こんにちは、はじめまして!
四柱推命を使ってあなたの人生を開運にみちびき“ごきげんさん”にするアドバイザー
すばるchieです。
わたしのことを知ってくださったかたのために
自己紹介をさせていただきます。
シングルマザーで高校生の娘と奈良で2人暮らし。
一級建築士として仕事をしながら四柱推命鑑定師としても活動させていただいています。
最後まで読んでいただけると嬉しいです♡
幼少期
大阪で、共働きの両親のもとに長女として生まれたわたし。
両親は留守がちで、祖父母と一緒にすごすことが多く、おばあちゃんっ子として育ちます。
学校に行く前にテレビの今日の占いを見るのが好きな女の子でした。

高校生になったわたしは、母から薬学部への進学をすすめられます。
でも高校3年の夏休みに、小さいころ両親に連れられて家を見に行くことが好きだったことを
思いだして、建築の道もいいな、と思いはじめます。
進路についてどうしようか悩んでいると、大好きなおばあちゃんが四柱推命の先生のところへ
連れて行ってくれたのです。
こんな本格的な占いは初めてでドキドキするわたしに、先生は優しく、
“私”のことについて深く教えてくれました。
わたしには土に関係する仕事が向いていて、建築の道はとても合っているから自信を持ってね
と言ってくださったのです。
もともと占いは好きでしたが、人生で初めて本格的な鑑定の凄さを知りました!
そして祖母にも応援してもらって建築学科に入学します。
社会人としてスタート
大学では楽しく学びましたが、卒業するころは就職氷河期……
100社以上を受けて、何とかギリギリハウスメーカーに就職することができました。
でもこの当時の建築業界はまだまだ女性が少なくて周りは男性ばかりの環境。
不安に思うこともありましたが社会人としてのスタートをきります。
建築が大好きなわたしは、夢のマイホーム作りのお手伝いをする仕事を通じて
お客さまの心からの笑顔を見ることができ、
“これはわたしの天職だ!と心から思い、”生きがいとよろこびを感じていました。
突然の結婚
そうして仕事が乗りにのってうまくいっていた20代後半に差しかかった頃。
当時付き合っていた男性との間に子どもを授かるのです。
思ってもみなかった突然の妊娠に驚きましたが、そのまま結婚することになりました。

子どもが出来たことはとても嬉しかったのですが、結婚生活は夫とまったくうまく行かず
考え方のすれ違いからケンカばかり……
夫はしだいに仕事もうまくいかなくなり、毎日酒におぼれて夜中に帰ってくるようになりました。
ある日、朝起きると家の壁に大きな穴が!夫が酔っぱらってあばれたのです……
とても不安になりましたが、“子どもが生まれたら酒グセがマシになるだろう”と
あわい期待を胸にすごす日々。
でも。夫は変わりませんでした。
それどころか娘が生まれてもますます酷くなるいっぽう。
そしてついに、娘がまだ5か月のおおみそかの夜。ガマンの限界をむかえてしまうのです。

その日も真夜中過ぎるまで、お酒を飲み歩いて帰ってきた夫。おおみそかなのに……
実家の玄関先で帰ってきた夫と、遅い帰宅に文句を言ったわたしは取っくみあいのケンカに。
そしてなんと!そのまま夫が行方不明になってしまったのです!
そこから揉めにもめて泥沼離婚へ……私は1才の娘をかかえたシングルマザーとなりました。
離婚後
離婚後もハウスメーカーでの仕事を続けていましたが、毎日夜遅くまで仕事があり、
土日も休日出勤もある……
まだ幼い娘を保育園や実家に預けながら何とか仕事を続けていました。
でもある大雨の日。仕事で帰りが遅くなり、真夜中に実家に預けていた娘を迎えにいき
車で帰る途中のことでした。
“早く帰らなきゃ!”と気ばかり焦っていました。
そんな状態で運転していたわたしの目の前に、人がパッと飛び出してきたのです!
ぶつかる寸前でハンドルを切ったために事故には至らなかったのですが
危うく交通事故をおこしてしまうところでした。
こんな状態では仕事を続けることができない……
わたしは本当に大好きだった仕事を泣く泣くあきらめて退職することにしました。
30代
30代になり、世の中はリーマンショックで不景気。やっと入った新しい職場も雇い止めになってしまいます。
仕事も失って、保育料も払えず。
おさない娘がいるのにおサイフの中に小銭だけ、という最悪の状態に……
このままではいけない!とそこから子供を寝かしつけた後に夜中まで必死に猛勉強し
一級建築士と公務員試験に同時合格しました。
あー、よかった。これでわたしの人生も安泰だと思いました。
ところが、わたしはさらにどん底に向かって落ちていくのです。
入庁先で上司から酷いパワハラを受け、精神的に参ってしまいました。
その上司はとても気分屋で、わたしのやることなすことがすべて気に入らず
機嫌を悪くして、人前でどなりちらすのです。
わたしの全てを否定され、大声で“あいつは仕事のできないやつだ”、と
周りの職員に言いふらされたりしました。
ある時は、わたしがクレーム対応で困っている時に、上司が他の職員をみんな引き連れて
飲み会に行ってしまうという、信じられないこともありました。
新人だったわたしは、途方にくれ、どんどん人間不信に陥ってしまいます。

