ピチピチ女子高生・武男 ~メイド喫茶編~(上)



(ピチピチ女子高生・武男 初編より)


「なんじゃこりゃーーーーー!!」
改めて自分の容姿に驚く武男。
まじまじと自分の体を確認してみる。
むにゅ。
胸部のふっくらしたものをセーラー服の上から触ると、柔らかい感触がした。
中年太りで肉が気になったお腹も、キュッと引き締まって括れていた。
鏡越しに見える自分のものと思われる顔も全くの別人だ。
透き通るような白い肌。コロッとした可愛らしい目。ぷっくりとした唇。
そして、セーラー服を着ている自分。誰が見ても16歳程の女子高生だ。
「おれピチピチの女子高生になってやがる……」
鏡の前には、可愛らしい女子高生が唖然と立ち尽くしていた。



 ***



「おかえりなさいませ、ご主人様」
メイド姿の可愛らしい武男がお辞儀した。
「タケミちゃん、また来ちゃったよ」
その男は、ぼさぼさの髪の毛をぼりぼり掻きながら武男にどろっとした視線を向けている。武男はその視線に嫌悪感を感じつつも仕事だと割りきって笑顔で応対した。
ちなみに、名前はタケミで通している。さすがに武男はないだろう。



1週間前、武男は、鏡にうつる姿に驚愕した。
自分の姿がうつるべき場所に――コロッとした可愛らしい目。透き通るような白い肌。ぷっくりとした唇。そして、セーラー服を着ている誰が見ても16歳程の女子高生の姿がみえた。
はじめは、普通にこのままの姿で家に帰ってみようかとも思った。
しかし、この姿を見てだれが武男だと信じてくれようか。なにしろ、41歳の武男の姿など微塵も感じさせない可愛さなのだから。
かといって「武男さんの友人です」とでも言って家に上げてもらおうものなら、41歳の男と16歳の女子高生との間に想像させる交友関係は、大きな誤解を生じさせるだけだ。


そんなわけで、武男は家に帰れずじまいとなった。とはいえ、お腹はすくし寝る場所だって確保しなくてはならない。いずれにしてもお金が必要である。
そこで、武男は当面の生活を考えて仕事を探しはじめた。
武男はIT関係の仕事をしていたのでコンピュータには詳しかった。そこで、電気店のバイトでもしようかと秋葉原にきていた。
駅前では、メイド姿の女の子が可愛らしさを振りまきながら盛んにティッシュをくばっている。



その後、いくつか電気店をまわってみたものの16歳の女子高生をやとってくれる店はなかった。よくよく考えてみればあたりまえだ。こんなITとは無縁そうな可愛いらしい姿の店員にテレビとかパソコンの説明をされても説得力がないのである。
武男が困りあぐねていると、メイド喫茶の店が見えた。
「これだ!」
この姿がネックになっているなら、この姿を活用できるところにいけばいい。
武男は、自分の人生においてまさかこの姿で働くことになるとは予想もしていなかったのだが、生活のためである。この際仕方がない。
こうして、武男はメイド喫茶でバイトするにいたった。ちなみに、店長らしい人に武男が働きたい旨を伝えると、この姿のおかげか即決OKをもらえた。さらに給料の一部前借りも認めてもらうことができ、これで当面の生活は問題なさそうだ。
この可愛らしい姿に感謝せねばと武男は思った。



 ***



「いってらっしゃいませ、ご主人様。また帰ってきてくれないと泣いちゃうぞ?」
先輩の女の子は、メイドさんとして可愛らしくそして手際よく働いている。
武男はまだまだ仕事になれず、不器用に応対していた。思いのほか料理のお皿を運ぶのが難しい。武男は、何度かお盆をひっくり返しそうになっていた。
ひととおり料理を運び終わってキッチンに戻ると、さきほどの先輩が声をかけてくれた。


