ピチピチ女子高生・武男 ~メイド喫茶編~(下)
武男が働くメイド喫茶では、今日もいそがしく開店準備が始まる。女の子たち手際よく動きながらも話に花を咲かせる。
「そうだ、聞いて! 今度、相沢さんが全部おごるから合コンしようだって」
その話を聞いた二人の女の子たちから「まじ?」とか「行く行く!」といった声が聞こえる。羽振りの良い客として評判の相沢はこのメイド喫茶では人気のお客だ。結果的に、その場に居た二人の女の子が参加するようだ。
さらに女の子たちの話は続く。
「しかもね……飛びきりの情報があって」
「なになに?」
「とても気持ちよくなれる魔法の水を持ってきてくれるって言ってたの」
「魔法の水?」
話を聞いていた女の子も一瞬「なに?」といった顔をしていたが、「まあ、いいや。楽しみにしてるね」と軽く言って、話題も違うものに変わっていった。
武男は、その話に聞き耳を立てていたが、"魔法の水"にひっかかっていた。それってもしかして……覚せい剤とかじゃないだろうか、と武男は怖くなっていた。
そんな考えを巡らせていると、先ほどの女の子が近づいてくる。
「ねぇ、話聞こえた? タケミちゃんも行こうよ」
「えっ、でもわたしそういうの苦手だから……」
「タケミちゃんってめちゃめちゃ可愛いのに真面目そうだもんね。でもタケミちゃんが仲良しのナオっちも行くって言ってたよ。だから……行かない?」
「え? ナオも……?」
武男は一瞬、耳を疑った。ナオはそういうものには参加しないと思っていたからだ。しかも、魔法の水はまずい。武男が衝撃を受けていると、さらに声が続いた。
「相沢さんがカッコいい男の子つれてくるって言ってたからさ、おねがい!」
「むぅ……」
女子高生同士の会話としてはしごく自然な会話だと思うのだが、ナオの父親としては気持ちが良いものではない。武男は少し機嫌を損ねながら声を出した。
「それでも、やめておきます!」
「あっそ」
その女の子はそっぽを向いて武男から離れてしまった。
武男は先ほどの話を思い返す。
「とても気持ちよくなれる魔法の水……」
それにしても、なぜナオはそんな話に乗ってしまったのだろうか。今は武男のことで頭がいっぱいであったはずだ。
「何事もなければいいが……」
武男の不安は募る一方であった。
***
翌日、武男がお店に来ると店先に一台のパトカーが止まり、店長と話す警察官の姿が見えた。
「なにごとだろう?」
警察官と話をしていた店長が一区切りつくのを見計らって声をかける。
「店長、いったいなにごとですか?」
「ああ、タケミちゃん。困ったことになったよ。実は――」
昨日、客の相沢とバイトの女の子達が麻薬等取締法にて現行犯逮捕されたとのことだった。カラオケ店内の廊下で酔った所ではない怪しい行動と言動を発している相沢達に異常を感じた店員が通報したそうだ。
みごとに武男の不安は適中してしまった。
初めは、店長の話を冷静に聞いていた武男であったが、次第に声が震えだす。
「店長……その中にナ……ナオはいたんですか!?」
「いや、それはわからないんだけど、昨晩からナオに連絡が取れてないんだ。もしかしたら、その場にいたかもしれない」
「そんな!」
店長は、バイトの女の子たちが突然いなくなってしまってお店をどうしようとかと悩んでいたが、武男はそれどころではなかった。
ナオ、どうしてそんなところに行ってしまったのだ。
ナオは、自分の父親であるおれのことを心から心配していた、そんな危険なことに首をつっこむはずはない、と武男は信じていた。
武男が家を出てしまったせいで、自暴自棄にでもなってしまったのだろうか。
「なぜだ! ナオ!」
武男はナオに裏切られた気持ちでいっぱいだった。それと共に父親としてかばいきれなかった自分をとてつもなく情けなく感じていた。
父親が家に戻れず崩れいく家族、そんな状態でナオは耐え切れなかったのだろう。
武男は立ちすくんだまま肩を、頬を、握り締めた拳を振るわせた。
***
事件から二晩が過ぎた朝、武男は人気のない店舗で開店準備をしていた。本来、新人であるはずの武男が開店準備などするはずがないのだが、昨日の事件でなにしろ人手が足りない。店長も遅れてくるとのことだった。
ふと、入り口の方で扉の開く音がしたのに気づき、そちらに顔をむける。
……するとそこには、扉の前で平然と立つナオの姿があった
「あっ、タケミちゃんおはよう! 昨日の夜店長から電話あったんだけど、どうやら心配かけちゃったみたいだでごめんね」
「じゃあ、ナオは……参加してないんだね?」
「うん、実は昨日、一日中警察に事情聴取されてたの!」
ナオの姿に驚く武男とは対照的に、ナオはなぜか声を弾ませながら元気にしゃべりだした。武男は不思議そうに尋ねる。
「事情聴取?」
「うん! お父さんの無実が証明されたんだよ! 昨日お店が騒ぎになってたのって、うちのお店によく来ていた相沢さんが逮捕されたって事件でしょ?」
「うん、そうだけど」
「その相沢さん、いや、あんなやつ"相沢"でいいや。その相沢が実はねうちのお父さんの会社の人で、お父さんに不正利益の罪をなすりつけようとしてたんだよ!」
武男は驚いた。相沢って同僚の相沢だったのか!
武男が四十一歳の姿をしていた時もさして相沢と話すこともなかったし、この店で働き出してからまだ一度も見たことがなかったのでわからなかった。
それとともに、武男はナオに対する申し訳ない気持ちでいっぱいになっていった。
「ナオ……ごめんな。本当にごめんな」
ナオはいつまでも武男のことを信じていてくれた。"やっぱり"お父さんは無実だといってくれた。それなのに武雄はナオのことを「裏切られた」といって信じてあげられなかったのだ。武男はどうしようもない自分への悔しさに頬を震えだした。
「え?! なになに、どうしたの?」
「……なんでもない。ごめんね、突然なきだしちゃって。ナオのお父さん無実で本当によかったね。本当に本当に……」
「タケミちゃんがそう言ってくれるのは嬉しいけど、そんなになかないでよ」
ナオはとても不思議がりながらも武男をなだめながら言った。当然、ナオにはこの状況が理解できない。
しかし、武男にはこの状況が胸をずきずきさせる。信じてあげられなかった自分、父親としてナオに姿を現してあげられない自分、武男はナオに申し訳ない気持ちでいっぱいであった。
父親が娘を信じてこその親子の信頼関係である。しかも、娘はこんなにも父親を信じ、そして父親の真実を心から喜んでいる。
もうナオとの絆は絶対だ、武男は心に刻み込んだ。
「……それにしても、このままの姿じゃなあ」
武男はそんな現実を嘆きながら、遠い目をするのであった。
(了)