2026.6.21


父の日のトンカツ


今年の父の日、娘はずいぶん前から準備していた。

英語で書いた「お父さんありがとう」のカード。
色鉛筆で描いた花や小さなイラスト。
お小遣いで選んだお菓子。
本好きのお父さんへのしおり。
「無事に帰る」という意味があるらしい、カエルのストラップ。
そして、お菓子の袋を留めるクリップまで。

予算は700円。

高価なものではないけれど、どれも娘らしい、やさしい贈り物だった。

父の日の晩ごはんは、外食にしようと娘が言った。

「私はどこでも合わせるから、お父さんの食べたいものにしよう」

その気持ちを、私は夫に伝えた。

昔の私なら、ここから調整役が始まっていたと思う。

娘の気持ちを説明して、
傷つかないように先回りして、
夫がうまく受け取れるように、あれこれ整えていたはずだ。

でも今回は違った。

「お父さん、考えといてね」

そう言っただけだった。

夕方になっても、夫はなかなか部屋から出てこなかった。

少し、そわそわした。

でも、私は待った。

もし焼きそばになったら、焼きそばを食べればいい。
娘の提案がどう届くかは、夫と娘の間のこと。

そう思っていた。

そして、午後6時15分。

ようやく夫が動いた。

「父の日の提案ありがとう。お父さんは近くのトンカツ屋さんに行きたいけど、それでいいかな」

娘は、ほっとした顔でうなずいた。

そのお店は、家からほんの数百メートルのところにある。
夫と私が、ふたりだった頃から通っていたお店だった。

娘が小さい頃は、子ども用のうどんや、おまけのおもちゃのほうが主役だった。
熱々のトンカツを一人前食べるような年齢では、まだなかった。

その後、転勤があり、コロナがあり、外食から少し遠ざかった時期もあった。

テイクアウトのお弁当は食べても、

「またお店で食べたいね」

と何度も話していた場所だった。

だから、お座敷に通されて、娘が初めて熱々のトンカツを前にしたとき、
ごまをする木の棒を持ちながら、

「なんか覚えてる〜」

と言ったのが、なんだか嬉しかった。

キャベツも、ごはんも、お味噌汁もおかわり自由。

夫はしっかりおかわりをした。

私はお腹いっぱいになったので、端っこの一切れを夫へ。

遠慮ではない。
単なる適量超過によるサービスである。

娘も、

「この一切れ、無理〜」

と夫へ。

父の日らしい役回りだった。

食べながら、

「懐かしいね」
「目の前にあるのに、やっと来れたね」

そんな話をした。

気がつけば、9年ぶりだった。

帰り際、夫は言った。

「父の日ありがとう。みんなも
毎日頑張ってえらいね」

会計は3人で7000円。
夫がお小遣いから払ってくれた。

外に出ると、夏至なのに寒いくらいの風が吹いていた。
嵐みたいな天気だった。

それでも、何も言わずに家に帰った。

車で2分。
ほんの数百メートル。

特別な旅行ではない。
豪華なイベントでもない。

でも帰り道、ふと思った。

家族の思い出は、ディズニーや旅行だけじゃなかった。

近所の外食。
ショッピングモール。
本屋さん。
そんな何気ない時間も、ちゃんと家族の時間だった。

取り戻したのか。
ずっと続いていたのか。

それは、よく分からない。

ただ、いい父の日だった。

娘がお父さんを思い、
お父さんがそれを受け取り、
私は少し離れたところから見守る。

そんな父の日を過ごせたことが嬉しかった。

それだけで十分だった。