朝10時から夜10時まで休みなしの施術という日が4日も5日も続くと、いかに元気な私であっても疲れます。


年末の疲れが溜まって背部痛が酷くなり、年明け後1週間寝込んでしまいました。

 

健康に携わる人間は健康でなければならない。

 

そこで、以前から気になっていた水素の勉強をして、”Dr's富士水素Premium”を購入しました。

 

まずは自分で試してみます。

 

 

今でこそ、健康を絵に描いたような生活を送っている私ですが、かつては真逆のときもありました。

 

高校1年生の時にギックリ腰を初めて経験し、以来20数回繰り返しました。これが今の仕事をするきっかけになっています。

 

35歳の時、腰痛のため椅子に腰掛けることすらできなくなりました。1ヶ月間完全に寝たきりです。

 

ようやく人(後の最初の妻)の手を借りて病院へ。ついた診断名が座骨神経痛と痛風の一歩手前。

 

左足首が痛くて回せませんでしたので、完全な痛風だと思います。左下半身は全くダメという状態でした。

 

その頃の私は、司法試験予備校に勤めながら受験していました。

 

仕事の内容は教材編集で、イライラが募り、1日にタバコを40本吸って、ほぼ毎日酒を飲んで帰宅していました。

 

一番ひどい時はこんなことがありました。

 

朝起きると、襖の上に布団を敷いて寝ているのです。台所に行くと、買ったばかりの黄色の麻のジャケットが血だらけ。全く記憶がない。数日前には、歯ブラシを手に持ったまま台所で寝ていました。

 

一緒だった人の話によると、どうやら、深夜2時くらいまで深酒をし潰れてしまったようです。しかも、大久保の仏壇屋の前で、しばらく寝ていたのですね。おもむろに起きてタクシーを拾って帰ったそうです。

 

こんな経験をした私でも、生活を改めようとは思いませんでした。不摂生は続きました。

 

間もなく私の面倒を見てくれていた女性と結婚し、命を授かることができました。

 

しかし、あと2ヶ月というところで死んでしまいました。女の子でした。それまでに流したことがない涙が止めどなく出ました。

 

ちゃんと生まれていたら、今は25歳です。

 

王子に正受院というお寺があります。通称「赤ちゃん寺」。そこに埋葬してもらいました。

 

そんなこともあったので、最初の妻との生活を大切にしなければならないと思ったのですが、別の原因で離婚しました。

 

離婚するまでは、よく2人でお参りに行っていましたが、しばらく足が遠のきました。

 

今の妻と出会い、ある年、妙にお参りに行きたくなり、事の顛末を話したら、一緒に行ってくれると。

 

そこで、妻と一緒に手を合わせながら、「もう一度この女性との間に生まれ変わって来て欲しい」と心の中で願いました。

 

でも、今の妻から、「骨盤を骨折したことがあり、もしかしたら妊娠は難しい」という話を聞かされていて、実際、なかなか妊娠することはできませんでした。

 

7年前の大晦日に山形の父が亡くなり、年が明けて帰京した際、私は妻に「父の死によって新しい命を授かるかもしれない」と言いました。

 

その年の2月上旬に妊娠したことが分かりました。

 

数ヶ月してお腹の中の子が女の子とだとわかった時、「また同じことが起きたらどうしようか」と不安な気持ちになりましたが、何とか無事に産まれてくれました。

 

私は、目の前にいる子は、前の子や父のおかげ、生まれ変わりだと思いました。また「この子のために自分は死ねない」とも強く思いました。

 

これが6年前、整体を始めて5年経過した年のことでした。

 

私は健康のプロとして、私の施術を受けに来ていた人にいろいろアドバイスをする立場にありますが、自ら実践しないと説得力がありません。

 

なので、自分の健康を害するようなことは一切排除して自己管理を徹底していましたが、娘の誕生を契機に、娘と一緒に楽しく過ごせる時間をより長くするために、「自らの寿命を縮めるようなことは絶対にしない」という決心をして実行しています。

 

首が痛い40代独身女性の輝ける未来をサポートする東京西新宿の榊原豊です。

 

今日のテーマは、「癌にならない生き方」です。

 

 

この人をご存知ですか?