「タケミちゃん、バイト慣れてきた?」
「まだまだダメみたいです」
「まぁ、そのうち慣れるよ。そういえば、なんでバイト始めたの?」
「生活費……いや、欲しいものがあって、それでバイトしてお金ためてるんです」
武男は、さすがに生活費のためとは言えず、とっさにごまかした。
「タケミちゃんもお金ためてるんだぁ。 わたしも何かと欲しいものが多くて、頑張ってオプションとれるように接客してるよ」
「オプションってみなさんがやってる、ジャンケンとかトランプゲームとかのことですか?」
「そうそう、そういうオプションもらえるとわたしたちの給料にも加算されるんだよ」
「へぇー、わたしもがんばろうかな」
このメイド喫茶では、通常メニュー以外にジャンケンやトランプゲームといった女の子と遊べるオプションがある。当然、別料金になる。
その時、話題に反応したのか別の先輩が話に入ってきた。
「相沢さんとかよくオプション入れてくれるからいいよね」
「だねっ、相沢さんは羽振りいいからありがたいよね。渋いおじさまって感じで見た目も悪くないし」
「タケミちゃん、相沢さんはいつもオプションつけてくれるから要チェックだよ。気に入られるようにがんばってね」
「がんばります!」
武男は新入りらしく、元気よく返事した。
それにしても、この相沢さんという人は相当羽振りが良いみたいで、バイトの女の子には人気のお客さんのようだ。
しかし、女の子というのはよく喋る。特に10代の女の子は機関銃のようだ。武男もこの姿に合うようになんとか可愛らしく喋っているのだが、どうしてもたどたどしい。無難に敬語で応対する方が間違いない。
さきほどの先輩2人は、武男を放置して喋り続けている。
ふいに、会話からの知った名前が耳に入った。
「そういえば、最近ナオっち元気ないよねー」
「うんうん、この前もバイト同じだった時にはなしたんだけど元気なさそうだったぁ」
「心配だなぁ」
武男は会話にもどることにした。
「ナオっちって?」
「あっ、タケミちゃんはまだ会ったことないよね、同じバイト仲間だよ」
「……ナオ」
武男はその名前を聞いて急に懐かしくなった。
自分がこんな姿になってからまだ1週間ほどしかたっていないのだが、
ナオと普通に生活していたあのころがはるか昔に思えてくる。
そう、武男の娘と同じ名前なのだ。ナオは今ごろどうしているのだろうか。



 ***



「お父さんは、そんなことしてません!」
「でも、急にいなくなったんだ。なにかおかしいだろ」
「きっと何か理由があるにきまってます」
「たしかにそうだが、実際、君のお父さんは会社で重要なポストを占めていたんだ。そういう行為にたずさわることもできたはずだ」
「……そんな」
「実を言うと、わたしたちも初めから疑っていたわけじゃない。しかし、君のお父さんがいなくなってからいくつかの不正取引が見つかったんだ。そして、その取引から得られたであろう利益の所在がわからない。今、社内で調査を進めているが、不正取引の発覚と君のお父さんの失踪のタイミングがあまりにも重なりすぎているだろ」
「……」
「君には難しすぎる話だな。つまり、君のお父さんはね、悪いことをしてい……」
ナオは遮るように大きな声を出した。
「違います!! ぜったいにお父さんはそんなことしません! もう帰ってください」
「しかしだね……」
「うるさい! もう帰って!!」
ナオは泣き叫ぶような声を上げて会社の人たちを玄関から追い出した。



1時間ほど前、突然、家に武男の会社の人が乗り込んできた。そして、会社の人たちに父が疑われていると知って、ナオは大きなショックをうけたのだ。
それでなくても武男がいなくなって1週間、ナオと母は精神的に疲れきっていた。
はじめのうちは母もナオも武男に何かあったのかもしれない。と思いつつもそのうち帰ってくるだろうと思っていた。しかし、待てども待てども武男は戻らない。さすがに何かあったんじゃないか。事件、事故に巻き込まれたんじゃないか。ニュース・新聞も毎日入念にチェックしているが、特にそれっぽいものはない。
そして、ついに昨日、母は心配のあまり寝込んでしまった。食事も満足にとっていない。


ナオは「私だけは頑張らないと! お父さんは必ず帰ってくる」と母の世話をしたり、警察に父の捜査を依頼したり、今後の生活を考えてバイトだけは休めないとがんばってきたのだが、今回の1件でナオの精神力も限界にきていた。


「……ねぇ、お父さん。いまどこにいるの」
ナオの瞳から一筋の涙がしみ出して頬を伝っていく。
「いつも優しかったお父さん。最近はお仕事いそがしくてあまり顔をみてなかったけど、お父さんがそんなことするわけないって知ってるよ。だから帰ってきて。どんな訳があってもいいから、帰ってきて。また家族3人で笑いあいたいよ。お願い、お父さん」
ナオは、1週間溜めこんでいたものを吹き出すかのようにその晩は泣きとおした。



