世の中的にお楽しみイベントが満載な12月から年初め、
更に仕事始めの連休明け、勢いに乗って浮上傾向の熱も、
身体的疲れと共に、冷えてきた頃であろうか。
そんなテンション底上げ的な12月から年始の独特な雰囲気に、
しばらく治療の話題を休止していたが、再開しようと思う。
抗がん剤の、話だ。
去年、むろらんが抗がん剤治療を始めるまでの話を書いた。
始めたからには、終わりは必ず、来る。
そう、このテーマは、抗がん剤治療が終わるまで、続く。
正直、あまり愉快ではないテーマではあるが、がんに関わったら、
必ず向き合うことだから、今しばらく、お付き合いいただきたい。
その前に改めて、抗がん剤に対する『わたし個人の見解』を、
記事の前提としてあげておこう。
『現時点』でのわたしの抗がん剤に対する評価は、
自分がなんらかのがんに罹患し、抗がん剤治療を提案された場合、
「時と、場合によって」使うかどうかを判断する。
が、むろらんの闘病当時は、抗がん剤には、懐疑的だった。
抗がん剤がよく効いた例を身近に目にしてもなお、そうだった。
だからこのブログでは、その当時の心境を
そのまま表現することになる。
時としてそれは、無責任かつ、過激な表現になるかもしれない。
だがそれは、今現在、抗がん剤治療中のサバイバーの方たちの
命を懸けた選択を、決して否定するものではないことを、
あらかじめお断りしておきたい。
そして、だからこそ、
今現在その治療を勇気と希望をもって決断したあなたに、
賛辞と祈りを贈ろう。
※『祈る』行為による効果は近年、アメリカの研究において、科学的に実証されている。宗教的行為とは、なんら関係はない。
『どうか、勇気と希望と共にその治療を受けているあなたに、
その薬が最高最善最短に、すばらしい効果を、発揮致しますように』
今なら、このような言葉も、なんの葛藤も嫌味も抵抗もなく、
心からの願いを込めて、何の躊躇もなく口に出し、
素直に祈ることもできるのであるが。
――――― むろらんの時には、どうしてもこれが、できなかった。