さて、この時が来てしまう事は重々、承知してきた訳ですが、いざその日を迎えてみると存外実感が無いもので、嵐の過ぎ去った空がいやに静かな様に、実際の所は「そこに在った日々の終わり」という結末だけを漠然と残し、名残も無く歳月が過ぎ去る事を知りました。

私はというと、この二年間で何を得たのかと、きっと誰もが一度は思考したであろう疑問を、今更ながらに解いてみようと考えているのですが、どうにもただの徒労だったようだ。と結論づける事が恐ろしく、直ぐに目を背けてしまい、憂鬱な気分になるという、どうにも非生産的毎日を過ごしております。
一夜の淡い色欲のように、少し熱を帯びた青い春の切れ端のように、また或いは、花火大会が終わった後の夜空のように、長いようで短かった学生生活も、少しばかり残り香を添えて、ゆっくりと「今」から 「思い出」へと変わっていくのです。

ただ、一切は過ぎていく。その事実を飲み込めないまま歳をとると、いつのまにか自分だけ世界に置き忘れられたかのような錯覚に陥る時があります。
母親を18の時に亡くし、有り得ないと思っていた親の年齢を追い抜くという事態も、どうにも現実味を帯びて来た訳ですが、これから私は一体何を目標に生きていけば良いのでしょうか。
うだうだと方便を垂れましたが、答えはとうに決まっています。それは明日です。

学生であった頃、学校に行く事を当然の義務と考えて、通い詰めていたのですが。本当は義務なんてものでは無く、自分の意思で進むべきものだったのですよね。分かっていたのです。ただ、そうする方が楽だから、自分に言い訳をして生きて来たのです。後悔は幾らでも出来ます。ただ、もう先に進むしか無いのです。

過去を変えられないのは、誰もが結末を分かっているからであって、だからこそ、未来は誰にも分からないから変えられる、と私は考えます。
昨日を精一杯生きたと言い張れるくらい、明日に自信を持てるくらい、私は大切に、今日を積み重ねて行こうと思います。

だから、もう少しだけ私を助けてくれないでしょうか。今これを読んでくれている貴方はきっと知らないでしょうが、私は何度も貴方に救われています。
幾度と無く死のうと思った。このまま何も成せぬまま生涯を終えるくらいならば、先にくたばってやろう、と。ただそんな事を出来る器量があれば私は今頃大成を成している筈です。なので、やはり何も実行できず、思想と方便だけが一人前になってしまい、どんどん自分が嫌いになっていきました。
ですが、そんな自分に友好的に接し、笑顔を与えてくれた事に、本当は心の底から感謝をしています。ありがとうございました。
またいつか、生きて恩返しをします。
それまではお互いに頑張りましょう。
音楽に魅了された、狂った方々。二年間お疲れ様でした。それでは。何卒。