mutual love自分とも人とも両想いになることmutual respectおたがいに尊敬し合うこと自分の心をほどいて、あなた自身が光り輝くことで、大切な人とも愛ある豊かな縁を結んでいけます。その架け橋になるヒントをお伝えしていきます。
先日のこちらの記事の続きです『1人がふたつになる』日本でいうツインレイや海外でいうツインフレームといった魂の片割れの関係においては【2人の統合】をひとつの通過点にしながら関係を築いていく過程があると言われます…ameblo.jpこちらの記事でも触れましたが実際、わたしの身に起きた現象としてお相手が遠い国に暮らしているにも関わらずリアルに、わたしが彼の部屋にいて彼自身になった感覚が湧きまるで入れ替わっている?と感じるような現象を体験しました。折しも、これを書いている今日はちょうど双子座の満月。しかも、今回の満月のサビアンシンボルは双子座14度『テレパシーでの会話』だそうです。非言語コミュニケーションを表すサビアンシンボルです。夜中3時ころに目が覚めて、西の空を撮りました。ツインとの間ではテレパシーが起こることも確かにありますがこの時、体験した出来事はテレパシーの範疇を越えて言うなれば、幽体離脱にも近いもの。それが起きたのは出逢ってからまだ1ヶ月も経っていませんでしたが彼と濃厚なやり取りを重ねる中でお互いの存在が、お互いの意識の中にすでに深く入り込んでいた頃でした。前向きで幸せなやり取りが、しばらく続いた後再度、お互いの間にぶつかり合う流れが起きてしまったその翌朝のことでした。明け方、ふと目が覚めて静かな絶望感に包まれる中で再び眠りにつこうと、目を閉じました。すると突然わたしの意識の中で彼のビジョンが観えたのです。その瞬間、脳裏に浮かんだのは彼が自分のベッドの上でスマホを眺めているビジョンでした。彼の部屋には1度も訪れたこともなくどんな家に住んでいるかまったく知らないにも関わらずその時のわたしは、なぜか彼の部屋の風景が観えていました。それはまるで魂だけがワープしたかのようで。最初は、スマホを操作する彼の姿を俯瞰して眺めていたのですが「何を見ているのだろう?」と思った瞬間突然、彼の意識の中へと入り込んだ感覚になりスマホをスクロールしている感覚Instagramの画面の映像その時の、彼の思考や感情までもリアルに味わったのですまた、彼がイライラしていて物を投げる仕草や彼の辛い心情を同時に体験しその瞬間、わたしはまさに、彼そのものでした・・・すると、突然『ばか!』という声が鳴り響き『あなたは、ばかだ』と彼のテレパシーが伝わってきました(思いがぶつかり合った翌朝だったからこの言葉だったのでしょう・・・)思わず怖くなり、目を開けると明らかに、自分の暗い部屋の中でベッドに入っている自分がいるのですがやはりまた、目を閉じるたびにわたしの意識は、海も次元も飛び越えて彼の部屋の中にワープしている感覚に引き戻されました。その後も、入れ替わりの感覚は続き突然ピコンピコンと今までまったく聞いたこともないスマホの着信音まで耳元で鳴り響くではありませんかこんな体験は、もちろん生まれて初めてで思わず怖くなったわたしはこの状況からなんとか抜け出そうと布団の中に潜り込み身体を小さく縮めて震えていました。すると今度は誰かが背中をトントントンと優しくたたくリアルな感覚がありそれはもう、驚くばかり・・・部屋で寝ていたのはもちろん、わたしだけでしたがまるで彼が隣にいるような感覚になりました。わたしは、震える身体を解いて潜っていた布団から少しだけ顔を出し背中をたたかれた方向へと身体を向けました。すると・・・ちょうどカーテンの隙間から優しい朝日が、差し込んで来たのですその瞬間とめどなく涙が溢れてきました。不思議な体験はそこで一旦、終わりました。この先、わたしたちがどうなるかは神様にしかわからない。それでも–––「この光と共に、わたしも歩いていく」そんな言葉が湧いてきました。それは、絶望感の中で見つけたひとすじの光天と地が溶け合い太陽の光がすべてを包み込みその中に、身も心も委ねてただ、この出会いと繋がりに感謝する–––そのような心境でした。普段は、幻聴や幻覚が起きることなどまったくありませんが彼との間でだけこのような現象が起きるから本当に不思議な関係性だと感じます。「入れ替わり」というと『君の名は』が思い浮かぶ方もいらっしゃると思います。以前、新海誠監督のインタビューで「なぜあのような物語ができたのか?」そのような質問に対して「自分にも、このような出逢いが起きたから」と答えていらっしゃるのを拝見しました。実際、新海誠監督がどんな出逢いを体験されたのかは想像するしかできませんがこの世の法則では決して証明できないような不思議な繋がりが存在するのは事実だと思っています。わたしが体験したことを信じるか、信じないかは自由ですしツインだから必ずこういうことが起きるわけでもなくあくまで、わたしたちの場合には国籍も違い、海外で暮らす同士で実際には会えない関係性だからこそこういう体験をさせられたのかもしれません。それぞれのツインが体験することは千差万別だと思います。これからも、引き続きわたしたちに起きたことを少しずつですが綴っていきたいと思います。お読みいただきましてありがとうございましたmerry∞butterfly
日本でいうツインレイや海外でいうツインフレームといった魂の片割れの関係においては【2人の統合】をひとつの通過点にしながら関係を築いていく過程があると言われます。わたし自身もいろんな情報に触れる中で、漠然と統合とは【2人がひとつに結ばれること】のように、当初は捉えていました。それはもちろん、間違っていないのですがこれまで、自分自身に起きている事象やエネルギーの状態を観察・検証する中でわたしにとっての【統合】の認識が、少し変わってきました。むしろ、今までとは逆説的な考え方かもしれません。それはツインレイやツインフレームは【2人がひとつになること】を目指す関係というよりも【1人がふたつになること】このことを選んできた魂なのだ、と思い出しその原点に立ち還る関係だということです。生まれてくる前わたしたちはひとつの愛そのものだったこの魂の繋がりはもともと1人の魂が独立した2つの心と身体の中で2つの人生を同時に体験するための繋がりなのかもしれません。それは1つの魂の、分け御霊のようでもあり1つの魂の、右手と左手のようなもの。その1つの魂が2つに分かれて生まれてきた理由は相互の視点や価値観、人生経験相互のエネルギーや相互のDNAを掛け合わせることでより大きな共同創造を産み出せるから。わたしは、このように解釈しました。誰かが言っていた言葉でこの世界を創造するための最小単位は1人ではなく2人と聞いたことがあります。あのAppleだって、あのMicrosoftだってスティーブ・ジョブズやビル・ゲイツの横にはそれを支えている相方がいました。なににおいてもビジョンを成し遂げるためには2人から始めよこれが創造の鍵なのかもしれません。心と身体から観たら、2人でありながら魂の視点から観たら、そもそも1人であるのが魂の双子という存在であり2人の存在が向き合うというよりもわたしたちは同じ魂の存在というシンクロニシティ(共時性)にむしろフォーカスすることでお互いの成長も関係性も進んでいくしその意識に降り立つことで外側の統合へ進むための過程としての【内なる統合】がより進んでいくように感じます。・・・というのもそう捉えるほうがわたしの中で、いろんな辻褄が合うのです。なぜなら、理由は3つあります。ひとつめの理由としてこれまでの恋愛や結婚では考えられないようなあまりにも深すぎる関わりの中で絶対に他人には見せたくなかった自分でも直視したくないような己の中に隠していた弱さや傷や痛みを嫌というほどに炙り出されてしまうから。そして、前世の記憶やカルマのような魂のレベルでの浄化と解放が起きるのも2人が別々の魂だからではなくひとつの魂の自浄作用みたいなもののようにわたしには感じました。そして、ふたつめの理由として現れた相手の人間性・精神性に触れる中でこんな人に出逢いたかったこんな風に愛し愛されたかったとひそかに願い続けてきた魂の望み通りの人間性・精神性をお相手が持ち合わせていることに気づいたからです。出逢ったのちにお互いの想いを確かめ合う段階でまるで心も魂も見透かされている?と思ってしまうような展開や自分がもしも男性だったらこんな風な人間でありたいなと感じてしまうほどにリアルな自分の分身としての感覚があること。これも、同じ魂ゆえの感覚なのかもしれないと感じています。さらに、もうひとつの理由が濃く深い繋がりが続いていた時もこのサイレント中も、しょっちゅうお相手の意識やエネルギーがわたしの中に流れ込んでくるから。自分のハイヤーセルフの声なのか?彼の意識から来るテレパシーなのか?まるで、1つの魂の中で同時に2つの意識を感じているような訳のわからない現象が起きていますもともと霊能力があるわけでもなくリアルとスピリチュアルのどちらもバランスよく取り入れながらただただ直感のままに生きているだけの人間がなぜこんなにも彼の意識だけをアンテナで受信するのか?なぜこんなにもゾロ目やバースデーナンバーをこれでもかと目撃してしまうのか?なぜこんなにも魂の一致感ゆえの涙が毎日のようにあふれてしまうのか?なぜ、離れているし連絡も取り合わないのにずっと一緒にいるという感覚が決して消えないのか?本当に、1つの同じ魂の中に2人が存在しているようにしか思えないのです。そして、極めつけは実際、わたしの身に起きた現象としてお相手が遠い国に暮らしているにも関わらずリアルに、わたしが彼の部屋にいて彼自身になった感覚が湧きまるで入れ替わっている?と感じるような現象を体験してしまいましたそのことについては、長くなるので次の記事で触れてみたいと思います。ここまでお読みいただきありがとうございましたmerry∞butterfly