 ***



「おはようございます!」
武男は開店前の店に入ると、元気よく挨拶した。
「あっ、おはよー! 新人さんだよね。あたしナオって言うんだ、よろしくね」
「あっ!? え、えっと」
武男はその顔に見覚えがあった。見間違えるはずがない、そこにいるのは娘のナオの姿である。武男は頬が震えるのを感じたが、今は正体をばらせない。必死に腹に力を入れて震えをおさえようとする。
「そんなに緊張しないでよー」
ナオはやさしい微笑を武男にむけた。
「名前はなんていうの?」
「タ、タケミです」
「タケミちゃんかぁ、よろしくね。それにしてもタケミちゃんすっごく可愛いね! それならお客さんもいっぱいつくと思うよ」
「そんな、ナオさんこそすごい可愛いですよ!」
愛しい娘の姿が可愛くない訳がない。しかも久しぶりに見た娘の姿である。
「ってか、ナオさんとかやめてよ。みんなが呼んでる『ナオっち』でいいよ」
「はい」
「ちなみにタケミちゃんいくつ?」
「よんじゅう……、16歳です」
「じゃあ同い年じゃん! だったら変に気をつかわないでね」
「……それじゃあ、初めてでこんなこと聞くのおかしいと思うんですけど、ひとつ質問してもいいですか?」
武男は、先輩の女の子が「ナオっちが元気ない」と言っていたのがとても気がかりだった。
「いいよ。なに?」
「他の先輩から聞いたんですけど、最近ナオっちの元気がないって……何かいやなことでもあったんですか?」
「え!? あっ、……うん」
急にしゅんとするナオをみて、武男は悪いことを聞いてしまったと思った。十中八九、自分のせいでナオと妻には迷惑をかけているはずだ。
「いや、無理にはなさなくてもいいですよ、変なこと聞いてごめんなさい」
「いいや、なんかタケミちゃん初めてって気がしないくらい雰囲気が合うから。逆に、わたしの話きいてもらえたら嬉しいな」
「もちろんいいですよ!」
「……実はね、うちのお父さんが急にいなくなっちゃったの」
「え!?」
武男は演技っぽく話を聞き始めた。まさかナオも目の前にその相手がいるとは思わないだろう。
「――って、お父さんの会社の人がお父さんのことうたがってるの。あたしはぜったい、ぜったいにそんなこと無いって信じてるの!! だって、お父さん仕事いそがしくて今でこそお家にいることが少なくなったけど、それまでのお父さんは本当に家族想いだったんだよ。お父さんいつも口癖のように言ってた。『仕事がうまくいったら1ヶ月くらい休んで家族みんなで世界一周旅行しよう!』って。あたしは、その時の輝いたお父さん目が大好きだったんだ。そんなお父さんが悪いことなんて、するわけない!!」
「……」
武男は感動のあまり顔の震えが止まらなかった。自然と武男の可愛らしい瞳が潤みを帯びだす。
「って、あたしばっかり話しててごめん。んっ、タケミちゃんどうしたの?」
「……いや、ありがとう」
武男はついつい、そう言ってしまった。
「なんでありがとう? しかも何で瞳が赤いの?」
「あっ、いや。そんな大切なことをはなしてくれてありがとう! あたしもぜったいのナオっちのお父さんがそんなことするとは思えないよ! きっと何か訳があるんだよ。つい話に感動して涙が出てきちゃった」
武男は涙で潤んだ瞳をごまかすように手の甲でぬぐって、精一杯の微笑みを見せた。
「そんなにまで共感してくれるなんて……ありがとうタケミちゃん! おかげで少し気分が楽になったよ。誰にもこんなこと話せないから」



武男は知った。
娘のナオがこれほどまでに父親である自分を信じていてくれるなんて、それなのにおれは仕事ばかりに走ってしまって、しかもこんな姿になってしまって家に帰れず、娘につらい思いをさせてしまっているなんて。武男は自分が悔しくて悔しくてしかたがなかった。
早くもとの姿に戻りたい。そして、ナオと妻に「帰りが遅くなってすまん」って言おう。武男はそう心に誓った。



(下に続く)