とある音楽番組の収録を終えたある日。その日の業務終了の知らせを受けるや否や、衛藤美彩は急いで着替えを済ませると控え室を後にする。通路に居るであろう人物を探すように辺りを見渡しながら進んでいくと、暫くしてから探していた人物の背中を彼女の目が捉えた。

「お待たせ!」

 相手の背中を両手で軽く叩き自らの存在を知らせた後、その反応を伺うべく彼の顔を覗き込もうとする。しかしながら彼の表情よりも先に美彩の目に飛び込んだのは、彼の背丈によって姿が隠れていた守屋茜の姿だった。
今まで会話を行っていた相手の背中側から顔が現れたことに茜は片手で口元を覆い、美彩は茜の顔を見た後に彼へと視線を動かした。

「衛藤さんお疲れ様でした」

「あっ、守屋茜ちゃん。お疲れ様!」

 少し時間を空けた後に気持ちの落ち着いた茜が挨拶をすると、美彩も穏やかな表情で返答する。その直後美彩は未だ無言の相手へと視線を送っていると、ただならぬ空気を感じて茜は小首を傾げる。
同じく異様な空気を感じ取った男も、確認をするべくポケットからスケジュール帳を手に取る。彼が手帳に目を通している間、口を結びながら一向に目を逸らそうとしない美彩を、茜は彼女と男を交互に見るようにしながら見守る。

「申し訳無いが、何か約束をしただろうか」

 手にしていた手帳には美彩が上機嫌で語りかけてくるようなスケジュールが記載されていないのか、彼はページを捲り翌月の予定まて指でなぞるようにしながら確認を行う。しかしながら彼女が自らの元に訪れるような予定は記載されておらず、彼は手帳を閉じて改めて美彩へと向き直る。無言ながらも2人の間にやり取りがあることを察した茜は、2人から1歩後退して次の言葉を待った。

「信じらんない!お酒一緒に飲む約束したのに!」

 手帳を仕舞う相手の出した結論に納得が行かないのか、美彩は批判するように食って掛かる。そのような彼女の反応も想定の範囲内なのか、男は取り乱すことも無く彼女へと目を向ける。冷静を貫き通している男とは対称的に、美彩は睨みつけるように彼へと視線を送っていた。

「じゃあ、今日時間あればご一緒させて貰っても良いですか?明日、オフだから……」

 少し間を空けて、沈黙を破るように茜が2人に向かって提案を投げ掛ける。殺伐とている空気を認識しながら意見した為か、彼女の言葉は僅かに震えていた。
彼女の言葉を受けた彼は現状を打開する案を思い付いたのか、茜に一度目を向けた後に再び美彩を視野に入れる。そうなることを想定していなかった彼女の表情には、僅かに困惑の色が現れた。

「美彩も構わないか?」

 それを見逃さなかった彼は、確認の意を込めて再度彼女へと問いかける。先輩である相手の前で無茶を承知で言った茜も、平静を装いながらも緊張した面持ちで自らの先輩へと目を向ける。
美彩は彼と茜の顔を交互に見るようにしてから、一息吐いて笑顔で頷いてみせた。

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「茜ちゃん、良い?今からグラビアの仕事なんて沢山くるんだから……この位の身体がウケる訳よ。ほら、触ってみて」

 何故か結果的に押し掛けることになった男の部屋にて、アルコールを摂取し
て酔いが回っている美彩は茜に向かって告げる。部屋の主によって提供をされたワインで勢いづいたのか、美彩は用意された赤ワインを口にすると茜に向けて触ることを促すように自らの身体を相手に向けた。
そのやり取りを聞いていた男は呆れるものの、口を出すことが躊躇われた為か自らのグラスを傾ける。美彩は彼の反応を確かめてから更に身体を茜の側へと向けた。

「あはは……」

 ぐいぐいと詰め寄ってくる相手に返事の代わりに愛想笑いをする茜は、手にしていたグラスをテーブルへと置いて軽く後方に下がる。相手が先輩故に遠慮があるのか、救いを求めるように視線を男へと向けた。
それを見逃さずに受け取った彼は小さく息を吐くと、美彩の身体を茜の身体から引き離す。彼女は僅かに頬を膨らませて不満を露にするが、男はそれを気にも留めていない様子で再びグラスをワインで満たしていた。