やがてストレスによりごはんも食べられず、低血圧・低体温症となり、立つこともままならず
生死が危うくなりついにドクターストップがかかりました。
でもわたしが働かずには生活することができない……
そんな時にある男性と出会います。娘と3人で暮らすようになり、やがて結婚話が出るような仲になっていきました。
わたしのことを心配してくれていた母にも彼を紹介し、母は安心して大喜びしてくれました。

しかし、その喜びもつかのまでした。
ある朝起きると、家のものと一緒に突然彼が消えていたのです!
まさかその男性は結婚詐欺師だったのです……
だまされて家のものやお金を盗まれほぼ無一文に……
これは警察ざたになりました。
体力的にも精神的にも完全にノックアウトされたわたしはうつ状態になり
さらに食事も取れずどんどん激やせ、弱っていきました。

そしてある日。ついに、限界をむかえ職場から家に帰ると気を失ってしまったわたし。
朝、目をさますと空っぽの冷蔵庫の前で、お菓子のゴミを握りしめたまま倒れている3才の娘の姿が!
今思い返してもつらい、最悪の光景です。母として娘を守ることもできない……
娘は日に日に弱り、とびひを悪化させて保育園にも行けなくなり
親子で寝込んでしまいました。
“この先どうなるのだろう。娘と2人で生きていけるのだろうか。”
布団の中で、絶望で涙があふれてきた時、どこからともなく亡くなったおばあちゃんの声が聞こえてきたのです!
”Chieちゃん!元気だして”
四柱推命と再び出会う
わたしは涙をぬぐい、高校生の時に祖母と訪れた四柱推命の先生のことを思い出し
藁にもすがる思いで這うように先生を訪ねるのです。
鑑定師の先生は、“よく来たね、もう大丈夫”とふたたびやさしく声をかけてくださいました。
“他人は変えることができないけど、あなたはすぐに変わることができる。
人生は考え方次第で未来を変えられる“と言われ、わたしは涙を流しながらハッ!!と
を我を取り戻したのです。

先生のひとことで、再び自分らしさを取り戻したわたしは、”パワハラ上司に変わって欲しい”と
期待ばかりしていたことに気づき、自分の考え方と行動を変えることにしました。
そこから不思議とだんだん周りからも助けてもらえるようになりました。
人生が上手くまわり始め、今度は国家公務員にチャレンジして働くことに。
そしてコロナ禍で
しかし世の中の情勢がコロナで一気にかわりました。
在宅ワークが増えたことで、今までの仕事第一で帰宅も遅い、さらに
飲み会や出張ばかりの働き方に疑問を持ち始めました。
“本当のしあわせってなに?”“本当の豊かさって何?”と。
そんな時、YouTubeでたまたま占い研究家の羽賀ヒカルさんに出会います。
これが運命の出会いとなったのです!
大好きだった四柱推命を本格的に学ぶきっかけをいただき、5つの流派を勉強しました。
そして年間200人以上を鑑定しました!
今では信頼できるたくさんの仲間と一緒に鑑定師育成講座の講師としても活動するようになっています。

建築士として働きながら気づいたことは、どんなにいい家を作ったとしても
そこに暮らす人が自分らしく輝き、しあわせでいなければ全く意味がない、ということ。
自分らしく生きるために、四柱推命が助けになってくれます。
まずは、ご縁をいただき、わたしと関わる人たちに四柱推命を使って本当の“自分”を知っていただき
“ごきげんさん”にしたい。
“ごきげん”とは、自分の心が良い感情であふれている状態で、心が“ごきげん”であれば
プラスの感情がうまれて、行動につながり、さらに良い未来を切りひらくことができる!
1人の“ごきげんさん”から、周りの人も、世の中も“ごきげんさん”にしていけるように!
“ごきげんさん”は人生のたからもの。
四柱推命という最強開運ツールで、“ごきげんさん”の和を広げていける仲間を増やし
しあわせサークルを回せる人を広げることがすばるchieのミッションです!