 

平尾誠二さんです。"ミスターラグビー"とまで言われました。神戸製鋼の黄金時代を築き、7年連続日本一に輝きました。

 

残念がら、2016年10月20日に癌で亡くなりました。まだ53歳です。この写真は癌がだいぶ進行したときのものですね。かなり痩せ細っていて、元気だった頃とは別人のようです。

 

平尾誠二さん以外にも、ちょっと調べただけで、たくさんの著名人が癌で亡くなっているのがわかります。例えば、川島なお美さん、今いくよさん、愛川欽也さん、今井雅之さん、斉藤仁さん、ジョニー大倉さん、蟹江敬三さん、筑紫哲也さん、深浦加奈子さん、坂東三津五郎さん、菅原文太さん、渡辺淳一さん、蟹江敬三さん、やしきたかじんさん、すまけいさん、島倉千代子さんなど。

 

今、癌にかかっていて有名なのは小林麻央さんですね。

 

この人たちがどんな生活をして癌になったのかは知る由もありませんが、私が実際に関わった癌で亡くなった人についてはある程度のことがわかります。一般的な話ではなくて、具体的で体験に基づく話です。

 

癌に限りませんが、できれば病気にはかかりたくないと誰もが思っているはずです。あなたもそうですよね?

 

そこで、今回は、「癌にならない生き方」と題してお届けしたいと思います。どうぞ最後までお付き合いくださいね。

 

 

ある経営の塾に参加したことをきっかけとしてアメリカ在住の日本人女性と知り合い、帰国した際は私のマンションのゲストルームに泊まってもらったり、その後facebookでメッセージのやり取りをしたりするようになりました。

 

彼女は、当時、クレープ屋を経営していました。お姉さんが日本で医者をしているということもあり、健康に強い関心を持っていて、メタトロンの話をしたら「自分もやってみたい」と言ってくれました。彼女を起点にしてアメリカでメタトロンが広まったらどんなに素晴らしいことだろうと思いました。

 

あるとき彼女から質問を受けました。「自分の知り合いに卵巣癌の女性がいるのだが、メタトロンは効果があるか」と。私は「やってみなければわからないが、免疫力を上げることは可能だ」と答えました。

 

卵巣癌の女性は47歳。東京で生まれ、フィンランド、アメリカ、カナダに留学。カナダの大学を卒業し、金融機関にプログラマーとして就職。最終キャリアはマイクロソフト。

 

卵巣癌が進行し、家族のいる日本に帰ることを決意。車椅子に乗って大変な思いをして帰って来た。姉夫婦の家に世話になる。

 

私は彼女(以下Yさんと呼びます)と連絡を取りメタトロンのデータなどを送り、メタトロンを受けてくれることに。

 

メタトロンにしても他の施術にしても、受けてもらう環境が非常に重要。私のサロンは28階建てマンションの27階。晴れていれば富士山が見える27畳の空間でたった1人のために施術をする。

 

できればYさんにもサロンまで来て欲しいと思ったが、体の痛みと体力の消耗が酷くここまで来ることはできないとのこと。

 

そこで、私が出張することに。新宿から特急に乗り下車駅からタクシー。私の家からYさんの家まで所要時間は45分。初めて行ったのが2015年10月12日の午後。

 

Yさんは、そのときすでに末期だったのだろう、見た目は70歳を過ぎた女性のよう。筋肉はほとんど落ち、肌には生気がなく、顔も体も骨と皮ばかりという状態。腹水が溜まり、お腹だけが出ている。彼女はそこに癌細胞が散らばっていると言っていた。

 

