ピチピチ女子高生・武男あらわる(下)
――武男は、駅から少し離れた公園に逃げ込んだ。
公園の遊歩道をしばらく駆けると、真っ暗闇な公園の中でぽつりと輝く公衆トイレの蛍光灯が見えた。
武男は公衆トイレの蛍光灯の光に導かれた。
人生の大ピンチ(?)をなんとか切り抜け、一息つきつつもトイレの鏡を覗き込む。
「なんじゃこりゃーーーーー!!」
改めて自分の容姿に驚く武男。
まじまじと自分の体を確認してみる。
むにゅ。
胸部のふっくらしたものをセーラー服の上から触ると、柔らかい感触がした。
中年太りで肉が気になったお腹も、キュッと引き締まって括れていた。
鏡越しに見える自分のものと思われる顔も全くの別人だ。
透き通るような白い肌。コロッとした可愛らしい目。ぷっくりとした唇。
そして、セーラー服を着ている自分。誰が見ても16歳程の女子高生だ。
「おれピチピチの女子高生になってやがる……」
鏡の前には、可愛らしい女子高生が唖然と立ち尽くしていた。
月明かりの無い暗闇の公園。ベンチの上で弱々しく電灯が光る。
武男は、ベンチに腰掛けて冷静さを取り戻そうとしていた。
体の酔いも冷め、改めて自分の体の各部を確認する。これは現実だ。
しかも、先ほどの出来事がそれ以上に武男に衝撃を与えていた。
武男は、先ほど自分の身に起ころうとしていたおぞましい光景を思い出して身悶えした。
こんな16歳程のあどけない女子高生(の姿をしたおれ)を力づくで奪おうとしやがって、
IT成金野郎が。カネカネ言いやがって!
「うぅー、あたしの心はお金で買えるものじゃないってば!」
こんな姿になったせいか、武男は女子高生気分で届かぬ苦情を唸った。
……でもお金とか地位って人を変えちゃうものなのだろうか。
少し冷静さを取り戻した武男は、まじまじと考えた。
あの男に言っていた●●と言うサービスは、確かにIT業界でもかなり注目されているサービスだ。
上場も間近だと言われている。
そんなサービスとその会社を作り上げた男があんな男?
自分もITで成功してうんとお金を稼いで偉くなってやろうと思っている。
そして、家族と共に幸せに暮らしたい。
今は、家族のことを幸せにできているとは言えないけど、
いつか地位とお金を手に入れたら妻と娘と3人で世界旅行に行って、妻と娘の喜ばせることを一杯して
必ず幸せにしてやりたい。
少なくても今のおれはそのために一生懸命頑張ってるんだ。
でも、お金と地位を手に入れた行く末って……
ぶるぶる。
武男はそんな事を考えながら、体を振るわせた。
もうすぐ初夏とは言え、夜は寒い。しかも、今はか弱き女の子である。
「うぅーー、寒いなぁ」
吸い込まれそうな暗闇の中、ベンチの上で弱々しく光る電灯。
か弱き女の子たる女子高生がちょこんと座っている。
そんな女の子の体はどんどん冷えて行く。
「――お嬢ちゃん、こっちに来ないか?」
「!?」
突然、ベンチの後ろの方で男の声がした。
ぱっと後ろを振り向くと、武男の肩に男の手が近づく。
また変体やろうか!? 武男はその手の持ち主をにらみつけた。
「そんな怖い顔しなさんな」
白髪交じりの初老の老人が立っていた。小汚い格好からホームレスのようだ。
「そんな格好じゃ寒かろうて、こっちにきて焚き火で暖まらんか」
しわだらけのくしゃくしゃな顔がにこっと微笑んだ。
「――って言う目にあったんです」
武男は、襲われた話を老人に聞いてもらいながら落ち着きを取り戻していた。
女子高生に変身してしまった話はあまりにも現実味が無いので、武男はひとまずは女子高生として装っていた。
老人と向かい合う形で焚き火がごうごうと炎を上げている。
先ほど借りた薄汚れた毛布を通じてほんのりと暖かさが伝わる。
「さっきもまた襲われるのかと思いましたよ」
武男は安心した様子でコロッとした目を微笑ませた。
「馬鹿言っちゃいかん。お嬢ちゃんのような子にそんなことするやつは人間のくずだ」
老人は厳しい口調で言った。
「さぁ、暖かいスープでも飲んで暖まりなさい」
老人は、しわしわの顔を微笑ませた。
そして、焚き火で温めたコンソメスープをひび割れたコップに注いで、武男に手渡した。
「それにしても最近は、援助交際だなんだで、金で心を買えると思ってる奴がいる」
「親も親で高級品をプレゼントして娘の気を引こうとしている」
「何とも悲しい世の中になってしまったものだのぅ」
格好は小汚いがが、遠い目をしながら呟く老人の姿に聡明さ感じた。
――武男達がそんな話をしていると、辺りがほんのりと明るさを見せてきた。
なんとも長い一晩だったのだろう。人生で一番長い晩じゃないだろうか。武男はそんな気がした。
老人のしわしわ顔を見ながら、武男は徐々に太陽の暖かさを感じる。
公園の木々にさえぎられながらも眩い朝日が差し込んできた。
月明かりの無い永遠の暗闇を打ち崩すような朝日だ。
「わしは、こうやって毎朝お天道様を眺めて、暖かいスープを飲めればそれで幸せなんじゃ」
「今日は、こんな若々しいお嬢ちゃんと話まで出来て、わしも若返るようじゃい」
そういって、しわしわの顔が微笑んだ。
武男は、手元のほんのりと暖かいスープを喉に流し込み体も心も暖まるような気がした。
木々からこぼれる朝日が眩しい。
今まで静寂を保っていた公園もどこからともなく鳥のさえずりが聞える。
「ついつい、長話をしてしまったな」
「わしはこれから空き缶拾いの仕事をせにゃならんが、お嬢ちゃんは焚き火でゆっくりと暖まって行くと良い」
しわしわの顔がまた微笑んで、立ち去ろうとした。
「そうだ、一つ言い忘れたことがある」
「お嬢ちゃんの家族を悲しませてはいかんぞ」
武男は、本当の幸せが何なのか、少し分かった気がした。
今日こそは、寝顔ではない妻と娘の顔を見よう。そしてじっくりと家族で話しあおう。
3人の幸せについて。
ぼんやりとそう考えながらまた深い眠りに着く武男であった。
***
エピローグ
――閑々と太陽が照付ける。
初夏間近らしい暑い日差しだ。太陽の位置から既にお昼頃だろう。
武男は、そんな眩しい太陽で目が覚める。
「ふわぁーーーー」
武男は大きく伸びをした。と同時に胸の重たさと異常を感じる。
「ん?これは……」
むにゅ。
やはりそこには柔らかいものがあった。
「そういえば、おれ女子高生になってやがったんだ!?」
「これから、どうすればいいんだろうか……」
ピチピチ女子高生・武男の物語はまだ続くようである。