こちらの続きです。
精神科病院に入院をお願いしたのは年明け早々、入院できたのは2月中旬だったので、案内の連絡までに1ヶ月ちょっとかかりました。
母が倒れる前に、父が怪我をする前に、
なんとか間に合って良かったと本当に思います。
同時進行していた施設入所の予定日より早く入院できたので、ギリギリのタイミングでした。
入院当日。
歩いて車に乗るのも困難だったので、介護タクシーをお願いして車椅子で移動することにしました。
子供達を学校に送り出してすぐ実家へ。
実家の駐車場には介護タクシーが入るので、私の車は近くの駐車場に置いていきました。
ケアマネさんも朝から来てくださって、
出発のお手伝いをしてくれました。
本当にありがたかったです。
入院の病院は実家より私の家に近く、
働いているお店から徒歩15分で行けるような距離なので何かと安心。
介護タクシーの運転手さんから病院看護師さんにバトンタッチされ、車椅子を乗り換え、診察を待ちました。
初対面の先生は穏やかで淡々とした印象の女医さんでした。
父は意思疎通も難しく、終始ぐったりしていたので診察もそこそこに即入院となりました。
朝食はパンと豆乳を家では食べられたし、少し歩き回ったりもしていたのですが、もう限界だったんだと思います。
医療保護入院で、娘の私が入院をお願いするという形にしました。
先生からかかってくる電話など、私の方が冷静に対応できるし、万が一の時の決断や先生との相談も、私がした方が良いと思い、母も承諾しました。
先生は、薬の影響で身体が動かなくなってしまっていると思うので、一旦薬を抜きますと言ってくださいました。
とても家では対応できなかったので、入院できて本当に良かったと思います。
母は常に気を張ってまともに眠れていなかったので、
数ヶ月ぶりに熟睡できているかな…と思います。
ひとまず一旦落ち着きました!
母も私もよく頑張った。
夫や子どもたちにも本当に感謝です。
夫は私が夜実家から帰れない時、仕事から帰ってきてお弁当を買いに行ってくれたり、
実家の電動ベッドを2階から1階に運ぶのを息子と一緒に手伝ってくれたり、
色々と協力してくれました。
デイサービスの皆さんやケアマネさん。
親身になって何度も相談に乗ってくれたかかりつけの先生。
訪問看護の皆さん、在宅医の皆さん。
申し込み途中で入院に変更してしまいましたが、急な入所について丁寧に対応してくださった施設の方。
見学に行った際に色々なことを教えてくださった施設の方々。
たくさんの方に支えていただきました。
介護の世界を全く知らなかったので、
本当に学ぶことが多い1年でした。
父の事が終わったわけではないですし、
荒れ果てた実家の整理を手伝ったり、
ホッとしたけど寂しくもなっている母をフォローしたり、
次々やることはありますが、
この壮絶さは人生経験として今後も役立つかなと思います。
引き続き頑張ります!
入院後母に深々と頭を下げられました。
本当にありがとうって。
入院前日の夜も、生まれてきてくれてありがとうって言われたんだけどね
兄とは年が離れていて、もう子供はできないと思ってベビーカーなど全部捨てた後に私ができたんだって。
兄はだいぶ前に病気で他界していているため、今は私だけです。
本当にありがとうと何度も言われました。
母が家で頑張ってる分、施設探しや外部とのやりとりはなるべく私がやろうと決めていたから。
一度だけ、高い施設は無理と言う母に、
遠くの特養に問い合わせて空いていることを話した時、
遠くはやめようと言われて、
「近くの安いところなんて空いてないよ!いい加減して」
と言って泣かせてしまったことがありました。
正確には遠くの特養も近くの安めの有料もそこまで値段差がなくて、だったら近くがいいよねって話をしていました。
なのに遠くはやめようしか言わなかったので、母も余裕がなくて感情的になりすぎで、耳を傾けられなかったんだと思います。
その時以外では、父にも母にも声を荒げることなく、終始明るく接していたんですけどね。
あまりに現実見てなくて、言ってしまいました。
その後近くの高い有料でいいとなって話が進んだので、強めに言った効果があったかな?
高い施設に半年くらいお世話になって、安い方を順番待ちして移ろうと考えていましたし、施設の方にもそう伝えていました。
結果的に入院になったので、安心して安い方の有料か特養を待てそうです。
(入院期限のない病院です)
週1面会ができるそうなので、それは欠かさずいきたいと思っています。
と、ここまで今年2月に父が入院してすぐ記録してたのですが、
この後色々と急転してしまい、今まで気持ちの整理がつかずに書けませんでした。
この後の続きは次回へ持ち越したいと思います。
苦労されている皆さんのヒントになれば…と思っています。
