うちの木工所は戦後すぐ私の父の代で創業して


60年以上がたつのですが、当初、先行する木工所が


多くあり、後発組みの入り込める余地というものは


ほとんど残されていませんでした。その結果どうなったか


というと私の父の選択は、必然的に既存の木工所


がやっていないことを手がけるというものになり、


「できることならなんでもやる」というスタンスを作り


上げて父の死後、私もそれを引き継いできました。


 とは簡単にはいえるものの、実際にやってみるのは


実に困難なことであり、グータラな弟子であった私は


父のテクニックを相当部分見逃した挙句に父の死という


状況を迎えてしまって、一昨年位までは、毎日が緊張


の連続だったように記憶しています。


 というわけで、何でも屋の成果の一部を↓


に掲載してみました。







風童子の仕事部屋 in HIROSHIMA


 近所の建具屋さんに頼まれて作った建具です。

まだ完成形ではなく、ここから建具屋さんが

完全なドアに仕立て上げ、注文主さんのお住まい

に取り付けに行かれます。

 この建具屋さんは昨年廃業されました。街の職人

さんが次から次にと廃業されていくなか、将来

住宅のメンテナンスや修理は誰が請け負うのでしょうか?



風童子の仕事部屋 in HIROSHIMA


これも別の建具屋さんからの注文で楕円の

落とし込みのある建具です。マンションの

エントランスによく見受けられます。