さて、特に書くことは何も無い訳ですけども。
取り敢えずつらつらと文字を書きたくなる時ってありますよね。
基本文章って、タイトルを決めてからそれに沿って話を書くものじゃあないですか。
でないと話が四方八方飛んで行ってしまうんでね、基本はそうしますよ。
ですけどね、ただ気の向くままに思った事をそのまま書く、それもまた所謂「乙」なものなのではないかと、そんな気がするんですよ。
で、ですね。
一つ思った事があるんですけど。
この文章を読んでいる人間とは本当に存在するのかと。
まあ特に面白い事を書いてるわけでも無ければ、タメになる話でも無い、そんなものを読んでる奴は相当の変わり者ですよね。
でも、その変わり者が存在しない場合、この文章は一体なんの意味があるのでしょうか。
例えば、日記。
あれは人に見せる為に存在するのでは無く自分自身が、この日はこんな事があったなぁ…と悦に浸る為の物ですよね。
しかしながらこれはブログですよ。
ブログっていうのは、人に見せる為に自分自身の事を書く、と言う全くの別物なんですよ。
だから私は居るか居ないかも分からない貴方に向かって話し口調で書いている訳です。
独り言。
まさにこの言葉が似合うかと。
誰も居ない場所で、一人話続けて、誰かが聴いてくれている筈と、誰かが私を見てくれている筈と、自分の思想を垂れ流し、共感を得たいのか反感が欲しいのか自分でも分からないまま、こうして文字を書いてるんですよね。
ですがそれだとやってる事はやっぱり日記と同じになっちゃいますね。
でも私はこうしてまたブログを更新してる。
誰も見ていない言葉に意味を求める癖に、こうして言葉を生み出している。
えらくけったいな話ですよ。
最近、強く思う事がある。
自分がまだ少年と呼べる歳の頃、あの時は何をしていても楽しかった。それこそ、幸せについて意識することなんて一度も無かっただろう。それは、常に幸せの渦中にいたからか、将又、考え得る程の知性を持ち合わせていなかったからか。
何にせよ、今が楽しいと心から叫ぶ事など造作もなかった筈だ。
少し歳を重ねて、次は楽しい事をしようとしなければ楽しく無くなってしまった。
そして今は、楽しい事をしようとしても楽しくない時がある。
いつか、私は楽しい事をしようとも思わなくなるのだろうか。そうなった時、私は胸を張って精一杯生きていると言えるのだろうか。
娯楽は増えた。友人も少なからずいる。
金だってあの頃よりは持っている筈だ。
何が足りないのか。
その答えを出す事に、私は少し怯えているのかも知れないです。
では、名前も知らない貴方へ、精一杯の感謝を込めて。
敬具