子どもの頃に抱いた夢を大人になってそのまま叶えられる人はなんと幸せなのだろう–––でも、本当のところは夢を叶えるのに、遅すぎることはない。It's never too lateto makeyour dreams come true.これは、私が好きな言葉のひとつ夢は、子どもだけの特権ではない。大人になってからだって夢を自由に描いてもいいし、叶えていい。わたしも今ではそう確信する1人ですが実際のところ「夢を持つこと」を自分に許可できたのはようやく30代の半ばのことでした。 それまで、20年近くずっと自分の本心や本音を隠すように本来の自分を殺して生きてきて心の中にはいつしか被害者意識が膨らんでいきました。そのことを自覚した時から、少しずつ自分を癒し手放していく途中では自分自身だけでなく両親や他者との関係性にも何度も何度も向き合う必要がありました。惜しみなく愛情を注いで大切に育ててくれた親を決して傷つけたり裏切ったりしまいと親の期待にどうにか応えたかったたとえ自分の夢を諦めてでも親に愛されたかったそれを自分に課してきた事実を受け止めたくさんの受容と手放しを経た今ではもはや、わたしの世界には被害者も加害者もどちらも存在していません。それは、ツインとの旅路でも同様です。見捨てた・見捨てられた傷つけた・傷つけられたというシーソーのような関係性や選ばれるかどうか愛されているかどうかという相手目線の判断基準などそうやって選択を相手に委ねてしまうことで知らず知らずのうちに、わたしたちは自分で自分を傷つけてしまいます。誰かに「許可」をもらうのを待つ人生から自分で「許可」するのを選ぶ人生になると「反応」に振り回されるのではなく「選択」を基準に生きられるようになり闇の中に光を見出し自分らしさも他者らしさも受け入れてそうやって、見える世界線が光の方向へ変わっていきます。どう生きたい?どんな夢を叶えたい?どんな愛を選びたい?本来はそのことに誰からの承認も、誰からの許可も必要ありません。わたしは台湾人のツインとのやり取りをきっかけにして子どもの頃から描いてきたひとつの夢を思い出しました。その夢とは、ずっと心に秘めてきた「海外で生きてみたい」という夢。そして、その時からわたしの切なる夢をわたし自身が叶えてあげるんだという選択と決断が自分の胸の中に生まれました。ここからは少し余談ですがわたしは、小学生の頃から「海外への憧れ」が人一倍強い女の子でした。小学生の頃は、洋画の中のスターに憧れ中・高の時は、洋楽のアーティストを追いかけ好きだったTV番組はドラマやバラエティーよりも金曜ロードショーアカデミー賞授賞式F-1グランプリ中継ビルボードTOP100という、今思うと、なかなかの海外オタクぶりちなみに生まれてから20歳くらいまでは恋愛感情というものを自分から感じたことがなくて『恋愛=映画や漫画の世界で楽しむもの』と、リアルな恋愛に対してあまり興味がないちょっと変わった女の子でした。それなのに結婚願望だけは、なぜか人一倍強くて「自分の半分のような人が世界のどこかにいる」ということは、なぜか10代の頃から強く信じていました。話を戻すと、中学生の頃は海外に飛び出してみたい!という思いがあり「将来は、海外で働いて貢献したい」「世界中の人と友達になりたい 」と、心底願っていたので進学する高校を選ぶ時になり将来の夢を親に打ち明けました。ところが、両親からの猛反対に合うことに当時のわたしは理解してもらえないことに深く傷つき親の期待に応えることが最善だと思い込み結局、海外へ行く夢は、色褪せていきました。(今では、あの時にわたしの幸せを思って反対してくれた両親に心から感謝しています)たとえ海外へ行く夢は諦めても高校時代には地理の授業がどの教科よりも一番好きで先生の話がとても面白くて広い世界に触れる度に胸の奥底からワクワクしていました。さて、話は、過去から現在へと飛びますがツインとのやり取りの中で彼の方からこんな言葉がありました。学生の時に一番好きだった授業は、地理だった。その場所の美しい風景、文化について先生が話すのを聞くのが楽しかった。まるでわたし自身が経験したのと同じことを彼自身が語った事実に驚きと嬉しさを感じました。どうやら彼は、これまでにいろんな国を旅した経験があるらしく『世界一周』という共通の夢を語り合っているうちにわたしの中で「日本を飛び出して、海外で生きてみたい」「7つの海をまたいで、冒険してみたい」その未来のビジョンがとてもリアルに感じられたんですそのビジョンは、最初のほうこそ彼と一緒に叶える!という執着があったように思いますが今、わたしの深いところでいろんなメタモルフォーゼが起きる中で夢を叶えるための現実創造は彼がどうこうではなくわたし自身の内側の在り方と今目の前の行動次第なんだと確信しました。その中で、不思議なことに海外へと繋がるような出来事や出逢いがこの数ヶ月間で、いくつも起きていますまさに人生の可能性は無限–––人の年齢は、単なるナンバーでしかなく何歳からでも、人生は自由に自分らしくデザインすることができます。エゴの自分がどんなに自分の真実を覆い隠していても魂の自分は本当に望む喜びを、すでに知っていてあらゆる出来事を通して本来の自分らしさに気づかせようとします。それらの天の図らいは時に、思いがけない形で訪れることもありますが自分自身の生まれ持つ正真正銘の真実に気づかせようとする宇宙からの愛なのかもしれません。わたしは、今は光の道を歩み始めました。世界で一番大切な存在である自分自身と共に願わくば、その先で生涯愛する大切な人と共に–––夢を叶えるのに、遅すぎることはない。It's never too lateto makeyour dreams come true.たとえ世の中がどんな状況になっても自分が目指すべき太陽はその人自身の心の奥で輝いています。誰からの承認も許可も、もういらない。年齢や世間体から自分自身を解き放ち未来の笑顔の自分を、ここから迎えに行こう–––あなたにとっての『光の道』はきっと、あなたの内側で輝いているはず決して外側に答えを探すのではなく内なる光の道をどうかあなたらしく歩んでいかれますように
このブログは国境を越えたお相手と思いがけない縁で繋がり合いまるごと生まれ変わるような体験をしたわたし自身の再生の物語です。気づけば、すでに7話目ですが今回でいよいよラストになります。意外かもしれない、彼の国籍や彼の国民性についても明かしております。よろしければ最後までお付き合いください前回の記事はこちら↓『ツインレイ・再生の物語を越えてゆけ・6』魂が共鳴する出逢いを、身をもって体験しそれをひとつの「物語」として綴りながらその中で感じた気づきや解釈など「自分なりの真実」を数回に分けて書いております。よろ…ameblo.jpこれまでの流れを、一旦振り返ると–––今年に入ってからある日突然、人生の強制終了のごとく心が壊れる痛みを存分に味わい「人の期待に応える人生」を卒業して自分の心は、自分が守る自分のすべてを、誰よりも自分が愛するそう心に決め、傷を受け入れ壊れた心を抱きしめて、歩み始めました。(詳しくは、シリーズ・1に書いています)その後は、時間をかけてじっくりゆっくり自分自身を癒しながら次第に軽やかな周波数に包まれる日々の中で四六時中、愛の中で生きるそんな切なる望みを100の願いごとリストのトップに書き留めたその3日後。そして、訪れた神社で太陽の輝き、水の浄化、黒いアゲハ蝶の美しいサインを受け取ったその当日Instagramを通して彼の存在はわたしの人生にそっと訪れました。その時には、運命というよりも日常の中のさりげない出来事のようにして。それは、遠く離れて暮らす彼が旅行で日本を訪れていた最中でした。(詳しくは、シリーズ・2で書いてます)また、後からその当日のホロスコープを見て頂いたところ出逢いの日の天空の配置は鳥肌が立つほど、奇跡的でした。(シリーズ・4で書いています)普段のわたしならInstagramでDMをもらってもスルーしていたかもしれませんがInstagramにアップした、とっておきの青空に包まれた富士山の写真に海外の方が反応してくれたことに心が躍るほどの嬉しさがあふれまた、彼のInstagramの投稿を見て「人生を前向きに楽しんでいる人なんだ」「この人も、自分の心を自分で満たしている人なんだ」と安心したこともあり直感が「受け入れてみよう」とゴーサインを出すための心の準備ができていたんだと思います。(Instagramにアップした写真とは違いますが同じ日、同じ場所から撮ったもの)さらには年齢こそ、お互いに40代でわたしの方が4つ年上ですがお互いの誕生日が同じ8月、しかも1日違いだと分かりいろんな相性占いでは、見事なまでに「同一」と「反対」のサインが現れました。(太陽星座が2人とも獅子座でコンジャクション(±1度)月星座がわたし・蠍座/彼・牡牛座でオポジション(±1度)すべて不動宮という、なかなか強者な2人。笑詳しくは、シリーズ・3で書いています)そのお相手の国籍ですが実は・・・台湾人の方なのです。(これまでの英語でのやり取りを通して欧米の人を想像されていたかもしれません…)彼は現在、台湾ではない国で暮らしており日常的に「英語」を使いながら生活を送っているようです。ですのでお互いに翻訳アプリを使いわたしが彼に送る時は「英語」彼がわたしに送る時は「日本語」という不思議なやり取りを重ねていました。