●タイトル 汚れない綺麗な思い出


「おれ、いっぱい勉強して弁護士なる。そして有希を守るんだ!」
少年は、目を光いっぱいに輝かせて言った。(知恵)


――それから、二十年の月日が過ぎ、少年は弁護士として忙しい日々を過ごしていた。
「例の件は、金で無理やりにでも和解にこぎ付けろと言っただろ。どうせあの代議士先生のことだ、まともに戦ったって勝てやしない」
「ですが、相手の女は母親を殺されてるわけですし、そう簡単にウンとは言わないかと……」
「おいおい、殺されてるとは人聞きが悪いな。たまたま運が悪かっただけだ。いいな、あの件は何としても金で解決するんだ。君の秘書人生がかかっているぞ」(逆秩序)


 二週間後、裁判は調停の場が用意され、弁護士と秘書は席に着いた。
「相手の女遅いですねぇ」
秘書が耳打ちするように言う。席についてから、ゆうに一時間は過ぎていた。
「どうせ、調停は受け入れん、と言うことだろう。馬鹿な女だ、むやみに欠席すれば裁判官の心証を悪くするだけだ」
同席している裁判官は口元に蓄えた髭をいじりながら明らかに不機嫌そうだ。弁護士がそんな裁判官の様子を伺っていると、ふいに裁判官は立ち上がった。
「どうやら、相手の方は厳粛なる裁判の場を軽視されているご様子だ。本日はこれにて終了としましょう」(厳格)


「これで我々の勝訴も確実なものとなったな」
「……はあ」
「どうした、君も早く秘書から弁護士となれるよう頑張りたまえ。気合が足りんぞ」
「……少し調子が悪いようなので、先に失礼させて頂きます」
「まったく、この位の裁判で滅入っているようじゃ、あいつは使えんな」


その晩、弁護士は貯まった仕事を片付けて、いつもより遅い岐路に着いた。百メートル先に自宅が見える所まで来ると、ふいに誰かに見られているような気がして振り返る、一瞬の出来事だった。自分に向かって突っ込んでくる人影を目の前に感じた、と思った瞬間に自分の腹から激痛が走る。その人影は自分の腹に向かってぐいぐいと何かを押し込んでいるようだが、まったく反応できなかった。自分の体内から血の気が引いていくのを感じる。
「あんたがすべて悪いのよ!」
聞き覚えのあるような女の声がした。と同時に後ろからも声がする。
「……先生、あなたにはもうついて行けませんよ」
自分がどんどんと冷たくなるような感覚を最後に、全身から力が抜け世界は闇となった。

その後、弁護士の死は、優秀な秘書によって通り魔による犯行として処理された。
裁判の行方は、元秘書の証言によって状況が一変し、女の勝訴となる。代議士によって事実上殺された母の復讐は遂げられたのだった。(逆治癒)(逆信頼)


「あなた、早く弁護士になってね」
「そういえば、どうして有希は口癖のようにそう言うんだ? やっぱり金か?」
「ちがうわよ! 実は……あたしの子供の頃にね、とっても大好きな人が居たの。その人が弁護士になって私を守ってくれるって口癖のように言ってたのが忘れられなくて」
「なんだ、昔の男の影響かよ。弁護士秘書の俺が守ってやっただろう」
「そんなにむきにならないで、小さい頃の話よ。汚れない綺麗な思い出のお話」(幸運)



●タイトル KY男


その男は、ずっと"KY"と言われ続けてきた。なにも男のイニシャルを紹介しているのではない。"空気読めない"のKYである。(逆調和)
男は今もKY男だ、症状が改善する見込みはまったく無い。なぜなら、男自身は親切で気を使っていると思っているのである。(至誠)
あるとき、男の友人の一人が親切心からKYであることを告げた。(慈愛)男は非常に悩んだ。自分では理解できないのである。そこで、自分の産みの親である母親に聞いてみた。(創造)
「おれってKY?」
母親は悩む様子も無く「あたまり前じゃない」と即答した。男はさすがに母親に言われたのなら信じざるを得ない。(信頼)
男は、今まで自分が親切で気を使っていると思っていた行動がKYだと言われていることにショックを受けた。そこでふと思いついた。全てを逆に、つまり不親切で気を使っていない行動をとってみた。(逆善良)
すると、今度はYKと言われた。
「なんだよ、ちくしょう。また何かがだめなのか!」
「違うよ。"読んでる空気"のYKだよ。」