「美彩、茜が困っている。私を困らせた後は茜を困らせるのか?」

 喉を潤して一息ついた後に男は美彩へと穏やかに問いかける。それを受けた美彩は頬を膨らませた後に、グラスを一気に傾けて入っていたワインを飲み干した。気を使った彼が注ぎ足そうとするものの、相手が手を伸ばした先のボトルを彼女は先に自らで掴むと目の前のグラスへと注ぐ。
茜は間に入ってくれたことに感謝していたものの彼が先程発した言葉が引っ掛かったのか、茜は若干目を潤ませるようにして男の方へと目を向ける。

「そんな事無いもん!でも、茜ちゃんの身体もけっこうグラビア向きだと思うなぁ……」

「えっ!?」

 むすりとしていた美彩であったが、表情を一変させて艶っぽい視線を茜へと向ける。先程までは自らを触らせようとしていたが、今度は彼女の身体を触ろうと悪戯な笑みを浮かべるようにしながら美彩は両手を相手へと向ける。
再度美彩に詰め寄られたことによって茜はたじろぐが、身体に触れられそうになったことにより更に美彩から距離を取る。どうしようも無くなり再び救いを求める視線を男へと送った。

「あはは、可愛いー。あ、じゃあ……触ってみる?」

 相変わらず警戒を怠ることのない茜へと悪戯っぽい笑みを向けてから、美彩は一呼吸置く。その後、艶やかなやかな笑みを男へと向けるようにしてから、自然な流れで彼の太股の辺りへと手を置いた。
突然詰め寄られたことに、先程までワインを口にしていた彼は思わず噎せる。その流れを呆然と見ていた茜であったが、反射的に太股へと触れていた美彩の手の間に自らの手を滑り込ませる。突然の出来事にきょとんとした様子で美彩は茜に目を向けると、今度は彼女がむすりとした様子で視線を返していた。

「それは……やっぱり、若い人の方が良くないですか?」

 躊躇っていた茜であったが、自らに発破をかけるようにグラスのワインを暫く眺めてから一気にそれを空ける。一息ついた後にほんのりと頬を赤らめる彼女のは猫なで声で彼に向かって問い掛ける。先程まで遠慮していた美彩に対しても、自信ありげな笑みを見せてから顔を男へと向けた。
いきなり彼に詰め寄った茜に驚いていた美彩であったが、彼女の勢いに感心したのかにこりと笑うと男の方へと伸ばしていた手を引っ込める。先程まで困惑していたものが今は釣り師となっている茜の表情を見て、美彩は興味ありげに会話の行方に興味を向けた。

「茜、美彩を止めてくれるのではないのか?」

 途端に積極的になった茜に対しても、平静を崩す事無く男は彼女へと訪ねる。しかしながら彼女は勢いに身を任せてか、満面の笑みを浮かべながら彼の胸板へと自らの頭を預ける。口を挟むことなく一連の流れを見ていた美彩であったが、我慢の限界に達したのか茜の身体を軽くぽんぽんと叩いた。
美彩の手が肌に触れることを感じた茜は彼に頭を預けたまま自らに触った相手を見るが、やがて目を閉じると身体を寄せていた彼に腕を回して引き寄せようとする。

「茜ちゃん?先生困ってるように見えるけど」

 放置されてることが面白く無くなってきたのか、美彩は若干拗ねた様子で再度相手から離れることを促す。その言葉によって我に返った茜は、言葉の真偽を確かめるべく彼の顔を見上げる。寸前まで身体を寄せられていながらも男は顔色を変えておらず、視線を向けていた茜と偶然目が合った。
そんな彼の表情を見て、茜は反射的に彼から離れる。何の変化も無いことを目の当たりにして、彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「嫌いですか?積極的な女の子」

 聞くべきかどうか迷っていたのか、暫く間を空けてから相手へと尋ねる。普段から行っているようにはぐらかそうとするものの、穴が空くように彼女は彼へと視線を向ける。
誤魔化しが効かないと察したのか、男は息を1つ吐いてから茜に向き直る。彼女もまた答えを聞くべく居住まい正して相手からの答えを真剣な表情で待っていた。

「嫌いというよりは……」

「じゃあ、釣られてくれました?」

 彼が全てを言い終える前に気持ちが先走ったのか、目に溜めていた涙を1度拭ってから嬉しそうな笑顔を相手へと向ける。その様子を眺めていた美彩は次に男が答える発言の推測が大方ついているのか、苦笑いを浮かべながら酒を飲み進めていた。
期待の眼差しを向ける茜を制して貰おうと男は視線を向けるが、相変わらず美彩は自らのグラスを傾けていた。自身で彼女に説明をしなければいけないと察した彼は再び溜め息を吐き、目を輝かせている茜へと目を向けた。