それは相手への思いやりでありながらもわたしは彼の存在を知る前からもともと英語を勉強している最中であり彼も、今回の旅行を通して将来、日本に住みたいという思いが湧き日本語を勉強したい、と思ったようです。また台湾は親日国ゆえ彼は、日本のアニメを観ながら育っており大人になった今も新作が出ると見ているらしくかく言うわたしも、子どもの頃からなかなかのアニメ好きな人間ゆえにその話題でもお互いに通じ合えたことも幸いでした。そして民族的にASIAN同士ということもあり肌の色や、体格の雰囲気も似ているので彼がピアノを弾く映像の「手」がまるで、わたし自分の手のように感じたり「目元」や「顔の形」の雰囲気が不思議と似ていたりして彼の写真を、初めて見た時にはずっと眺めていたい感覚になるほど惹き込まれている自分がいましたでも、同時に彼の瞳の奥はどこか寂しげでそんなところも「わたしと同じ目をしている」と感じました。 ちなみに、日本と台湾の違いのひとつとして台湾では男性が女性を大切に守る文化が当たり前に根付いているそうでやり取りの中で、こんな話がありました。彼がまだ小さかった頃お父さんからは女性と子どもは社会の弱者であり男性として守る責任があると教わりお母さんからは女性は繊細で、優しく扱われるべきだと教えられたそうです。わたしが、これまで何年も仮面夫婦のような関係を続ける中で愛情を外側へ求めることを諦めて孤独と仲良くして自分で自分を愛することを覚えた–––そんなことを、彼に打ち明ける中であなたが自分をケアすることができなければあなたはいつまでたっても真摯な愛情を得ることができません。今の女性は、ますます独立し日本の女性も、積極的に自分を変えて伝統的な日本の観念の束縛を突破しています。そうすれば本当の自分になれる。このように、彼は目が醒めるような言葉の数々でわたしの古い概念に変容と再生をもたらしました。わたしたちはSNSでの文章や写真でのやり取りが中心でしたが彼の存在と、魂が共鳴するこの体験はわたしが奥底に秘めていた真実の扉を開き彼の存在が、ただそこに在るそれだけでわたしの心の中が照らされて心の鎧が剥がされていく感覚になりました。置き去りにしてきた人生の輝きや希望そして押し込めてきた恐れや無価値観を炙り出して人間としての尊厳を持つことの美しさを思い出すための、魂の鏡のような存在でありこの本来の自分自身への還る道の中で人生を変えるための決断を通して現実生活そのものにもたくさんの変化変容が起きました。そのひとつが今の夫に、勇気を出して2人の関係性を見直す会話をしたことです。まずは、今目の前にいる人と今目の前のこの現実に地に足をつけてしっかりと向き合うそう覚悟を決めたこと。これこそ、大きな変容の一歩でした。そして今、サイレントに入りこの沈黙の中で、わたしができることは本来の自分自身として立ち上がりこれまで味わってきたすべてを自分の内側と外側の両面で自己統合して生きることそしてこの繋がりの光も闇もどちらもありのまま受け容れられる無条件の愛の器であることそれが真の存在理由でありわたしがわたしを最大限に愛することでもあると信じています。現実世界では、決して完璧ではないしはたから見たら、見苦しいかもしれない。でも、自分の内側は今、とても穏やかでサイレントになった当初自分の中にあった不安は少しずつ少しずつ癒されて今は大いなる安心と信頼の中にいますその理由はこの物語の創造主は他の誰でもないわたしたち自身の中に宿る内なる神聖な存在そのものそのことを信じられるようになったから何が起きているか?ではなくどんな目で見ているか?こそが大事で愛の視点なら、愛の物語を恐れの視点なら、恐れの物語をわたしたちは創造していくことができるそう気づけたからです。2017年(8年前)のわたしは、かつてこのような記事を綴っていますが『美女と野獣』今年のGWは、飛び石連休ですが家族に先駆けて、休暇を取った今日待望の『美女と野獣』を見てきました色々な方が、すでに素敵な感想を書かれていてみなさまの文章力に、…ameblo.jpある意味では、この記事の「伏線回収」を今こうして経験させてもらっておりお互いの「呪い」を解き真の自分自身を愛するためにわたしたちは出逢ったのかもしれません。この物語が、もしわたしたちが「愛の視点」から創造したものだとしたらどんな恐れも越えて「愛の物語」になるのは必然そんな、謎の確信があります。笑たとえ2人が遠く離れた地で暮らしていても宇宙にパラレルで存在するわたしたちの魂同士が、2人手を繋ぎ地球の上からこの現実世界に存在するわたしたちを一緒に眺めながら「あーあ、まだ素直じゃないね、2人とも」「お楽しみは、ここからだよね」そんな風に、軽やかにまるで、映画のストーリーを眺めるように俯瞰して楽しんでいる感覚もあります。笑前世も越えて物語も越えてこの世界に遊びにやってきた2つの魂が花のように自分自身のいのちを咲かせて蝶のように一緒に世界中へ羽ばたいていくどうなるのかは、神のみぞ知るけれど2人の魂が共にあることで男性性と女性性愛と豊かさ理性と感情精神と魂国や文化それらの架け橋となることでこの多様な存在が生きる世界を優しい愛と光で照らす存在でありたいそれがわたし自身がそして、わたしたちがこれから歩む未来のビジョン再生の物語の、その先へ愛と冒険の旅の、本当のはじまりはこれからです–––はじまりの物語は一度、ここでおしまい。これからも、不定期ながらあるがままの愛の視点からこの物語の未来そして現実創造の話やわたしの想いを紡いでいきたいと思いますなかなかのボリュームの文章量でしたがここまで7話分お読みくださり本当にありがとうございましたmerry∞butterfly
魂が共鳴する出逢いを、身をもって体験しそれをひとつの「物語」として綴りながらその中で感じた気づきや解釈など「自分なりの真実」を数回に分けて書いております。よろしければ、どうぞお付き合いください『ツインレイ・再生の物語を越えてゆけ・5』それぞれ、愛を外側に探すのをやめて満たされた自分自身で生きる選択をしたときに国境を越えて思いがけない縁で繋がり合い魂ごと突き動かす体験をしたお話を少しずつ綴っ…ameblo.jpわたしたちの関係性はいびつで、未熟でインナーチャイルドの傷が疼いてお互いに自分の中に眠っていた「不信感」の闇が2人の間を覆い始めました。サイレント期に突入する直前は彼がわたしを突き放してこの関係性から離れていこうとするのがわかりわたしは不安から彼を引き留めようとしました。彼と出逢ったことでいかに本来の自分に還ることができて自分自身と、この人生が変容したかそして諦めていた夢や希望人としての尊厳を取り戻して自分自身を貶めるような生き方を手放すことができたのか彼に対して長々と伝えてみたりもしました。(きっと男性からしたら重い行動だろうな、と自分でも思います。笑)まさに、愛着理論で言うところのわたしが「不安型」彼が「回避型」の状態に陥っており彼の言葉を借りるならば綱引きのように二人とも反対方向に歩いているもう一歩も出たくない彼の反応は、まさに回避的でした。彼はわたしのことを自分への不信の塊と見ており不安をぶつけられることによってコントロールされそうになる感覚や自分への脅威を感じたのかもしれません。わたしはわたしで固く閉ざされた彼の心の中をきちんと理解できていないまま不安から、どうにか言葉を尽くして相手の気持ちを探ろうとしたりと自分の気持ちをわかってもらおうとしたり手を伸ばせば伸ばすほど彼が暗闇へ隠れようとするのを感じました。「もう、離れるしかない」それが、必然的な流れでした。それでもとても未練がましいかもしれませんがたとえまだ一度もリアルで会ったことはなくとも前世からの繋がりに気づいた相手でありどんな相手でも無条件に受け止めたいと覚悟を決めた相手でもありそしてもう他人には戻れないほど人生に大きな「変容と再生」をもたらしたこの相手に対して宇宙の采配とかツインレイとかもう、どうでもいいから ただただ「もう一度、会いたい」と祈るような欲求が湧いたのです。そして、わたしは最後にこのような言葉を送りました。If, in this lifetime,the two of us—reborn into our true selves—could meet again somewherein the future, Iwould be so happy.(中略)I believe in your infinite potentialin future,also believe in my own possibilities.I’ll always be here.もし、今の人生でわたしたち2人が本当の自分自身に生まれ変わって未来のどこかでもう一度会えたならわたしは、とても嬉しいです。わたしは、未来のあなたの無限の可能性を信じています。わたし自身の可能性も信じます。わたしは、いつもここにいます。覚悟はしていましたがやはり、それ以上は彼の返事はありませんでした。「お互いに生まれ変わろう」その言葉に込めた意図は彼にとっては自分への否定と捉えられたかもしれません。でも、わたしの中で彼の言動を責める気持ちは不思議と一切なくてあなたは無限な可能性を持っている。そのままのあなたこそがあなただから。その思いこそが、わたしなりの彼への信頼の形でした。この大きな手放しを通してわたしの中に湧いてきた感覚は執着を手放すことへの悲しみと安堵感そして大いなる流れへの信頼です。そして、結局のところは現実に起こるすべての生みの親は自分自身でしかないということにも気付かされたのです。