヒョロリ「……ありがとう。でも、この券は受け取れません」


野木「なんで!?」

ヒョロリ「いいんです。これ以上お父さんと一緒に居たら、離れることが辛くなっちゃうから。離れることが辛くて、三途の川を渡れない。だから、ここでお別れ」



野木N「でも! と言いかけた時、『整理券1000番の方、乗船です。以上でこの船は定員になりましたので、出発いたします』とアナウンスが聞こえた。その途端、俺は見えない力に押し出されるように宙に浮き、何の抵抗もできないまま、船の上に着地した。そして、船は離れてゆく」



黒瀬「ゆうき!! 僕は、ずっとゆうきの幸せばかり考えて生きていた! 頼りない父親だったけど、でも、ゆうきと、ゆうきのお母さんを、心から愛してた! 会えてよかった! 成長したゆうきの姿を見ることが出来て、今、本当に幸せだよ! ありがとう! 僕の子供でいてくれてありがとう!!!」

 



野木N「黒瀬さんはヒョロリに向かって叫び続けた。ヒョロリは去っていく船に向けて、ずっとずっと手を振っていた。船は離れていく。三途の川を、渡っていく」