笹野富美夫さんの闘病記、
『肝臓ガン末期 余命3ヶ月の宣告から克服までの末期ガン闘病記』。
その中の、『末期がんに対する治療は、今も昔も、変わっていない』
という記事に、眼を奪われた。
笹野さんが末期がんと闘っていたのは、2005年前後。
杉浦貴之さんの雑誌『メッセンジャー』が、創刊した頃。
今から10年以上前だ。
そのほんの数年後、わたしの父が、がんで亡くなり。
それから、友人3人のがん死が続き。
そして、むろらんの事例を間近に見て、思う。
―――― 末期がんに対する治療は、今も昔も、変わっていない。
笹野さんが闘病していた時代より、インターネットが爆発的に普及した情報社会の今、末期がんからの生還者の情報は、増えている。
生還者は、病院の治療と並行、または拒否して、東洋医学や代替療法、民間療法など取り入れ、自分で信念をもって、がんと向き合った人が多い。
対して、病院での治療に目を向けると。
末期がんに対して、はなから降参しているのか、
相変わらずの抗がん剤での延命のみ。
そもそも抗がん剤の奏功確率も、「効いたら、ラッキー」くらいのものだ。
ガイドラインがそうなのだろう、そこは病院を責めるところではないが。
末期がんや難治性がんからの生還者には、主治医に遠慮して、隠れて健康食品を使ったり、自分で信じた治療法を実践したり、とにかく病院の治療だけに頼らない人が、多い。
そして、むろらんも。
実に柔軟に、愚直に、素直に、生きるために、出来ることの全てを、行動に移した。
だが、それらすべてをあざ笑うかのように、むろらんは、旅立って行った。
ひとり、残されたわたしに、時折、虚無感が襲う。
そんな中、国内で最先端のはずの医療が太刀打ちできないものに、わたしたちは、よくぞ立ち向かった、よくやった、と、自分で自分を慰めたりして。
それを裏付けるかのごとく、
「めろらんがいたから、がん発病から、2年も生きたんだよ」
ありがたいことに、そう、言ってくれる人も、いる。
でも。
むろらんが、『今』、生きていてくれなきゃ、意味が、ない。