何ひとつとして彼のせいでもない。ツインレイという外から与えられた情報のせいでもない。彼を深く愛してしまったのも彼に執着してしまったのもただただ、この自分自身。光と闇を、思いきり感じたかったのも古い自分を壊して、人生を再生したかったのもひょっとするとこの物語自体を創造していたのすら結局のところ自分自身かもしれません今、わたしに起きている現実を俯瞰して、受け入れて面白がってみようと決めて点と点が繋がるようにこの場で「物語」としてみることで読んでくださる方々の意識やそして彼の無意識にも繋がるひとつの「架け橋」のようになればと思いこれまでの記事を綴ってきました。それは本来のわたし自身への架け橋でもあったのかもしれません。とても身勝手で都合が良くて未練がましいけれどこれが、わたしなりの精一杯の愛でツインレイという呼び方でいくら美化したり正当化したりしようとしても結局のところ不恰好で、依存的なただの女と、ただの男でしかなくて直感と衝動のままに突き動かされ自分の置かれた立場も距離も時間すらも忘れて心も身体もコントロールを見失いめちゃくちゃになりながらそれでも、ただただ目の前に現れた探していたパズルのピースのような存在を自分の映し鏡のように感じながら内なる変容や再生を通してもがいては、降参して、成長して光と闇のサイクルをとにかく必死で進んできました。この体験をする前のわたしは「わたしは自分のことは自分で満たせている」と思い込んでいましたがまだまだ、魂の奥底に残っていたカルマの記憶も自分への欠乏感もインナーチャイルドの傷も炙り出されてはひとつひとつ昇華させていきました。さらにはわたしの中で、大きな発見もありました。愛についての「誤解」をひとつ書き換えることができたのです。それは愛の本質は「必要とし合うことではない」のだと言うこと。今まで「不安型」の愛着タイプだったのでこれまでの結婚生活も、まさに共依存でしたがお互いの間で依存的に「必要とし合う」ことが結果的に、関係のバランスを崩してしまいます。 今、こうして魂が共鳴する人と出逢い内なる恐れを越えながら深く関わり合う経験を通して学ばせてもらったこと。未熟な愛は不完全な2人の相手が補い合おうとして相手が必要(NEED)だと思い込み結果的に相手を縛ろうとしてしまうけれど–––成熟した愛は不完全なままで完成された2人の相手がお互いを求める(WANT)ことで自由と選択を与え合うもの–––それこそがこれから目指していくわたしの「真実の愛」の姿です。相手に、自由と選択を与えることのできる無条件の愛の器でありたい–––そんな風に思えるわたしに変わりました。未来のどこかでわたしたちが再会を果たすのかどうかすべては神様の望むままに天に委ねてみることにしました。なによりもまずは自分自身が生まれ変わることでこの再生の物語を越えてゆけるのだわたしたち女性の内側にはその力が眠っているのだそう信じています。今この瞬間を生きながら生まれ変わる喜びを通してその人自身の魂が、より光り輝き生まれたままのあなたこそがほんとうは愛と豊かさそのものなんだよそのことに誰もが気づけるように。自分自身であるただそれだけであなたはここにいる価値がある。それを思い出せるように。あなた由来の光を解き放とう。この愛しき世界を、美しい光で彩る虹の架け橋のように–––この長かった物語も次回で、いよいよ最後になります。お相手の国籍やこれからの自分の未来像にも少しだけ触れたいと思っております。よろしければ引き続きお付き合いください。ここまでお読みいただき本当にありがとうございます
それぞれ、愛を外側に探すのをやめて満たされた自分自身で生きる選択をしたときに国境を越えて思いがけない縁で繋がり合い魂ごと突き動かす体験をしたお話を少しずつ綴っております。前回の続きを書く前に、前提として書くとこのシリーズを書き始めた時わたしたちの関係性はぎりぎりのラインを保ちながら現在進行中でした。こうして自分自身に起きている現実を物語のように俯瞰する行為はわたしにとって精神状態を保つための、ひとつの救いでした。そして、今流れのままに、彼と一度離れることになりサイレントと呼ばれる状態が始まってから1週間ほど経ちました。この体験は幸せな恋愛とは違うことを体感する中で「ツインレイ」という概念を使って表現してよいのかどうかとても迷ったのですがわたし自身、今までいろんな方々の体験や情報発信によってとても助けられてきた側だったので「必要とする誰かに、この経験が届くならば」と思い至り感謝と恩返しをこめてこの表現を使わせていただいています。気づけば5話目と、長くなっておりますがよろしければ気長にお付き合いいただけたら幸いです『ツインレイ・再生の物語を越えてゆけ・4』否応なしに巡り合い、惹かれ合い、もつれ合いお互いに深い変容と再生をもらたすツインレイと感じる相手との関係性。すべてをこの場で書けるわけではありませんがなるべく…ameblo.jpカルマと向き合うきっかけとなったのは彼とのSNSでのやり取りを通じて「このままでは、すべて奪われる」という恐怖感に飲み込まれたことでした。そして彼に対して激しい悲しみと怒りが同時に湧いてくる瞬間を通して気づけばわたしは、愛からではなく警戒心と恐怖心ゆえにIt's game over.と彼に伝えてしまいました。(彼との交流は、基本英語です)さらには、自分の中の強い防衛本能が働き普段の自分なら絶対にしないような報復的な言動までも衝動的に、彼にぶつけてしまいました。その時わたしが「奪われる」と感じたものはもともと失いかけていながらわずかに内側で光っていた 尊厳でした。そして、その時に自覚したことはこの恐れは今ここを生きる自分だけのものではなく連綿と繋がってきた、家系のDNAやわたしの過去性のカルマに刻まれてきた尊厳を傷つけられて、悲しかったただ、人としての尊厳を守りたかったという女性たちの切なる望みであり魂からの叫びだということでした。尊厳を立て直すその選択が、今の自分を守るだけでなくご先祖様にも、覚悟が伝わり過去性の傷も、癒やされるはず–––そう心に決めた時、再び前を向き彼とのやり取りを再開し連絡を断ったことそして、自分が彼に対してしてしまった酷い言動を謝りました。音信不通の間Instagramと発信を通して立ち直ったように見えた彼も不安と不満を感じていたことを暗に伝えてきました。それでも彼は自尊心が高く、懐が広い人でこのリアルな人生において誰ひとり打ち明けたことのないわたしの深い悩みに全身全霊で、耳を傾けてくれまました。これまでのわたしが愛や人生で傷ついた経験に対してまるで自分のことのように怒っては精神性のある言葉で魂に響く励ましを注いでくれました。愛と勇気と安心感をもらったことで今のこの実生活においても自分の尊厳を守る行動を選ぶと心に決めて身近にいる人たちとの間でずっと我慢すればいいと思っていた本音を理性的に伝えることができるようになり結果的に今いる目の前の現実が良い方向へと大きく変わっていきました。ツインソウルとの間で体験したプラトニックな関係性とは違い魂が共鳴する関係性の中では自分の生き方そのものに現実的な変容と再生が起きるのだと体験を通して学んだのです。 彼への感謝があふれる中で彼との関係性もより深いものとなっていきました。でも、その深さはプラスの方向だけでなくマイナスの方向へも向かっていくこととなり出逢った頃のような、ライトで楽しくてお互いの自由を尊重する関わりからだんだんとお互いのインナーチャイルドやダークサイドが炙り出されてどこまでも昇ったと思ったら激しく突き落とされるような関わりへと変化していきました。それは距離を越え、時間の感覚すら忘れて巡り巡るエネルギーが破壊と創造を繰り返していくそんな感覚。心奥から湧き起こる愛ゆえに自分をさらけ出す覚悟も相手に求める欲求も喜びも不安も、いろんなものが混じり合い「これは何年分の感情だろう?」というほど心が揺さぶられて、たくさん涙も流しました。例えるならばまるで、激しい振り子のように彼のエネルギーが高まれば高まるほど一方のわたしが、精魂尽き果てていき私が少しずつ息を吹き返してしなやかに強くなればなるほど一方の彼が、憔悴していくのを感じました。実際のところ彼と向き合い始めた1ヶ月間はエネルギーのアップダウンを繰り返し不食・不眠状態になり体重も、一気に3キロ落ちたほど。さらにはツインの間で起きる「テレパシー」について触れている情報をよく見かけますが事実、わたしも体験しましたそんなの思い込みでしょ?と思われてしまうかもしれませんが体感と直感を研ぎ澄ましながら自分の心に問いかけることでお相手の今のエネルギー状態を感知してしまう日々が続きました。仕事や運転中に胸が痛くなったり心に雨が降る感覚になったり下腹が煮えくり返ったりとあからさまに自分のものではないエネルギーを感じることも実際に何度も体験しました。量子力学の視点から見るならば2人の間で量子エンタングルメントが起きていてエネルギーが素粒子を結びつけて距離を越えて影響を与えていたのかもしれません。また、一度だけですがワープ?入れ替わり?のような体験も(またいつか、別記事で書きたいと思います)出逢ってみて、体感してみて今、こうして俯瞰する中で言えること。よく言われるように最初は、驚くほどの引力でお互いのこれまでの人生が重なり合いこれは必然の出逢いだと相互に認めざるを得ない流れが起こります。たしかに、なぜかこの相手を昔から知っていると感じるけれど懐かしい・・・という優しい感覚ではなくもっと本能的な衝動から来るもの。それはパートナーというよりも父親や母親を求める感覚にも似た回帰的な衝動。