●タイトル 体内細胞と電気信号


「おい、R地区に切り傷があるようだが、再生はいつ完了する?」
「一週間後には終わる予定です」
「うむ、引き続き頼む」(秩序)
今日も体内の各所に適切な電気信号を送り、新陳代謝を行っている。傷ついた細胞、古くなった細胞、それらを新しいものに再生する作業が各部位の担当細胞によって行われていた。(生命)


「本日も異常は無いようだな。どれどれ、わしの唯一の楽しみを……むふふ」(逆知恵)
突然、脳司令のもとに危機信号が走りこんでくる。
「司令、大変です!」
「なにごとだ!?」
「N地区第一ブロックより血液が流出中です!」
「あわてるな、冷静に対処するのだ」(理性)
「はっ、申し訳ございません」
「して、原因はなんだ?」
「えっと、そ、その……」
危機信号は言いづらそうに答える。
「脳司令が……見ているものが原因かと」
「なに!? これのどこがいけないのだ」
そういって、改めて視線をそのものに向ける。
ぶわー。
どこかで血流の川が崩壊する音が聞こえる。と同時に、別の危機信号が走りこんできた。
「大変です! N地区第二ブロックからも血液が流出しています」(逆治癒)
体内の細胞たちは大騒ぎとなっている。血の出血を知らせる危機信号に慌てふためく細胞、脳司令から送られてくる視覚信号に過敏に反応する細胞、いずれも新陳代謝が加速する。(逆調和)
「わかった。今日はここまでとしよう」
脳司令は名残惜しそうに、両鼻から垂れる鼻血を無視してなおも食い見るエロゲーの画面から目を放した。



●タイトル  過書症(かしょしょう)


その男は、どうしてもモノ書きになりたかった。だから小さい頃から、考えた物語を文章に書き続けた。(知恵)
しかし、あるとき男は気がついた。
自分が常に文章を書き続けていないと落ち着かないことに。ご飯を食べるときも、寝るときも常に筆を握り続けている。男はさすがにおかしいのではないかと思い病院に行くことにした。(逆治癒)
いくつかの病院に行ってみたが原因は分らずじまい、ついには大金をはたいて日本で五本の指に入ると言う名医に診てもらった。(信頼)
一通りの検査を終えると、名医は迷わずに言った。
「あなたは過書症(かしょしょう)です」
「え? 聞きなれない病ですね、いったいどんな病気なんですか?」
男は手元のメモ用紙に視線を向け文章を書きながら言った。
「よく『過食症』と聞くでしょう、あれに似たような病だと思えば分りやすいかと思います。つまり、あなたは小さい頃から必死になって文章を書き続けてこられた、その結果、書く行為をやめることを脳が許さなくなったのです。リハビリを通して書く行為を徐々に減らしていけば、あなたの病は治りますよ」(解放)
「そ、そんな! ぼくが書く行為をやめたら何が残ると言うんです。名医であるあなたに、なんと言われようともぼくは書き続けますよ!」(逆厳格)


こうして男は名医の忠告を無視して書き続け、満足な食事も取らず、睡眠も取らず、衰弱して命を落とした。(逆生命)

看護婦が名医に話しかける。
「こんなにも書くことが好きだったんですね」
「本当にすごい執念だ……だが、残念なのはこの男が書く文章が全く面白くないということだな」



●タイトル 囚人


この囚人は、刑務所の中で過ごして早二十年になる。(逆解放)
改心の様子もなく、相部屋の男と揉めた回数は両手の指にあまる程だ。(逆信頼)
そんな囚人は、相部屋の仲間から「お前が外の空気を吸うことは一生ねえな」とよく馬鹿にされていたが、それで構わないと思っていた。(逆至誠)


しかし、囚人の状況はある時一変した。
年甲斐もなく、新人として配属された若く肌が透き通るように白い刑務官に恋をしてしまったのだ。いい姿を見せようと、規則正しく忠実に労働をこなすようになった。(秩序)とはいえ、こんな恋が実ることも無く、三年後その刑務官は他の刑務所に転属してしまう。(逆結合)
囚人は絶望に打ちひしがれたが、その三年間の真面目な態度が評価され仮釈放が許された。
しかし、囚人はすぐさま軽微な罪を犯して刑務所に戻ってくる。
相部屋の仲間が囚人に尋ねた。
「せっかく出られたのに、なんでつまんねぇことで戻ってきちまったんだ?」
「だってよ、こっちの方が男いっぱいいるじゃねえか、外の世界に比べたら天国だぜ」
「やはりな……おれには近づくなよ」
囚人はニヤリと笑みを浮かべた。(逆善良)