今日は3月1日。
6年前の今日、僕が世界で一番好きなバンドであるsyrup16gが解散しました。
そんな日に僕はと言えば、大風邪をひいて寝込んでいます。
本当ならシロップを聴きながら献杯などしたいところではありますが、今日は酒はやめておこうかな。

例え世界中とはいかなくとも、日本中ののけ者達は、少なくとも僕個人というのけ者はシロップの歌に救われていたし、大好きだった。
例え依存と揶揄されようが、こういう歌は思い入れで聴くものだし、製作者の思惑を外れて独り歩きしても仕方がないものだと思う。
それがきっと五十嵐さんとしては重荷になっていたのだろうし、最後のアルバムを作った時、これ以上はシロップというバンドに求められるものを作り出せないという思いに至ったのではないか。
彼は今頃どうしているのだろう。
コイズミ君から五十嵐隆復活ライブなるものの報を聞いてからも随分と経っている。

昨日より今日が素晴らしい日なんて分かってる
そんなこと当たり前のことさ

この言葉の内包する意味を汲み取れる人とは、僕はきっと友達になれる。
やあ、君も好きなのかい、友達になろう、と言える。

今日はsyrup16gが解散した日だ。
僕達が一人で、独りで歩かなければならなくなった日だ。
あれから時間は流れて、僕達は生きてきた分だけ歳を取った。
汚れても傷ついても乗り越えてきた。
世界中ののけ者共よ、今日は飲め。
明日からも生きていく為に。
僕も飲む。
5月ももう終わりですね。
なんだかずっと風邪をひいていた気がする、5月。

今月はゴールデンウィークもあり、何だかんだ飲み会もあり、楽しいはずの春なんだけれど、実際は何も楽しくなかった。
それは風邪をひいていたからってだけじゃなくて、なんせ仕事がうまくいかなかったからということに尽きる。
仕事がうまくいかなかったらプライベートも心からは楽しめない。
本当に試練の年だよ今年は。
これを乗り切れば成長出来るのか。

人間関係って難しい。
そんなこと中学生の時から知ってるけど、中学生の時分よりも複雑化しているのかこれって。
そんなこともないような気がする。
結局ロジック的には単純なことで、守らなければならないことが増えたから我慢しなければいけなくなっているだけなのだ。
自分のストレスよりも優先すべき事柄があるのは大変にいいことなんだけど。

そんなこんなで碌でもなかった5月。
でも初っ端のブラフマンのライブはすごくよかったぜ。
あれはいいバンドだ。
そしてkuramitsuhaのライブもすごくよかったぜ。
あれはいいバンドだ。
音楽が好きでよかったな。
そんな毎日。
成るように成るし、成るようにしか成らない。
僕の友人がよく言う言葉です。
それはすごく真実だけど、そこに自分の意思を介在させていけたらいいなと思ったのでした。
href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130429/23/merry-more/09/c6/j/o0800060012519058652.jpg">排除する骨。-ちぃ公園1
排除する骨。-ちぃ公園2
この二日間、妻が職場の研修に行っていたので、息子と公園に行ったり、本屋に行ったり、寿司屋(回転)に行ったり、仮面ライダーウィザードのDVDを観たりしてました。
公園で何度も転けたり、すべりだいに蟻が居て滑れなかったり、とうちゃんだっこ・とせがんできたり、かっぱ巻きのきゅうりを食べなかったり、ケーキ食べたいとねだられたり、愛らしいことこの上ない。
「とうちゃんはきみのことがだいすきやで、しってた?」って訊いたら、「うん、しってた。」だって。
親は子を愛するように出来ているのじゃの。
伝わってくれていたのなら、それはとても嬉しい。
排除する骨。-DSC_0291.jpg