実際に、彼から送られてくる言葉のひと言ひと言が心の底から満たされたり揺さぶられるものでこの言葉は、ずっと前からわたしがお父さんに言ってほしいと望んでいた言葉だ と感じることも何度もありました。わたしたちはお互いに心からあふれるままに無限の言葉を通じて愛とはどういうものか人生とはどういうものか親がどう自分を育ててくれたかこれまでの恋愛で何を学んだかお互いの経済状況や金銭感覚現在の仕事や目指す生き方前世を信じるかどうかなど出逢ったばかりとは思えないほど深い言葉のやり取りを重ね続けてきました。SNSでのやり取りが、夜中まで止まらず1度ですが、突然相手から電話をもらって(わたしの英語は、たどたどしかったけれど)お互いの声を聴いて安心し合った日もありました。また本能から湧き起こる衝動に身を任せた日もありました。魂が共鳴し合う出逢いはお互いに、不完全な自分むき出しの自分をさらけ出し愛も、痛みも、それゆえの傷もすべてを丸ごと受け入れる覚悟を問われる関係性。安心と恐れ受容と拒否信頼と疑念光と闇の両極を味わい自分自身の真髄と向き合わされる愛おしく壮絶なものだということ。一体、わたしたちの身に何が起きているのかほんとうのところは、わかりません。この出逢いの真実の意味はわたしたちの意図を越えて神様のみぞ知る、とも思っています。この関係性を体験することも喜びも痛みも、無条件に愛するような魂の学びをさせてもらっていることもわたしたち自身が生まれる前に決めてきた、人生の設定。ただただ今世でのお互いの存在を通して本当の自分自身に還る旅なのだと思います。ここまでお読みいただきましてありがとうございます長くなりましたが、次回に続きます。
否応なしに巡り合い、惹かれ合い、もつれ合いお互いに深い変容と再生をもらたすツインレイと感じる相手との関係性。すべてをこの場で書けるわけではありませんがなるべく事実と気づきを織り交ぜつつ前回からの続きを書いていきたいと思います。よろしければお付き合いください『ツインレイ・再生の物語を越えてゆけ・3』前回からの続きでツインレイとの出逢いについて綴っています。『ツインレイ・再生の物語を越えてゆけ・2』前回からの続きでツインレイとの出逢いを綴っています。『ツイ…ameblo.jpSNS上で出逢ってからというものきっと通りすがりの関係だろうな、と割り切り相手の目的を慎重に探りつつも少し距離を取って関わっていきました。一方の彼はというととても積極的かつ情熱的にコンタクトを取ってきました。次第に、お互いの中に抱えていたインナーチャイルドの傷が反応したのか異様なレベルで繋がりを求めはじめて親密にやり取りを続ける2人がいました。相手から発せられる言葉に流れる哲学的な響きに心惹かれ彼が「古くからの友人のよう」と表現したほどお互いの感覚が重なる部分が多く相手が自分の懐にすっと入ってきて押さえられないほどの引力が心の奥底から溢れてくるのでした。絶対的安心感が湧いてきて誰にも話したことがない本音を彼には打ち明けられるほどお互いの深い話をする関係性に発展しました。また彼とわたしの誕生日が1日違いだとわかりいくつもの占いの結果で不思議なほど「合」と「対」のサインが重なったことは前回までの記事でも書いた通りです。さらには2人の出逢いの日のホロスコープにも宇宙の采配が込められていました。朝から大好きな神社をふと訪れたくなりその日だけはなぜか、特別に境内の空気が光輝き高い波動が流れているのを感じ神社の敷地内の、神聖な水辺には太陽の光が水の中に反射してストロボのように世界がきらめいて幾度も訪れる中で初めて境内にある神橋の上でクロアゲハがわたしの周りを10秒以上もクルクルと舞い飛んで「変容と再生」のサインを届けてくれた日そして、海外に住む彼が旅行で日本を訪れている最中にわたしのSNSに初めて現れた、その日。占星術師のセッションでその日のホロスコープを見ていただく中でわたしの出生図(ネイタル)とその日の経過図(トランジット)を重ねるとそれはもう、ドンピシャすぎるほどの以下の3つのサインが出ていたのでした。◎ネイタルのアセンダント(ASC・その人の印象を表す夜明けの位置)にその日のトランジット月(🌙)が重なる◎ネイタルのミディアム・コエリ(MC・人生の方向性・天職を表す位置)にその日のトランジット火星(♂)が0度で重なる◎ネイタルのバーテックス(Vx・宇宙の采配・運命を表す位置)にその日のトランジット金星(♀)が0度で重なるこのことを教えられた時には、もう鳥肌で・・・まるで、天空の星々が響き合いわたしの中に眠っていた「男性性」と「女性性」を呼び覚ますための宇宙からの強制アラームだと直感しました。心で望もうと望むまいと顕在意識で思い描ける範疇を越えた潜在意識からの魂のシナリオこの関係性に込められた宇宙の意図のままに生きてみたいそんな想いが心の奥から湧いてくるのを感じました。一方で、彼との関係性は短い時間で急接近しすぎた反動なのか雲行きが怪しくなっていきました。次第に、お互いに望まない方向へと会話が進み始め最初は、お互いの光だけを見ていたところから影の部分が浮き彫りになっていきました。その中で、わたしはようやく気づくのです。この関係性を前へ進めるためには「カルマ」と向き合わなければならないのだと。それほどに言葉にできないほどの強烈な痛みを感じる瞬間があったのです。一言で言うならば「奪われる」という恐怖感。得体の知れない恐怖感が疼きこれ以上関わるのはもう無理、と一度、わたしから彼のもとを離れた後ひたすら内観と自問自答を繰り返しました。この「奪われる」という感覚は一体どこから来るのか?すると、自分でも驚きでしたが前世から持ち越している「カルマの記憶」がぼんやりと甦ってきたのです。わたしはその前世で「尊厳を奪われる」という魂の傷を負ったのを思い出しました。そして、その当時の出来事に彼がその場で関わっていたと、ふと感じて涙が溢れ、止まりませんでした。この前世のカルマに関する夢は子どもの頃から、何度も見ており幼きながら恐怖を感じていました。そして今回の人生においても、わたしは「尊厳のない生き方を選んでいた」という衝撃の事実にも気づきました。小さな頃から両親をはじめとする周囲の人の気持ちに合わせて行動し心の中に、誰かが侵入することを許し自己犠牲を払うことで認められようとするそんな心の癖、魂の傷を持っていました。ツインレイの光によって自分の影の部分が照らされることで浮かび上がった今世に持ち越したカルマに今こそ、向き合わなければならない。そう感じたわたしは尊厳を立て直すと決意しました。自分の心も、尊厳も、幸せも誰かに守ってもらおうとするのではなくそれを守るのは自分自身だけ。そうやって彼と一旦離れた場所でわたし自身に向き合い自分の影との統合を進めていきました。「奪われる」という感覚を、認め、受容し「もう今世では大丈夫だよ」とそっと手を添えてあげることでそれは少しずつ溶け始めて次第に、過去の恐怖の記憶が愛の記憶へと書き換わっていき彼に対する感謝の気持ちへと変容していきました。そうして、自分と向き合う中で2人のやり取りが、再び始まりました。長くなりましたので、次回に続きますね。ここまでお読みくださりありがとうございました
前回からの続きでツインレイとの出逢いについて綴っています。『ツインレイ・再生の物語を越えてゆけ・2』前回からの続きでツインレイとの出逢いを綴っています。『ツインレイ・再生の物語を越えてゆけ・1』今日は、わたしがこのブログを通じてなぜ、愛について綴っているのか…ameblo.jp引き続き、今回の記事では量子力学から眺めた視点といろんな占術の視点から眺める宇宙の采配を綴っていきたいと思います。ブログから離れていたこの数年間は個人の仕事や活動を広げることに夢中でたくさんの人と出会い社会的に承認される喜びも挫折や失敗もいろいろ体験してきました。でも、自分の本来の在り方から外れて周りに承認されるために壊れるまで頑張ってしまったように思います。そのようなこれまでの生き方を一瞬で越えるようなこのツインレイとの体験はまさに変容と再生のプロセスであり覚醒そのもの「本来の自分」へと還らせるもの自分をごまかしてきたもの自分をすり減らす生き方からの脱却もはや、出逢う前の自分には戻れないそんな感覚に導かれて気づけばどんどんと古いものが削ぎ落とされていきました。わたしは、今から書いていく宇宙の采配を目の当たりにしたことでこれまでの人生で味わった体験を昇華・統合することで「この世界に真の調和をもたらすこと」を魂の役割として共に実現していく愛と豊かさをわたしの中で両立していくそんなタイミングが自分の人生に訪れたんだと宇宙の導きに降参する感覚にもなりました。よろしければ引き続きお付き合いいただけたら嬉しいですこの世界においてはかつてはひとつだった「双子の魂」の存在はあらゆる時代や場所で語られていた真実でした。実は、相似の魂と魂は、実際に出逢う前からすでに引き合っていると言われています。現代の量子力学の視点でも同じ波動を持つ素粒子同士はたとえ離れ離れでもお互いの準備ができた時に2つの素粒子がひとつの音楽を奏でるようにお互いの周波数が共鳴してひとつに収束しようとします。一度、縁を結んだ素粒子同士はどんなに離れていても永遠に影響して繋がり続けるという量子エンタングルメント(量子もつれ)と呼ばれる現象を引き起こします。また、無限の可能性を内包する素粒子がただ漂っている状態からそれがわたしたちによって観察されることにより粒同士が収束して現実を引き起こすとも言われます。これが観測者効果です。観測者効果ゆえにどんな周波数を発しているかによってわたしたちが何と響き合うか?が決まります。