ここ数日、6月とは思えない気温で、せっかく洗濯してしまっておいた長袖の服を引っ張り出して着ています。

暑いのは嫌いだ。

大嫌いだ(夏が嫌いな人ってどれぐらい居るのかね。憂鬱だな、夏が来るのは…。)。

なので、本来ならばこの涼しさは喜ぶべき事態なんだけど、如何せん仕事中寒い。

風邪をひきそうなぐらい寒い。

また明日、明後日と暑いらしいし、こうも気温の上下が急だと、気温に順応する前に体調を崩してしまいそうだ。


そう言えば、昨日遂にtaspo発行の申請をしました。

申請はしないつもりだったんだけどね。

家で居る分には特に不便もないとは思う(俺はカートンでは買わないけど、常時2、3個ストックしている。)けど、出先でたばこが切れた時のことを憂慮して。

こんな下らないことに巨額の資金を投じて、何を考えているのかね。

法律で禁じられているだけで、悪だとは断定出来ないだろ。

禁じるから破れば悪になる訳で、未成年の反社会性を増長させているのは寧ろその禁だろう。

未成年の喫煙は社会への反抗の象徴だよ、多分。

少なくとも俺はそうだった。

だからと言って、今現在喫煙の習慣がない人は無理に吸い始める必要性は全くないけど。


喫煙者が減れば減るだけ地方財政は圧迫されるということは自明の理であるにも関わらず、喫煙者の権利が減衰の一途を辿るのは何故か。

喫煙という行為は(理不尽に!)社会的に悪とされているからである。

我々喫煙者は、たばこを購入することにより、たばこ税というものを地方に納めている。

要するに、たばこ税を納めることで喫煙権を購入しているのである。

非喫煙者は遮二無二嫌煙権を主張するが、我々が地方に納めたたばこ税を以って得られた恩恵を享受する以上は、マナーに反しない喫煙に関して文句を言う権利はない。

…筈なのだが、健康であることが正義であると言っても過言ではない昨今、喫煙者は悪なのだ。

論理的に破綻していようが、特に理由もなかろうが(そもそも、明らかに副流煙によって健康に害を被ったと証明されたことがあるのだろうか。)、喫煙者は悪なのである。

まあ、誰に何と言われようが、俺は自分でやめると決めた時が来るまで(もうやめる時は決めてある。)は喫煙をやめないよ。


非喫煙者が言わんとしていることも、分からないではないんだけどね。