世界の終わりを知る女の子(上)
「――都立戸島から転校してきました酒井ノボルです。今日からよろしくお願いします」
おれの転校初日は無難な挨拶で幕を開けた。
ぐるっと教室を見回すと、皆がノボルに注目している。
普段、先生の話に真面目に耳を貸さない生徒も転校生には興味津々である。
ノボルは学校とはそんなものだと思いつつも、一人の例外に気づく。
最後列の窓側席という絶好の位置を確保しているのに、分厚い本を広げ、下を向いて黙々と本を読む女の子が居た。
しかもよりによってノボルの席はその子の隣とあいなった。
「お隣さん、よろしくね」
軽く挨拶してみる。お隣なのだから当然だろう。
「……」
「っおい、無視すんなよ!」
「んっ、だれ? ってかいつの間に隣に?」
その子は、本気でノボルのことに気づかなかったらしい。まさに、今気づきましたと言わんばかりの顔を見せた。
実はそれ以上にノボルも驚いていた。その子が顔を上げるやいなや、先ほどの第一印象が覆された。
きりっとした二重の大きな目。日本人形のように綺麗な黒髪ロング。
なによりふっくらとした唇が印象的である。
分厚い本を広げて下を向く少女からは創造できないような美少女であった。
「――さっき転校してきたノボルって言うんだ。よろしく」
我を取り戻したようにノボルは言う。
「あっ、そう。あなた話しかけなくていいわよ。どうせすぐ私と話さなくなるだろうし……」
「なんで?」
「まぁ、そのうち分かる事よ。とりあえず宜しくされないから宜しく」
そんな皮肉みたいなことを言い放って、彼女は分厚い本に視線を戻してしまった。
――と思ったら、すぐに視線をノボルに戻した。
「あなた、どういうことよ!?」
「え?」
「だから、あなた何者なのって聞いてるの!」
「いや、普通の男子高校生、酒井ノボルだけど」
ノボルは、突然の質問に何とも困ったと言う表情を見せた。
「……まさか、あなたが!? しかもこんな唐突に現れるなんて」
先ほどまでの『他人には興味ありません』と言った雰囲気で閉ざされた扉がひょんな事から
興味の扉が開かれたようだ。
「だから、なんだよ急に!?」
「……私は桐野イブ。宜しくしなくちゃいけないかもね」
意味深な言葉を放って、ぷいっと視線を分厚い本に戻した。
「――だから、あの子には近づかない方がいいって!」
昼休み、当然のごとく転校生の周りに何人かが集まってきて色々な事を教えてくれる。
「何も知らない転校生だからこそ、親切に忠告してやってるんだぞ」
ノボルは、さっきイブが『どうせすぐ私と話さなくなるだろうし……』と言っていた意味が分かった。
イブは、クラスの評判がすこぶる悪いのだ。
ノボルも先ほどのイブの言動から薄々は感づいていたのだが、かなりの不思議っ子でありタチが悪いようだ。
分厚い本を読んでる分には物静かな、クラスのどこにでも居そうな読書家だが、先ほどのように突然意味不明なことを言うらしい。
特に『このままだと世界の終わりが来て、皆も私も死んでしまう』と言う話が多いそうだ。
そんなこんなで、誰もイブに近づかない、いや近づけないようだ。
――ノボルはそんな世間の評判を考えつづ、弁当を食べていた。
ふと、視線を窓の外にむけるとグランドの隅っこの方にイブが見えた。
しかし、なぜかジョウロを持って歩いている。
(昼休みなのに何やってるんだろう?)
そして、イブは誰も気づかないような小さな花壇の花たちに水を振りまいていた。
(へぇー、いいとこあるじゃん)
ノボルは、世間の評判に反した印象を持った。
帰りの下駄箱で事件が起きた。
転校初日だと言うのに、ノボルの下駄箱に真っ白い封筒が入っていた。
誰もが考えるようにノボルも最初はソレを期待した。
でも、現実は甘くなかったのだ。
『帰るな。屋上まで来い』
と書き殴ってある。
ノボルも字は汚いのだが、それをはるかに上回る字の汚さだった。
『帰るな』の部分の象形文字は識別に30秒を要した。
ノボルは、突然の呼び出しにかなり戸惑った。何しろ転校初日の出来事なのだ。
(校内の男子生徒の気に障るようなことでもしたのだろうか?)
(それとも、今どき居るのか知らないがこの学校の番長?)
などと色々な妄想が走ったが、今日から毎日通う学校である。どう考えたって逃げられない。
ノボルは、大人しく出頭命令に従うことにしたのだった。
――屋上への扉を開けると、眩しい太陽の光が目に入った。
まだ6月下旬だと言うのに、真夏のような強い日差しだ。
ノボルそんな事を感じて屋上を歩いていくと、ふとイブの姿が目に入った。
「おっ、イブじゃん。こんなとこになにやってんの?」
イブは、ノボルとは反対方向を見たまま動かない。
「まぁ、いいや。おれこの学校の男子生徒の気に障ったらしくてさ」
「番長だか誰かに屋上に来るように呼び出されちまったよ」
「転校初日からやれやれだ……」
参ったと言わんばかりの表情を浮かべるノボル。
イブがおもむろにノボルの方に向き直る。
「……私だよ」
「ん?なにが」
「私が手紙で呼び出したの」
「なにぃーーー!? あの字、イブが書いたの!?」
ノボルは呼び出された事よりもイブの字の汚さに驚いていた。
あの字を見たから男だと瞬間的に判断していたのだった。
「汚ない字で悪かったわね!!」
イブはキリっとした二重の大きな目を見開いてこちらを睨み付けた。
ノボルは、そんなイブも見て可愛い顔してるなと感じてしまった。
そんな事を考えつつも、ノボルは呼び出された事を思い出した。
「で、転校早々話ってなんだ?」
イブはおもむろに遠い目をしながら語りだした。
「……ノボルは世界の終わりを知ってる?」
「は?」
「世界は近いうちに終わるの。ノボルも私も、世界中の人が死んでしまう時が来る……」
昼休みに聞いた例の話が始まったとノボルは思ったが、ひとまず聞いてみる。
「私ね、その時が『いつ』『どんな形で』やってくるのかを知ってるの」
「そんな事知りたくもなかったけど、分かっちゃうんだから仕方がないわね」
「へぇー」
「だけど、たった一つだけ世界を救う方法があるの」
「……救世主。この世界でたった一人の救世主を見つけることさえできれば世界は助かるはずだわ」
ノボルはこういう難しい話は苦手だ。聞いてる振りをしてぽけーっと空を眺めていた。
「ちゃんと聞いてるの!?」
「本当に、すごい大切なことなんだよ!!」
「わーったよ。ちゃんと聞くよ。続けて」
イブの目が本気で怖いので渋々聞くことにした。
「でも、私は今まで救世主を見つけることが出来なかった。だって、この地球上の60兆人から1人の救世主を見つけるなんて不可能よ」
「まぁそりゃそーだよな」
イブはちょっと間を置いてから唇を動かした。
「……でも、居たの!!」
「ひょんな所で見つかっちゃったのよ」
「へぇー、そうなんだぁ」
ノボルは全く興味なさげに答える。
「真面目に聞きなさいよね!! あなた救世主なんだから!」
「へぇー…… って、なんですと!?」
「だから、ノボル。あなたが救世主なのよ」
ふっくらとしたイブの唇が確かにそう言った。
(下)に続く