トランプ大統領をメディアで見聞きしない日はない。
この大統領の名を聞くたびに、思い出すことがある。
あれは、アメリカ大統領選が終わった後の、
2016年11月9日。
むろらんが亡くなって、まだ1ヵ月も経たないこの日。
選挙で敗れたヒラリー・クリントン候補が、
『敗北宣言』を行った。
アメリカ大統領選では通例、
いわば行事の一環であるこの敗北宣言であるが、
この時のわたしには、非常に響いた。
ヒラリー候補の言葉に、ではなない。
その、敗北を認めるという、潔さに。
――――― そうだ、わたしは、負けたのだ。
胸に強く突き刺さる、「敗北」という言葉。
わたしたちの意識では、がんを敵として扱ってはこなかった。
だが、むろらんとがんに向き合った日々を、闘病というならば。
完全なる、敗北である。
やれることは、全身全霊をかけて、全て、した。
だからこそ、認められる。
――――― 完全なる、負けだ、と。
敗北を受け入れた、その上で。
――――― あれが、むろらんの寿命だった。
こう、落とし込むことが出来た。
潔く負けを認めるのも、悪くはない。
敗北者が、『次』に歩みだす為の区切りとなるのだから。