朝のほんのちょっとの違和感から、「アワワ」状態、
そして、最終発展系「ム゛~」状態に至るまで、わずか3時間ほど。
嘔吐が始まったことで、もはやHPもMPも、マイナスに振り切った。
貴重な休日、むろらんと少しでも一緒にいたかったが、
さすがにその日は自宅までむろらんに送ってもらい、養生した。
帰宅後、トイレとお友達、いや、常に共にいる『常友』となりながら、
スマホで該当する症状を調べ。
『嘔吐下痢症』、この時点で初めて、この言葉が浮上した。
原因はウイルス、今のところ効く薬はない、
食べても飲んでも吐くだけだから、
絶飲食してウイルスが身体から出ていくのを待つ、
ただし脱水に気を付けること。
抗生物質の薬がないのなら、病院に行くだけムダだな、と判断し、
経口補水液OS-1を傍らに、ただひたすら安静にすることにした。
(※他の病気の可能性もあるので、真似しないでください。)
そのお陰か次の日には、むろらんと陶板浴に行けるくらいになった。
むろらんは「大丈夫なの?」と驚いていたが。
「陶板浴の施設自体が気持ちいいから、
あの空間に少しでもいれば良くなる気がする」
というわたしの希望に沿って、連れて行ってくれた。
本音は、少しでもむろらんと一緒に過ごしたかっただけだけど。
脱水にならない程度に、陶板浴も早めに切り上げ、
浴後のティールームで、いつもよりゆっくり過ごした。
症状は昨日より落ち着いていて、30分程度の運転はできたけれど、
何か口にすると吐くか、下痢するから、
何も食べず、ただOS-1だけをちびちびやっていた。
「OS-1、おいしー」
と満足していたら、すかさず、
「OS-1がおいしく感じるなら、立派に異常だよ」と、
同じくそれにお世話になったことのあるむろらんは言った。
実際に1週間程たった頃、
あれだけおいしく感じたOS-1が飲みにくくなってきた。
それにあわせて、回復食を始めた。
断食を1週間しているのと同じ状況である。
赤ん坊のように自分の消化器を扱い、摩り下ろしりんごから始めて、
ゆっくりゆっくり、日にちをかけて消化器を動かしていった。
結局、固形物を食べれるようになるまで1週間、
きちんと食事が取れるようになるまで、2週間かかった。
ちなみに8日目、わたしたちは往復6時間の登山をしている。
記念すべき固形物第1弾は、碓氷峠の力餅だった。
そして感染症にかかった当初から翌日の陶板浴、
更には登山までのこの一連の行動が、
むろらんにこう評されることになる。
「すげえ精神力だよな」
むろらんの我慢強さは、わたしの目から見ても相当なものだ。
そのむろらんに、「すごい」と評された。
無知ゆえに取るべき選択を誤り、
ただただ必死だっただけの行動だが、
むろらんにはその必死さが響いたようで。
むろらんが撮ってくれた、
湧き水ハンターとしてはじめて敗北した時のわたしの写真。
この写真を見るたびに、わたしはむろらんが認めてくれた、
自分の精神力を誇らしく思うのだ。
