NHKEテレの3ヶ月でマスターするシリーズ。秋の放送は「古代文明」でした。



すみません、遠州街道が終わってないけど今日はこちらの話を聞いてください。その中で中央アジア、カザフスタンの遺跡から炭化穀類が出てきて、それが考えられていたよりもずっと前から、東西の交流があったことを示しているとのことでした。




ここに、わたしの知っている人が研究に行っているのです。 (上の絵の人ではありません)


その方は20年前に、飯田の遺物の中に穀物の痕跡を見にきてくれ、その時に知り合いました。

『米はいつから作られたか 農耕の開始をレプリカ法で探る』先週講演を聞きに行ってきました。日本で、いつからお米が作られたでしょうか。これをどのように探ったらいいと思いますか?1、発掘で水田のあと、畑のあとを発見する。…リンクameblo.jp

全国の土器を調査して、その結果を飯田市美術博物館でお話ししてくれたのが↑。


縄文から弥生に移る頃、日本にも米がやってきますが、その痕跡を土器から見つけるというものです。土器は家の周りで粘土をこねて作り、その時そばにあった米やその他の雑穀がたまたまくっつき、小さな穴になって残ります。そこへシリコンを詰めてスタンプ、それを電子顕微鏡で見ると、なんと見事にその穴の正体が見えるというものです。細かい毛、突起など見えて、近い種類の植物をちゃんとより分けられる。例えば粟とエノコログサは目視ではわからなくても、電子顕微鏡で分けることができるんだそうです。レプリカ法と言います。

その後ウクライナで資料調査。戦争のためカザフスタンに移って3年ほど調査してこられました。

2ヶ月前に上伊那郡中川村の遺跡、先日、飯田市座光寺の五郎田遺跡の弥生土器を見にきてくれました。久しぶりに会うので、夕食をご一緒しました。

食事は美味しく、先生方の昔話もとても面白く、楽しませてもらいました。昔はコンプライアンスなんて言わないから、女性で考古学をやるのはなかなか大変だったと思います。当時実験考古学が流行り始めていたので、ある先生から、この石器でこの木🌲を切ってみろとか、穴🪏を掘ってみろと言われて学生は汗だくで仰せに従ったのだそうです。そういう苦労があって、この石器は木を切るものだとか穴を掘るものだというのがちゃんとわかってきたんですね。そんな弥生研究の巨人みたいな人たちと渡り合って来て、すごい時代を過ごして来たんだなーと思いました。彼女はスマートで、どこにそんな力があるの?と思ってしまいます。わたしなんかもう年だからと謙遜されますが、今月の末に、今度はウズベキスタンに行くのだそうです。ウズベキスタンはカザフスタンの南、インドにもメソポタミアにも近いから、かなり早くに農作物があったんでしょうね。いいものが出るといいなあ。

この農業の開始のギリギリを探す研究、とってもロマンがありますよね。あの日の宴会の雑談をわたしのようなものが聞いてしまってもったいなかったなあと思わずにいられません。また講演会をやってほしいです。海外の農業の開始も聞いてみたいなあ。

いい成果をおおいに期待しますが、が、この情勢の不安定な昨今なので、無事の帰国を祈らずにいられません。

どうぞご無事で。