オタクの片想い
掻きあげた美しい黒髪が清純な美少女を感じさせる。
熱心に黒板を見つめる大きな瞳。横顔から見える端整な顔立ち。
染み一つない透き通るほど透明な肌。
――二見恵理(ふたみ えり)。それが彼女の名前だ。
教室では、まったく興味が持てない古文の解説に熱弁をふるう先生の声だけがひびく。
当然、そんなぼくの興味は二見さんに向けられている。
ぼくは二見さんのことが愛おしくて愛おしくて仕方がない。
そんな二見さんと一緒に歩きたい。二見さんの頬に触れたい。二見さんとキスしたい。
ぼくの想いは募るばかりだ。
斉藤ゆうじ。それがぼくの名前。
お察しのとおり、ぼくは二見さんのことが大好きだ。いや、世界で一番愛してる。そういっても過言ではない。
――でも、ぼくは二見さんに話しかけることができない。いや、話しかけてはいけないと思ってる。
だって、キモイんだもん。自分でキモイことを自覚しているだけマシなオタクだろう。
当然のごとく好きなアニメは毎週欠かさずチェックしているし、美少女もののゲームについて語らせたら一日つぶれる。まぁ誰も聞いてくれないけど。
「ゆうじ君。一緒に帰ろぉ」
帰りのチャイムがなり終わると、ぞろぞろと何人かの生徒が玄関から出てくる。そんな雑踏の中から彼女は声をかけてきた。
「今日もいっぱい恵理と遊んでね」
「仕方ねーな。忙しいけど付き合ってやるよ」
二見さんのように黒髪が似合う美少女。今付き合ってるぼくの彼女だ。
最短ルートで告白して付き合うところまでこぎつけた。
――まぁご想像のとおりゲームの話だけどね。
ゲームだけはぼくを裏切らない。きちんと選択肢を選んでフラグをたてれば、必ず落とせる。
とある昼休みの教室。ぼくの唯一の友人であり、オタク仲間と最新の美少女ゲームについてどの女の子が一番か議論していた。もちろん、ぼくは『恵理』を一押ししている。名前も二見さんと同じでかなり萌えるのだ。
そんな時、廊下を歩く二見さんがちらっと視界に入った。
一瞬!? ほんの一瞬だけ二見さんの視線がぼくに微笑む。――ような気がした。
二見さんの微笑む顔がなんとも可愛らしい。
しかし、二見さんはとなりを歩いていた友達に話しかけただけだったようだ。ぼくは自分の自意識過剰をうらんだ。
――その日の下校時。ちょっとした事件が起こった。
ぼくが駅前のゲームショップに足を運ぼうとしていると、二見さんが大学生らしい三人の男に話しかけられているのが見えた。
かなりしつこくナンパされているようだ。二見さんは可愛いから男が寄ってくるのは仕方がない。でも、二見さんが嫌がっているのを無視するわけにはいかない。
とはいえ、ぼくは軟弱なオタクである。
強そうな男にはかなわない。
「そうだ!」
ぼくは名案を思いついた。これをゲームのワンシーンだと思えばいいんだ。いや、そう思い込め。そうに違いない。
ぼくは自分自身に「ここで二見さんを助けてフラグをたてろ!!」と念じた。
そう思ったら少し勇気が出てきたのだ。
「……や、やめろよ! 嫌がってるだろ」
「なんだ? てめーは」
大学生らしい三人の男は、ぼくを睨みつけた。やばい、本気で怖い。
「いや、やっぱり、嫌がることはやめた方がいいかと……」
「てめー、ちょっとツラ貸せや」
まずい。こんな軟弱なオタクのぼくがかなうわけがない。
――しかし、二見さんを助けようとしたことでフラグが発動したのか、運よく警官が通りすぎ事なきを得た。
「ゆうじ君。ひっく、た、たすけてくれて……ありがとう」
「ほ、ほんとうに怖かったの。ひっく」
二見さんは肩とその美しい黒髪を震わせている。大きな瞳からは涙がにじみでていた。
ぼくは、もしかしてうまくフラグが立ったかも? と期待したが、二見さんのつぎの言葉で覆った。
「……たすけてくれてくれたことは感謝するけど、キモイから近づかないでね」
「――ひでーなこの女」
やっぱりオタクはもてないのか。ゲームリセットだ。オタクが告白して付き合うのは並大抵のことじゃないな。
ゆうじは携帯ゲームアプリを再起動した。
「ゆうじぃ。いつまでゲームやってるのぉ。あたしと遊んでよぉ」
美しい黒髪。大きな瞳を持つ美少女がゆうじの肩に抱きつく。
「ごめんごめん、最近、流行ってる恋愛シミュレーションゲームがおもしろくってな」
「恵理もこの『オタクの片想い』ってゲームやってみる? 超うけるぜ」