「申し訳ないが」

 期待をしていた彼女に向かって、男は抑揚の無い声で淡々と正直な想いを告げる。一旦は首をかしげて考え込む茜であったが、やがて彼からの言葉を理解し始めたのが再び嗚咽が込み上げる。
想定をしていた流れになった事を感じ取り、美彩は手にしていたグラスをテーブルに置いて茜の側に寄る。 その後今にも泣き出しそうになっている彼女を慰めるように背中を優しく撫でた。

「ほらぁ、無理なんだって釣るのは」

 頑なに態度を崩すことが無い男に苦笑しながらも、美彩は苦笑いをしながら言うと彼の顔を眺めながら考え込む。男は視線を避けるようにしていたが、茜はその後の発言が気になったのか、まじまじと美彩へと視線を向けていた。
全く2人のやり取りを気にもしていない男に対して若干の不満を抱き始めたのか、美彩はひとつ息を吐くと強い視線を男へと向けていた。

「茜ちゃん」

「はい」

 目をそらさないまま、美彩は茜へと声を掛ける。
先程まで貯まっていた涙を拭いながらも茜は返事をする。彼女の顔を見た美彩は自らの指を相手の目に当てると、安心させるようににこりと笑いながら指を沿わせた。相手から何を言われるのかも分からずに、茜の表情には困惑の色が浮かぶ。

「一緒になら釣れるんじゃないかな?」

 提案をする美彩は悪戯な笑みを茜へと見せた後に視線を彼へと移す。その提案に一瞬驚くものの、茜もやがて彼の反応を見るべく相手を視野に捉えた。
2人からの視線に耐えきれなくなったのか、男は茜と美彩を直視する事を避けて耳だけで情報を得ようとする。しかしながら彼女らがその後無言になった事もあり彼は仕方無く2人の方向を見る。

「美彩、茜は今……」

「ありかもですね」

 唐突な美彩からの発言を、先程までの茜の心境を察して男は否定しようとする。しかしながらその心遣いに反して、茜はどこか真剣な表情で考える姿勢を見せていた。
普段から接していた彼女からは考えられない切り替えの早さに彼は驚く。その直後、今から自らが窮地に立たされる事を察し、彼は今の空気を変えようと咳払いをして2人に向き直った。

「切り替えが早く出来るのは良いことではあるがだな……」

「お隣失礼致しまーす」

 憶測がついた事態を避けようと男は2人対して説得を試みるが、彼の言葉が届くよりも先に茜は男の座っていたソファーの隣へと自らのグラスを持って移動する。彼は表情にて抗議の意を表するが、思い立った彼女は男の意思を一蹴し、艶めいた声で相手に告げる。
自らの助言により更に手強くなった彼女を見ながらどこか満足そうに頷いた美彩は、今度は自らへと注意を向けようと彼のグラスにワインを注ぎ足す。彼女の推測通り男がグラスに目を向けると、追って自らのグラスも満たしてから立ち上がる。

「じゃあ、美彩はこっち 来まーす」

 彼の意識が自らに向いたのを感じ取り、美彩もまた猫撫で声を出しながら彼を挟む形でソファーへと腰を下ろす。抗議の言葉を受けるよりも先に、彼女は身体を男へとより密着させる。彼は逃げようとするものの、反対側に茜が居ることによりソファーから抜け出すことが出来ず、彼女の顔を直視しないという抵抗に出る。
思惑通りに事が進み美彩は満面の笑みを浮かべると、視線を合わせようとしない彼の頬を両手で包み込み、半ば強引に視線を交えた。

「素直に喜んでも良いんで・す・よ?」

「触るんじゃない」

 妖艶な雰囲気を作り彼へと告げるが、相変わらず男は素っ気ない対応を返し、自らを固定している両手を払わせる。左右どちらに視線を向けることが出来ない為、彼は正面に顔を向けたまま満たされているグラスを一気に空けた。
直ぐ様それを見て2人は注ぎたそうと手を伸ばすが、美彩はにこりと笑うようにしてからその役目を茜へと託す。口にすることを躊躇する彼であったが一瞬目だけで茜を見ると、会釈をしてグラスに口をつける。

「もう、お酒に逃げちゃって!可愛いなぁ」

 突然美彩が腰に手を回し、不意を打たれた男は思わず噎せる。その様子すら好感が持てるのか彼女は頬を緩ませる。
反射的に対抗心を抱く茜だったが、常に先を行く相手に困ったように小さく笑うと、自らの頭を相手へと預けるのだった。