ストーカー
女の子を眺めること。ぼくの一日は、大半その行為に使われる。
とは言っても、誰でも彼でも眺めている訳ではない。これでも一途なのだ。
ぼくの前をとぼとぼと歩く彼女がぼくのいつも眺めている女の子だ。
黒く美しい瞳が印象的な女の子。彼女は誰が見ても美少女と言うだろう。
黄色のリボンで結んだポニーテールもぼくのお気に入りだ。
そんな彼女がいつものように一人で下校している。彼女の制服から見てこの街にあるN高校の女子高生だろう。
ぼくが見る限り彼女はいつも一人で行動している。あまり友達とワイワイ騒ぐ感じの雰囲気ではない。
おかげでぼくは彼女以外に浮気目をする事もなく彼女だけを遠くから眺めることができるのだ。
いつもの輸入雑貨店の前で、ふと彼女は足を止めた。彼女のお気に入りは、
麦わら帽子を深めにかぶったノッポな吟遊詩人のような人形だ。
店の壁にひょこっと掛けられているその人形を彼女はいつも眺めている。
そんなに高いものでも無いのだから買えばいいのにとぼくはいつも思うのだが、
何故か彼女は眺めているだけなのである。
今日も10分ほどその人形を眺めた後に、開きっぱなしになっている扉を進んで
店内をぐるぐると回って店を出た。
いつもと変わらぬ、これが彼女の日課だ。
学校での彼女もやはり一人が好きなようだ。
休み時間は友達とおしゃべりすることもなく、窓際に立って遠い目で青い空を眺めているばかりだ。
授業中はというと、教室の窓側一番後ろと言うベストポジションに座って暇そうに黒板を眺めている。
ただ、勉強はあまり好きではないようだ。時々、口元に手をおいて考えるようなそぶりをするものの
ノートを取る様子は全く無い。まぁ、ぼくも勉強は好きではなかったので批判するつもりは無い。
学校でもそんな無口な彼女に近づく者はいない。
ぼくとしては、変な男にまとわりつかれるよりよっぽど良いと思っている。
ただ、時々、彼女は寂しそうな表情を見せる。
左手で左頬を覆いながら、物思いにふける。いつもはぱっちりとした黒く美しい瞳。それがくしゃくしゃっと
悲しそうな瞳に変わるのだ。
そんな瞳を30分も1時間も見せ付けられると、ぼくはたまらなく彼女が愛しくて仕方無くなる。
あぁ、ぼくが話しかけて、彼女を元気付けたい。
そんな悲しい瞳をしないでおくれ!
彼女と話したい!仲良くなりたい!
日に日にこの想いは募るばかりである。
……でも、ぼくにはそれが出来ない。
声をかける勇気が無いのも理由の一つではあるけど、そもそもに2人を阻む大きな壁があるのだ。
それは、ぼくが幽霊であると言う理由だ。
気づいたらぼくはこの町の駅前で幽霊として存在していた。
初めは自分が幽霊だとは気づかなかった。でも誰もぼくの声を聞いてくれないし、
そもそも人や物に触れることができないのだ。さらには、暑いとか寒いと言った感覚も無いのだ。
幽霊としての記憶が無いぼくでも、さすがに幽霊であると認めざるを得ないのだ。
でも、こんな幽霊のぼくでもたったひとつだけ熱さを感じるものがある。
それは、彼女の事を思い出す時、彼女の寂しそうな瞳を見せ付けられた時、胸がキュンと熱くなる。
締め付けられるほど胸が熱く熱くなるのだ。
彼女と仲良くなりたい!彼女を元気付けたい!そんな強い感情がぼくを高ぶらせる。
でも幽霊であるぼくの声は彼女に届かない。
今日もとぼとぼと歩く彼女の黒く美しい瞳が虚ろ気な悲しい瞳をしていた。
ぼくはそんな彼女の姿を追いかけながら話しかけたい感情を高ぶらせていた。
とぼとぼと虚ろな目で歩く彼女が青に変わったばかりの交差点を歩き始めた。
そこに交差点の信号を無視して突っ込んでくる乗用車があった。
そのまま前に歩き出した彼女。
それは一瞬の出来事だった。
「危ない!」
ぼくはとっさに声を出した。無駄な行為だと理解しているのに、感情が声を出させた。
しかし、奇跡が起きた。
ストン。
彼女は、前に出そうとしていた右足をひょこっと引っ込めて体を後ろに倒した。
そのままお尻から着く形で体は歩道に戻ったのだ。
と同時に、激しいエンジン音と共に乗用車は彼女の目の前を通り過ぎる。
ぼくはすっと彼女に近づいた。
「怪我はなかった?」
さらなる奇跡を信じて届くはずの無い声を発した後、ちょこっと座っている彼女に手まで差し出した。
すると、彼女の瞳がぼくに向けられ、手に暖かいものが触れた。
「助けてくれてありがとう」
「……でも、私もう死んじゃってるのよ」
透き通るような白い頬をほんのり赤く染めて、彼女の黒く美しい瞳がぼくに笑いかけた。
「あなたも……そうよね?」
彼女も寂しい幽霊だったのだ。