そうだ嬉しいんだ生きる喜び、例え胸の傷が痛んでも。
アンパンマンの過去に一体何が、僕です。

無事、この四月から息子が保育所に通うこととなりまして、親としては嬉しいような寂しいような。
ずっととうちゃんの腕の中でかわいこかわいこしてたいけど、そういう訳にもいかないですからね。
寂しいのは息子も同じのようで、毎日保育所では大泣きしていたらしいです。
甘やかして育ててしまったので、本当に気が弱くてわがままで泣き虫で、親としてはそこがものすごくかわいいところではあるのだけど、ちゃんと周りとうまくやっていけるのか心配で心配で堪りません。
と、思っていたところにこの連絡帳(画像参照)ですよ。
じいんとしました、とうちゃんは。
子供の成長は早いなあ。
正直なところ、今は仕事がしんどいんだけど、この子を守る為に、例え世界中の誰に嫌われても、世界中に嫌われてもがんばろうと思ったのでした。
僕の地元には所謂被差別部落というものがあり、その影響だと思うのだけれど、所謂同和教育というものが他地域よりも相当多く行われていた。
僕自身は部落の生まれではないし、部落の生まれの子に全く差別心らしきものは抱いていなかったのだけれど、その「部落が存在した」という事実が許せない大人が多数居たのだな、恐らく。

個人的には、同和教育というものは、あってもいいと考えている。
ただそれが、僕が受けたものと同一のものが延々と、脈々と続くのであれば、話は変わる。
僕達の受けた同和教育とは所謂「教育」ではない。
「洗脳」に近いと言ってもいいだろう。
教育それ自体が洗脳と言ってしまえばそうなのだけれど。
兎に角、僕達が受けた同和教育とは、個人の考えなど割って入るべくもない、只々「差別はいけないものです」という思想を刷り込む為だけのものだった。
いわれのない差別がいけないと考えるのであれば、何故いわれのない差別はいけないのか?
それを考えることこそが大切なのではないか。
僕は高校生の頃、正直に考えたことを授業の感想文として提出したら、放課後に教師に呼び出され、僕という個人を否定し、将来の目標を否定し、家族さえも否定された。
決して非常識なことを書いたつもりはない。
マイノリティではあろうが極めてありふれた意見だったと自負している。
それが日教組のやり方だと言ってしまえばそうなのだろうが、これは非常に危険なことだ。
僕は自分の子供には、国語や算数は学校で学ばせるが、歴史や道徳の類いは鵜呑みにはするなと教えるつもりでいる。
子供には、出来る限り正しいことを学んでほしい。
日教組の支配する日本の教育現場では難しいのであれば、親が教えるしかあるまい。
親の考えを押し付けることなく(時には押し付けも必要だとは思う。)、自分で考えて正しい道を歩んでくれれば、と思う。
少なくとも、国旗、国歌、天皇陛下には敬意を払える人間に育ってほしいなあ。
昨日、仕事中に妻から悩み事を聞いてほしいとの連絡があり、普段は僕が仕事中にはそんなことを言ってこないので、ものすごく気になりながらも残業を終え帰途につく。
僕の嫌なところを一つ一つ列挙されるのか?
まさか、アレ(来月高価なヘッドホンを購入する予定。)がバレたか?
離婚の危機か?
と修羅場を覚悟して帰宅。


すると妻が息子に「今日どこ行ってきたっけ?」と質問。
息子は「じょい。」と。
じょい?
じょいって何だ?
joy?
譲位?
はっ、まさかジョーイ(謎のアメリカ人 J)と妻が浮気を!?
そこで妻が一枚の写真を取り出して見せてきた。
ここにジョーイ(謎のアメリカ人 J)が写っているのか…。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


黒い写真。

僕「???」

僕「!!!」

二人目!!!
昨日の帰りにふと思い出し、頭から離れなくなった「勧酒」という詩。


この杯を受けてくれ
どうぞなみなみ注がしておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ


元々は漢詩なのかな?
そちらはよく知らないのだけれど、井伏鱒二の訳したものが上記のもの。
後半の二行が前半の二行に比べて飛び抜けて有名な、あれ。

この詩を知ったのは、御多分に漏れず「さよならだけが人生だ」の一行。
当時、厭世感丸出しだった僕には、なんて素晴らしい詩を書くのかと衝撃的だった記憶があります。
それから時間は流れ、携帯電話やインターネットが世に普及し切った辺りに、何かの拍子に調べてみると、全文が出てきたのです。
さよならだけが人生だ、だけだと如何にも厭世的なのですが、全文を鑑みるとどうにもそうではない。
なあんだ、というのが正直なところでしたね。
僕、お酒を飲めるようになったのは割と最近のことなのでね。
それから更に時間は流れ、すっかり酒飲みになってからこの詩を読むと、何とも楽しげな良い詩ではないですか。
読み方、感じ方とは変わるものであるなあ。