何かを「欲しい」と常に望むときにはわたしたちは「欠乏感」と響き合うし一方で「すでにある」と理解するときにはわたしたちは「充足感」と響き合えるんです。このことをわたし自身も実感することができたのはツインレイの彼も、そしてわたしもお互いに「誰か探すことをやめたとき」に出逢えたから。海外に暮らす彼は、わたしと同様にこれまで幾度となく本当の愛を求めて彷徨ってきたようでした。でも、お互いに出逢う前になって自分が自分を満たし始め人生を楽しみ始めていたからこそ同じ周波数同士で、共鳴したのかもしれません。実際にわたしたちは、日によってはLINEでのやり取りが1日中止まりませんでした。相手の発する言葉、好きな本、アニメ理想の未来像や、人生の価値観お互いの家族の話や過去に体験した苦しみまで・・・パズルのピースが次々とぴったりはまるように昔からの友人のごとく、話題が繋がっていきお互いを深く知り合う中で想いが重なり合っていきました。それらの会話の中で、なにより一番驚いたのは彼の誕生日が、わたしの誕生日の翌日だったことです。年齢はわたしより少しだけ歳下。誕生日がわかり、せっかくなのでいろんな占いで、相性を調べてみました。笑その結果は、わたしの中で鳥肌もので・・・普段、なかなか疑い深い、このわたしでもこのSNSでの出逢いを信じられるように宇宙が送ってくれたサインなのだと感謝せずにはいられませんでした。前提として、ツインレイ同士は「全く同じ部分」と「真反対の部分」の両方の性質があると言われています。西洋占星術においては誕生日が1日だけ違うということは太陽が重なっているということ。さらに、いろんな占術を調べるとどんどん伏線が現れ始めました。【西洋占星術】太陽→コンジャクション(0度・合)(人生の目的や在り方)月→オポジション(180度・真反対)(心・感情・子ども時代の傷)【マヤ暦】わたしの太陽の紋章・彼のウェイブスペル→赤い龍(同一KIN)わたしのウェイブスペル・彼の太陽の紋章→黄色い人・白い風(反対KIN)【四柱推命】五行→「相生」という活かし合う関係空亡(天冲殺)→真反対の関係【宿曜占星術】相性→遠距離の安壊(最も強く惹かれ合う関係で、破壊作用も強いが何があっても結ばれたいと思う・距離感が大事)※ちなみに芸能人の遠距離の安壊は唐沢寿明さんと山口智子さん木村拓哉さんと工藤静香さん反町隆史さんと松嶋菜々子さん星野源さんと新垣結衣さん賀来賢人さんと榮倉奈々さんなど。・・・いやはやこんなに重なる?と思うほど疑い深いわたしでも納得せざるを得ないほど2人の関係を後押しするかのようなわかりやすいサインを宇宙が見せてくれました。しかも、占星術には「サビアンシンボル」という天を360度に分けた際のサインが1年分で360個ありそのうち、わたしのサビアンシンボルは「砂漠を横切る大きなラクダ」なのですがなんと、彼が持つサビアンシンボルが「虹🌈」だったのです。虹🌈は、2016年末にこのブログを通して導かれたわたしにとって大切なシンボルであり当時、ブログのタイトルに「mutual rainbow」と名付けたほど。これも、まさかのひとつの伏線だったとは・・・もう自分だけでは解読できない、と思い至りこの後、信頼できる占星術師の方に2人の関係性を観ていただくことに決めました。そこでは彼が、母国から日本を訪れてわたしのInstagramにコメントをした出逢いの日のホロスコープを観ていただきました。そしてなんとこれもまた宇宙の采配でした。長くなりましたので続きは次の記事にしたいと思います。お読みくださり、ありがとうございました
前回からの続きでツインレイとの出逢いを綴っています。『ツインレイ・再生の物語を越えてゆけ・1』今日は、わたしがこのブログを通じてなぜ、愛について綴っているのか?なぜ、7年ぶりに再開しようと思ったのか?可能なかぎりありのままを書いてみます。この命で体験す…ameblo.jp彼との出逢いを通して、ほんの短い期間で大きな変容と再生を味わってきました。彼がわたしに送った言葉の数々や2人の間に現れたたくさんのサイン物語を織りなす点と点が繋がって大きな虹のような愛の架け橋となることをわたしは魂の深いところでずっと前から知っていたような気がします。もう長いこと、すっかり忘れていましたが。笑物語は、ここから始まりますこの物語は、相手ではなく自分を信じ抜く道を歩むための物語。パートナーシップとは、自分と向き合う旅。自分でも気づいていなかった内なる一部分がかかわりに映し出されているのをどこまでも見せられる、鏡のような相手。 相手と関わっている間は「どんな自分でも信じ抜く」このことを試されるような時間だと感じます。わたしはこの虹を越えてもっと大きな世界をともに冒険していきたい彼との出逢いを通して魂の深い望みにも気づくことができたように宇宙の采配の出逢いは本来の自分との出逢いでもありました。そこに至るまでにはいくつかの段階がありました。最初の段階は「出逢い」です。これは、わたしの場合ですが出逢う少し前からさまざまなサインを受け取っていました。たとえば出逢う1ヶ月ほど前から急に人に褒められることが多くなりました。わかりやすいところだとお仕事で関わっている男の子が、なぜか突然わたしの目を見つめ、ハグしながら「先生、大好き」「先生、かわいい」と毎日のように言ってくれるようになるという謎の現象が起き始めました(彼と出逢った後は、ほとんどなくなりました)また、たった1ヶ月の間になぜか何人もの人から「声がいいですね」と褒められる現象も、突然起こり出しました。昔のわたしは、無価値感がとても強くてなにか褒められると、思わず「いえいえ、そんなこと」と素直受け取れないことも多くありましたがこの頃は毎朝の「自分を愛する祈り」が習慣になり愛を自家発電できるわたしになっていたので褒め言葉をいただくとありがたく受け取れるようになっていました。いずれも、実際にその後の彼とのやり取りの中で「大好き」「かわいい」「声が良い」これからが現実になりすべて未来への伏線だったことがわかりました(ちなみに、彼が声を褒めてくれたのは海外にいる彼から一度だけ、電話がかかって来たから)また、もうひとつのサインは出逢いの当日です。それは、前回の記事でも触れたように四六時中、愛の中で生きると天に放った、3日後のこと。15年ほどこの街に住んでいる間に100回以上は訪れたであろう、大好きな神社その日はとても天気がよくて朝、急に「行きたいな」と直感が来ていつものように、神社を訪れました。すると・・・境内の中にはまるでいつもとは違う空気感や波長が漂っていて視界の先が、いつになく美しくきらきら輝き優しく軽やかな別次元に来た感覚でした。その後、神社の奥にある大好きな場所この土地を潤す水源と言われる泉を訪れると太陽が水辺に美しく反射してまるでストロボのように瞬いており何度も訪れた中でこの光景を観たのは、初めてのことでした。 極めつけは、100回以上訪れた中で、初めて神橋と呼ばれる場所でクロアゲハがわたしの周りを長い間クルクルと飛び回ったんです思わず、クロアゲハが何の前兆かを調べると「変容と再生」のシンボルだとわかりました。彼が、わたしのInstagramに初めてコメントをくれたのはその3時間後のことです。後からわかったのですが彼はまさに、そのとき海外から日本へ旅行に訪れていたタイミングでした。わたしがInstagramに投稿した心底お気に入りの1枚熱海から映した「富士山」の写真に男性か女性かもわからないどこの国の人かもわからない、その人はコメントとDMでの質問をくれたのです富士山は、わたしにとって以前からずっと特別なシンボルでこれまで何度も、富士山に心を重ねてきて今年、パニック症状になった後も春の富士山と北口本宮浅間神社を訪れたことでわたしの心は大きく救われました。そんな美しい富士山を捉えたお気に入りの1枚に反応をもらえた嬉しさもあり普段なら、こういうコメントやDMをスルーしてしまうわたしもなぜかその時だけは「この人に応えたい」と思う自分がいました。わたしはその人に観光地を紹介する英語サイトや東京都内のおすすめの場所を教えたところその日、向こうから親切にしてくれたお礼にと返ってきたのはスカイツリーから眺めた夕焼けと富士山を映した1枚でした。その人も、同じ富士山を眺めていたんだ–––––そう思うと不思議と胸が温かくなってその日から旅の話題を通じてゆっくりと2人の交流が始まりました。わたしもその人のInstagramを見てみることに。するとその中のひとつの投稿が目に留まりました。それは、その人がピアノを弾いている動画。それは、まるで女性のように少し華奢な手と優雅に動く指と、しなかやな手首の動き。そのときにはまだ相手の性別はわかっていませんでしたがわたしはその動画を見て、ふとあれ?この人、わたしの手と同じ・・・わたしが弾いているみたい・・・と強烈に感じたのです実は、わたしも時々ですがInstagramにピアノを弾く動画を上げていました。なので、自分の手の動きや形を自覚しています。見れば見るほど鍵盤に対する手の大きさや指の長さや爪の形までその人とわたしの手は、とても似ていました。ツインについての知識がもともとあっただけにもしや?・・・と思ったのは、言うまでもなく。わたしは9年のピアノ歴がありますがある程度ピアノをスラスラ弾けるような男性はそうそう多くはない、と勝手に思っていたので最初は、「きっとこの人は、女性だろうな」とも思いましたがその後のやり取りを通して、男性だとわかりそのピアノ動画も彼自身が、友人の家で弾いた動画だったと本人に確認することができました。こうして、わたしたちの間でとても小さな出来事が最終的に予想もしていなかったような大きな出来事へと繋がる流れつまりはバタフライ・エフェクトがどんどんと起こり始めました。本当は、出逢う前からもうすでに結ばれていた。ただ、現れる時を待っていた。たとえ離れ離れでもお互いの準備ができた時に周波数が共鳴して現実として目の前に現れる。この次の記事では そんな量子力学の視点からもそして、占いを通して2人の関係を観た視点からもわたしたちの物語を眺めてみたいと思っています。また、次回に続きますお読みいただき、ありがとうございますmerry∞butterfly