私は、整体を始めた2006年にも46歳の胃癌の男性のために入院している病院に出張施術をした経験がある。その彼も、胃を80%摘出していたため痩せ細っていた。その年の11月から週に2回のペースで通い、改善傾向を見せ始めたが、残念ながら12月8日に大部屋で蔓延していた腸炎に罹患し死去。

 

そのときはメタトロンがなかった。でも今回はメタトロンがある。もしかしたら奇跡が起こるかもしれない。それを信じて通おう。

 

Yさんは、カナダで同棲していたが、その相手との生活が相当のストレスになったとのこと。相手に合わせてしまうと。癌になる前から、健康に関する勉強はよくしていて、頑張りすぎる、責任感が強すぎるという自分の性格が癌になった一要因だと理解している。私が見ても、自分にも他人にも、相当厳しい。母親や姉に対しても、そうだった。

 

ボクシングに例えて次のように話してた。普通ならとっくにノックアウトされているのに、どんなにボコボコにされても立ち続ける。自分はそんな女性だと。

 

きっとそういう考え方、生き方が癌を誘引してしまったのではないかと考えています。頑張るのも、責任が強いのもある程度はいいかもしれませんが、何事にも限度というものがあります。バランスを失って偏った生き方をしてしまうと免疫力が下がり、癌などの病気になってしまうということです。

 

1ヶ月間ほど週に2回のペースでメタトロンを受けてもらい、白血球の数が増えて正常値になり、炎症値が下がるなど、血液の状態が良くなりました。それだけでなく、腹水も溜まりにくくなりました。

 

免疫療法、マイクロ波療法など、メタトロン以外にもいろいろやっているので、どれがどの効果に結びついているかの特定はできませんが、とにかく良くなっているのは事実なので、しばらくの間、同じペースで通い続けることにしました。

 

私自身が良くなる具体的なイメージを持ちたかったので、Yさんに、「元気だった頃の写真を見せて欲しい」と頼んだことがあります。そのときこそ、ガリガリのお婆ちゃんみたいになっていますが、本当は綺麗で素敵な女性でした。元気だった30代のときに結婚式の司会を務め、そのときの赤いドレスが好評で、「女優さんみたいねと言われた」と、誇らしげに語ってくれました。私は、その頃の姿に戻ることを祈りました。

 

カナダに長く住んでいて、カナダの大自然が好きだったのですね。その写真もたくさん見せてくれました。スポーツが好きで、スキーやクロスカントリーなどをよくやっていました。その写真もたくさんありました。Yさんに、「元気になったら、一緒にカナダに行ってくれますか?」と言われ、「もちろん、喜んで」と答えました。それが現実になるように、全力を尽くそうと思いました。

 

 

しかし、11月下旬から体調が思わしくなくなり、キャンセルが相次ぐようになりました。メタトロンを受ける体力すらなくなってきていたのです。

 

12月に入って初めて行ったのが24日、クリスマスイブの日でした。終末期医療のためにクリニックに緊急入院しており、何も治療を受けていないので、メタトロンを受けたいということでした。

 

そのときのYさんは、さらにやせ細り、寝返りも打てない状態。別れ際に「また連絡します」と言われたが、それっきりだった。遅かったのかもしれない。メタトロンではあまり効果は感じてもらえなかった。それよりも、マッサージを喜んでくれていた。よっぽど体が辛かったのだろう。でも、決して弱音を吐かなかった。

 

助かって欲しかった。病気になってはいけない。

 

2016年の1月6日に亡くなったとの知らせを受け取りました。

 

生きていればこそ。健康が一番大事です。あなたも、バランスのとれた生き方をして、癌にならないようにしてください。癌になってからで遅いということもあるのです。治療より予防が大事です。

 

最後までお付き合いいただきまして、どうもありがとうございました。あなたの健康と幸福を心から願っています。

 

というわけで今日は、「癌にならない生き方」というお題でお届けしました。