もうすぐ送別会やらの季節になるので、思い出したのかもしれないな。
春は嬉しくも寂しい季節であることよな。

遅蒔きながら皆様明けましておめでとうございます。
意識を取り戻したら年が明けていた、僕です。
旧年中は大変お世話になりました。
今年もどうぞ宜しくお願い致します。

大晦日から、とは言うまい、28日ぐらいからぶっ通しで朝も夜もなく飲み続けなので、そろそろ肝臓を休ませた方がいいかもしれない。
鎖骨の内側が痛くなったら肝臓が悪いと聞いたことがある。
正にそんな状態。

風邪をひきました。
年明け早々ろくでもねえ。
病気なんてこの世から消え去ってしまえばいいのに!
病気になりたいだなんて因果なことを願うんじゃないよ、小学生達。
風邪ひくぐらいならマラソン大会で走る方がましでしょうが。

まあしかし年明け早々からいい報せもあったんだよ。
保育所の頃からの友人が結婚するんだって。
相手の親が結婚を許してくれないって、長いこと悩んでたから、この報せを聞いた時は本当に嬉しかった。
幸せにお成り、君は素敵なお嬢さんなのだから。

初夢は見ましたか?
僕は何やら軍隊のようなものに追われる夢でした。
なんだったらパンジステーク(ベトナム戦争時、ゲリラが用いた落とし穴式のトラップ)とか仕掛けられてたからね。
南国少年パプワくんのシンタローみたいな避け方しちまったよ。
一富士二鷹三茄子、鷹の夢なんて明らかに吉兆だろうけれど、幾ら徳川家康が好きだったからって、茄子農家の人以外で茄子の夢を見ることってあるのか?
僕は生まれてこの方見たことがないです。

占いによると、今年は仕事を相当がんばらなければならないようです。
しかしそれが将来の肥やしとなり花開くとのこと。
そう言われりゃやるしかない。
元よりその覚悟です。
今年もがんばります。
今日は大晦日ですね、どちら様も如何お過ごしでしょうか、僕です。
今年ももう終わりですか。
早いものでありますな、ついこの間まで暑かったような気がしていたのですが。

今年は激動の1年でした。
本当にしんどかった。
恐らく、10年後に振り返ったとしても、2012年頃が一番しんどかったなと思うと確信するぐらいしんどかったです。
少し前まで毎朝吐いてたからね、仕事に行きたくなさすぎて。
それでもがんばらないとね、自分の為に、家族の為に。
やると決めたことはやらなければならない。
いや、やるべきだ。
来年もがんばるよ。

もう今年も残すところ4時間程度。
飲もうじゃないか。
酒はいいよね。
今年も宜しく接していただいた方々、本当にありがとうございました。
来年も、どうぞ宜しくお願い致します。

はいはい、気が付けば霜月ももう終わろうとしているじゃないですか、僕です。
日々戦場、血反吐はきながら生きてます。

去る11月12日、31歳になりました。
31歳だってさ。
思えば遠くへ来たもんだ。
10代の頃には30歳の自分なんて想像もつかなかったけどなあ。
上手くはいかないことの積み重ねだけれど、悪くはない人生だ。
妻が誕生日プレゼントにブギーボードという「自分では買わないが貰えるなら欲しいガジェット」の最右翼のものと、可愛らしい置時計をくれました。
ありがとう妻。
ブギーボードは仕事で活用中、置時計は一週間と経たず息子に破壊されました。

閑話休題。

そう言えばヱヴァンゲリオンQ観てきました。
まだ観てない人の為に詳細は控えますが、最終回に向けて伏線張りまくり、寧ろ何も明かされない構成でした。
取り敢えずカヲル君はとんでもないことになっていた。
何がとんでもないって、世界中の美少年の上澄みを掬って注射したのではないかとすら思われるあの美少年感!
その上、シンジ君の壊れたウォークマンまで修理する始末!
こ、この上メカにまで強いだとぉお!
や、奴には死角など存在しないとでも言うのか…っ!!
流石は第一使徒アダム。
あ、言っちまった。
まあいいか。



そんなこんなで生きてます。
日々是戦場。
心労で体重がもうすぐ48キロ台(現在49.0キロ。)に突入。
いいダイエットだ。
いつか絶対に見返してやるぜ、腐れ外道共!