『よかったぁ…』
アナは、ホッとしたように笑いました。
「アナ…?」
『だって…
ここまでして、【愛してないわ】なんて言われたら、どうしようかと思っちゃった!』
そういたずらっぽく笑うアナの指先に、エルサは目を止め、眉を寄せました。
「アナ、その手…」
アナの細い指先に、小さな包帯がいくつも巻いてあったのです。
『あッ、大丈夫!
…ちょっと失敗しちゃって』
アナは恥ずかしそうに、舌をペロリと出し、小さな包帯だらけの両手を後ろに隠しました。
『あッ!!
でも、ドレスはバッチリよ?』
そして、慌ててそう付け足します。
「もしかして…
このドレス、一人でお直ししたの…?」
アナが、お裁縫が得意な方ではないことを知っているエルサは、心底驚いた様でした。
しかし、アナは首を横に振り、ばつが悪そうに笑います。
『あ~…、最初は一人でするつもりだったのよ?
でも、やっぱり難しくって…
ほらッ!
私って、あんまり手先が器用じゃないでしょ?
だから…ね?』
「手伝ってもらったって…
…いったい誰に?」
アナが、エルサの質問に答えようとした時、扉をノックする音が聞こえてきました。
《…失礼いたします。》
そう言って、部屋に入ってきたのは、使用人のゲルダでした。
《アナ王女様、もうお着きになられたそうです。》
『そう、分かったわ。
じゃあ…向こうはカイに任せて、ゲルダはこっちをお願い。』
アナの言葉に、ゲルダは頭を下げ、答えます。
《そうおっしゃられるだろうと思いまして、カイには準備に取りかかるように、伝えてあります。》
そう言って、ゲルダはいたずらっ子のように、フフフと笑いました。
『フフッ、さすがゲルダね?』
「…どういうこと?
アナ…、貴女いったい何をするつもりなの?」
二人が何のことを言っているのか、さっぱり分からないエルサは、訝しげに眉をしかめます。
しかし、アナはその質問には答えず、エルサの手を掴みました。
『さあ、時間がないわ!
花嫁の支度を急がなくっちゃッ!!』
《いったいどういうことなんだ!?》
ハンスは、今自分が置かれている状況に戸惑っていました。
先刻、アイリーンとロジャーに、半ば無理矢理お城へと連れて来られたハンスは、見つからないようにと、城の裏手にある秘密の抜け道から城に入りました。
(秘密の抜け道のはずなのに、王族以外が使っていいのか…?)
(いや、でも自分も使ってたしな…)
(もう違うところに作った方がいいんじゃ…)
などと、一人ブツブツ考え込むハンスをよそに、アイリーンとロジャーは、ずんずん城の裏手にある森を進んで行ったのです。
《お待ちしておりました。》
アイリーンたちに丁寧にお辞儀をした使用人は、カイと名乗りました。
カイに案内され、城の中へと入ったハンスは、アイリーンに、小さく耳打ちします。
《まさか、式に参列する気ですか?
僕は、遠くから見るだけで…》
──バチンッ
《いッ!!》
《イタタタッ…》
弾けるような音が響いたかと思うと、ハンスは背中を、アイリーンは手を押さえ、しゃがみこみました。
《ハァ…何度同じことをやれば?》
呆れ顔のロジャーは、ため息をつきながら、二人を起こします。
《イタタ…
ッたく! 何言ってるんだい!!》
アイリーンは、包帯がいくつも巻かれた右手を振りながら、ハンスを睨みました。
《あんたが来なきゃ、始まんないだろ!?》
《え…?》
ハンスは、いったいどういうことかと聞き返します。
しかし、アイリーンはそれには答えず、ニヤリと不敵に笑いました。
《さあ、時間がないよ!
花婿の支度を急がなくちゃね?》