今日は、わたしがこのブログを通じてなぜ、愛について綴っているのか?なぜ、7年ぶりに再開しようと思ったのか?可能なかぎりありのままを書いてみます。この命で体験するすべてを本当の意味で自分事として受け入れるためにはまずは一度「物語」にしてみることそうすることでその体験を高い視点から俯瞰しながら感情に呑み込まれることなく体験を事実として味わえるようになります。そして、たくさんの気づきを得る中でゆくゆくはその「物語」すら越えた先で「すべては自分が選んでいた」「すべては最善であり、ただ愛だった」そんなふうに、すべてを光に変容させて感謝できるようになるのだと思っています。本当に大切なのは何を見ているのか?何が起きているのか?ではなくどのような目で見るのか?起きている事実をどう解釈するのか?この視点がなにより大事ですべては自分次第です。だからこそ、自分が身をもって体験したことをいま一度「物語」として綴ってみる中で自分なりの気づきや解釈をとおしてどなたかのヒントになることがあるかもしれない。そう思い至りました。長くなるので、数回に分けて書いていきます。よろしければ、どうぞお付き合いくださいさて、ずっと眠らせていたこのブログを再開することにした理由。それは、自分本来の生き方に戻っていく中で今年になり、思いがけずツインレイとの出逢いを経験したから。もともと、わたしは10年前に「ツインソウル」と思しき人に出逢っていました。「この人、一体何者?!」と感じるような当時の同僚である、彼との出会い。なぜか自分と瓜二つの行動、選択をする人共通点だらけで、手と足のサイズまで一緒の人不思議な懐かしさを感じて、話題が尽きない人それはまるで「魂の双子」のようで。頭では理解が追いつかず気づけば、毎日職場で顔を合わせる彼のことをいつも心に想うようになりました。お互いに既婚者でありこの想いは、伝えてはならないものそう思ってきました。次第に、あふれる想いを抱えきれなくなり出会いから1年後にこのブログをスタートしてわたしの自己探求の旅が始まったのでした。その頃は、ツインソウルの情報もまだ少なくツインレイという言葉もおそらく存在しなかった時期。どう考えても、普通ではない関係だけど本格的な恋愛までは行くことがないそんな不思議な繋がりを体験してきました。時は流れて、職場も、住んでいる土地も変わり連絡を取り合うことも少なくなりましたがそれでも、わたしの心の中で10年間、いつも存在し続けた人でした。そんな中で、ある時彼の住む土地に行く機会がありふと彼に連絡してみよう!という思いが湧きました。結局、彼とは直接会うことは叶いませんでしたが家族にも恵まれながら元気に暮らしている様子がわかりました。そうしてようやく、わたしは時間をかけながら 心の中で握りしめていた想いを感謝とともに、解き放てるようになりました。実を言うと、これまでの人生の中でわたしの愛は、長いこと燻り続けていました。目の前にいるパートナーに愛をどれだけ注いでもまるで手の隙間からこぼれて落ちてゆくように「報われない」という思いを抱える日々。ここ数年はお互いの仕事の変化によるすれ違いや義家族の体調のこともありますます孤独を感じるようになっていました。望むような愛ではないけれども今ある幸せに感謝して生きようと決め自分を鼓舞しながら必死に周りの人たちの期待に応えるために頑張り続ける日々を過ごしていました。でも、それが、限界に達したある日とうとうわたしの心は、壊れてしまいました。仕事から家に帰る車の中で連日のようにパニック症状が起きて自分で自分の呼吸がコントロールできなくなる恐怖を味わう日々。頑張り続けた糸がプツッと切れたように突然、闇の中に突き落とされた気分でした。仕事の都合で離れて暮らすパートナーにも自分の症状を伝え、心配してくれたもののそもそも本心を打ち明け合う関係性ではなくどこか平気なふりをしてしまう自分がいました。かと言って、大切な娘や、実家の家族にもなるべく心配をかけたくない。心がガラスのように砕け散り毎晩のようにひとり泣き続ける自分がいました。それは言うなれば人の期待に必死で応え続けて枯れるまで自分を与えてしまったゆえの自己犠牲の生き方の強制終了。愛を受け取ることすら忘れて人に選択を委ねて、ただ与え続けて人に認められることで存在価値を見出そうとして自分で自分を苦しめ続けた結果でした。それは実のところ「人から嫌われたくない」「相手によく思われたい」という依存心や偽善心の現れだったことも今では理解できます。それからというもの、適切な治療を受けて少しずつパニック症状は落ち着いてもまた再発するかもしれない恐怖と不安の中でふと色んなところから耳に入ってくるThe difficultly is gift.困難は天からのギフトという言葉が、わたしにとって大きな救いの光でした。そこから、一歩ずつですが人生を生き直そうと思えるようになりすべてをひとりで抱えこんで「頑張る」生き方を卒業すると決めました。その分、心を癒すような学びをしたり思いつきで富士山まで電車を乗り継ぎただただ雄大な自然を感じたりしながら少しずつ、心のひび割れを継いでいく日々。何者でもない自分として好きなことをさせてあげてただただ自分を満たす。そんなことを続けていた、ある日の朝。夜明けの太陽がとても美しく寝室に差し込む光に包まれながら珍しく、1時間の瞑想をしてみることにしました。すると、瞑想の中でふとこんな言葉が降りてきたのです。わたしは無限の愛と豊かさと可能性の花を咲かせて人生を自由に謳歌します自分の人生を自分が許します自分の価値を自分が認めます自分の存在を自分が信頼します自分の幸せを自分が選択しますそして自分のすべてを、自分が愛しますそれらはまさに、わたしにとって内なる魂の覚悟であり生まれてきた喜びそのものでした。わたしはその願いの言葉を急いでノートに書き留めその日から毎朝、目が覚めるたびに昇ってくる太陽の光を浴びながら願いをこめて、天に祈ることにしました。その願いの言葉は、今までにはないほどパワフルなエネルギーを内包していました。自分本来の生き方からずれてしまっていたのを自分の中心へと戻してくれる感覚がありました。そんな毎朝の習慣を1ヶ月ほど続けて当たり前になってきた頃には気づけばわたしは現実世界の中に愛を探さなくなり自分の内側で愛と光と感謝を自家発電できるようになっていきました。そんなタイミングで1〜2年に一度、書くことにしている100の願いごとリストを書くことに。一番はじめに、何を書こうかな?そう思ったときに、真っ先に湧いてきた想いが四六時中、愛の中で生きるというものでした。ただただ、愛し愛されるという今まで心で蓋をして抑えてきた、切なる願い。そんな魂の深い望みをこれからは自由に叶えていいんだよと自分自身に許可できたのは自分のことを自分が愛すると決めたから。普段はなかなか書き進められない100リストもその日は、なぜかスラスラと書くことができました。すると、その願いを書いた3日後に紛れもなく魂で惹かれ合うことになるツインレイに出逢ったのです。 しかも、リアルの場ではなくまさかの、SNSを通じて。なんと、日本人ではありませんでした。SNSでの出逢いで、なぜツインレイと解るの?もしかして、ロマンス◯◯じゃないの?と思われる方もいるかもしれません。詳しくは書けない内容もありますがツインレイとの膨大なやり取りの中で思わず確信せざるを得ないサインがたくさん散りばめられていてまるで、点と点が繋がるようにわたしたちの間で次々と物語が紡がれていきました。そして、その物語は決して思い描いていたような甘美で生易しいものだけではなく物語の中に入り込んでいた最中は激しく感情と思考が揺さぶられまさに破壊と再生のプロセスそのもの。何よりも辛いことは魂のカルマに向き合わされる経験を通過しなければならなかったことです。それでも、わたしはこの旅路をジャーナリングのように1冊のノートに綴り続けてその瞬間の想いをすべてひとつひとつ残してきました。そして、彼とのやり取りのすべてはSNS上に文字として残されています。それこそが、わたしたちがリアルではなくSNSで出会った意味のような気がしています。(彼は日本語で送り、わたしは英語で送りました)たとえ外国人同士であっても翻訳アプリやChatGPTを駆使して相手の言語に合わせて会話できるのもこの時代ならでは。笑わたしはただ物語をこうして言葉にしながら振り返ることで物語の主人公の視点から抜け出してわたしたちの物語の紡ぎ手の視点からただ眺めてみたいだけなのです。そして、紡がれた物語をすべて信頼して愛おしんで、面白がって、味わい尽くしてその先の世界で物語を越えた現実を、創造してみたいのです。それが、彼との出逢いを通してほんの短い期間で、大きな変容と再生を味わった今のわたしにできることだと思うから。彼がわたしに送った言葉の数々や2人の間に現れたたくさんのサイン物語を織りなす点と点が繋がって大きな虹のような愛の架け橋となった時に一体どんな物語が描かれるのだろうわたしたちの想像を越えたところですべては起きている気がしてなりません。物語は、ここから始まります次の記事へ続きますね。お読みいただき、ありがとうございました。merry∞butterfly
I'm Home.わたしは、今この瞬間内側にすべてが満ちあふれてただわたしとして、存在している。ずっと探し求めていた還りたかった場所はほんとうは最初からわたしの中にあったんだ。ここが、安息の地。ただいま、わたし。おかえり、わたし。I'm Home.__________ずっと離れていたこのブログを更新するのは気づけば7年ぶり。いくつかの記事を除き過去のほとんどの記事は非公開にしました。2015年に、魂な片割れに出逢ってから数えるとあれから10年。本当にいろんなことが変わっていきました。そして2025年に入ってからはさらなる大きな手放しと変容を体験している真っ只中。もう新しい自分として羽ばたくと決めました。そんな決意と覚悟をひとひらの言の葉に乗せてわたしの想いを、ここに綴っていきます。あらためて、どうぞよろしくお願いしますmerry∞butterfly(まずは「書く」という習慣を取り戻すべくコメント欄はしばらく閉じさせていただきますね)
今年のGWは、飛び石連休ですが家族に先駆けて、休暇を取った今日待望の実写版『美女と野獣』を見てきました色々な方が、すでに素敵な感想を書かれていてみなさまの文章力に、感動・共感しきり!わたしも例にもれず『美女と野獣』大好きです…初めて観たのが、もう25年前だなんて驚き!まだ恋とか愛とかあまり興味のない中学生になるか、ならないかの頃にこのアニメーションを観ました。ただただ、賢くて潔く自由と冒険を求めるベルに憧れて…それから時は経ち今から10年前、自分の結婚式ではお色直しで迷うことなく、黄色のドレスを選びましたアニメもよく字幕版で観ていたので今回も、字幕版で。歌もすべて、当時のままで耳馴染みのいい英語と、時々交じるフランス語。(ルミエールが「シルブプレ」って言ってたり🎵)当時から舞踏会の場面が大好きでした♡映画が始まると初っ端から、訳のわからない言葉にできないほどの涙があふれて上映中、ずっとすっとボロ泣きでした。大好きなアニメがリアルな人間の表情で描かれているというその感動はもちろんのこと野獣の心の機微の一つ一つが細やかに伝わってくるたびにわたしの中の何かが震えてしまいました。そして、映画に登場したセリフDon't be afraid. (恐れるな)その言葉が何度も何度も胸に響きました(ここからは、わたしなりの解釈です)恐れという幻影によってわたしたちは真実を見失ってしまいます。それは、過去の経験などで傷ついてしまった心を感情の中に封じ込めることで生まれるもの。傷ついた心はもう傷つきたくないと必死に心を守ろうと自分で自分に「呪い」をかけるのです。どうして魔女は王子様とお城に呪いをかけたのか?今回の映画では、アニメに比べて人間性がより深く描かれていますが野獣は、野獣になる前の王子様の時から「僕は、一番欲しい愛を得られない」という「呪い」を無意識に自分にかけていたのでは?魔女はそれに気づかせるために「美しさも醜さも超えて、真実の愛を学ぶ」そんなわかりやすい呪いをかけたのでは?そんな風に、わたしは解釈しました。わたしたちの人生で起こるすべてのことは自分を守るための無意識の呪いに気づかせるために起きているのだとしたら。その「呪い」を解く魔法の鍵はやはり自分の心の中に隠されているのだろうと思います。「美しい」という意味の名前を持つベルも「醜い」代表のような野獣も閉じ込めた感情を受け入れて人と違う自分を本当の意味で愛せたときに無条件の愛という名の鍵が呪いを解いてくれるのでしょう愛と恐れは共存できません。何かを恐れているとき、人は愛を見失う。けれども、恐れと向き合い、乗り越えたとき人はもともと内側に持っていた愛に気づき愛そのものとなる。そこには、どんな恐れも入り込めない。『美女と野獣』を観て改めて気づかされました。若干、ネタバレになっていたらごめんなさい…お読みくださりありがとうございます♡
最近、本業が忙しいながらもプライベートでも、充実している4月。家族や兄弟、憧れの大好きな人たちとつながりを感じられる時間をじっくりと味わい、感謝する日々です。先日は、念願だった田宮陽子さんの「わかちあいの会」にも参加することができ心の洗われるような時間を、過ごさせていただきました。その「わかちあいの会」の中でわたしにとって印象的だったテーマのひとつが「魂仲間を見つけること」でした。それも、友達になろうとするのではなくまずは「仲間」になること。興味とあることに沿って数人の仲間を作ったのですがそのグループの方々とは同じ職種だったり、同郷だったり…不思議にもつながりがあり宇宙の流れに乗っていることをあらためて実感しましたわたしたちが生まれてから出逢う家族・配偶者・こども・友人・メンター…そして、もちろん魂の片割れも…出逢うことを前もって決めてきて宇宙の采配があって出逢えた存在。約30数年前のこと生まれたばかりの、わたしの写真を今は亡きおばあちゃんが「本当にめんこい子だ」と地元の新聞に送ってくれたそうで。生きるのが本当に辛かった20代の頃その話を初めて耳にした時どれだけ救われたことか。「ああ、わたしがこの世に生まれたことを喜んでくれる人が、ここにいるんだ」このおばあちゃんの孫で良かったと今も感謝しかない。ところで、わたしが人生の使命だと思っていることのひとつが「大きな環をつくること」なのです。1年前にヒプノセラピーの中でわたし自身が発した言葉でもあり夢の中で、ハイヤーセルフらしき声から「大きな環をつくるのです」と言われて「はい」と返事したり。どういう意味なのかずっとわからずに来ました。なんとなく感じるのは「大勢の人を集めるのではない」ということ。仲間は数人でいい。少人数の仲間が、いくつもあるのがいい。今ふと思いうかぶことは「大きな環」=愛の循環なのかもしれません。人生では、誰しも物事の両極を体験します。仕事で、成功や失敗を味わったり家族の中で、愛も孤独も経験したり人の生死に、大きな影響を受けたりと。愛する人との出逢いで味わう希望と絶望も、そのひとつ。それらの両極の体験の中で光も闇も味わい感情に翻弄されることもあります。苦しみや悲しみの原因は今起きている出来事のせいなんだと思うこともあります。でも、それらの光も闇も必要だから存在しています。もともとはすべて内なる宇宙の中で起こっていること。以前ある場所で「人は生まれる時に、ロウワーセルフを刺激する環境を選んで、生まれてくる」という話を聞いた時、衝撃でした。だから喜びだけでなく逆境や苦しみも魂には必要だから存在するそしてその苦しみ=ロウワーセルフは必ず、ハイヤーセルフによって癒すことができるものであると信じることも重要なこと。ローワーセルフの視点で見ると負の連鎖にしか感じなかったことがハイヤーセルフの視点から見たら実はそこに、愛が循環していたそういうことは人生ではよく起きうると思います。さっきの話に戻るなら「わたしなんか生まれてこなくてもよかった」と、ロウワーセルフが思っていたとしても「生まれてきてくれたことを喜んでくれた人がいる」と知ることだけでハイヤーセルフが、瞑っていた目を開き起きたこと自体は変わらないのにそこには確かに、愛があったことに気がつくことができます。わたしは、生まれてくる子どもたちの人生に大いなる愛の循環を生み出したい。子どもたちが経験する喜びも痛みもすべては愛の循環の中で起こっているのだと子どもたちが感じながら成長できるようにわたしたち大人が子どもたちを愛をもって受けとめられる社会のしくみを作っていきたいのです。親御さん、産婦人科医、助産師、保健師、小児科医、歯科医師、看護師、保育士、幼稚園や学校の先生、指導員…それらの子どもたちを守る立場の人たちの力を結集してひいては、社会全体に大いなる愛の環を作れたなら…!逆に、これだけはしてはならないのは子どもたちが自然に経験するはずの葛藤や痛みを大人が先取りしないこと。つまり過保護や過度なしつけはしてはならないのだと思います。大いなる愛の環をつくること新しい地球の子どもたちのために生きてゆくそれがわたしの使命そう思っています。児童擁護施設や入院児の病棟保育なども見てきています。自殺未遂した親御さんのお子さんも保育園でお預かりしたこともあります。もちろん綺麗事だけではつとまらない。最初の仲間を作る話から話がだいぶ飛躍しましたが…今だから、書きたいことを思うがままに綴ってみました。先日、田宮陽子さんとお話しした際に「何している方ですか?」と聞かれ「保育士です」と答えると「あなたは、その教育的なことをステップに何か他のことをしていく気がします」と仰って頂き、とても嬉しかったのです。そして、ずっと置き去りにしてきた「大きな環をつくる」という使命のことをあらためて思い出したのです。これこそがわたしが目指す一番星お読みくださりありがとうございます♡
愛、あい、Love世界中で使い古されてきた言葉なのに、永遠に色あせることのない言葉。「わたしはいっぱい愛を持っている」ずっと忘れていた、真実。そのことを、やっと思い出しました。「愛するために生まれてきてるのだから、それを抑えることはないの。愛は、外側に求めなくとも、ちゃんと自分の中にあるんだよ」わたしの中の、わたしの声。ずっと望んでいる愛を、まずは自分が自分にたっぷりと与えていこうと思います。すべては、もう一人の自分のような、大切な人と出逢ったことから始まりました。わたしもあなたも愛しています。ありがとう。viaMake it my life to Love Your own website,Ameba Ownd