※これは自分の出生図で度数を消しています。

 

♅と⦿と🌙はオーブ2度の合です。

新月生まれです。

 

 

自分の出生図において

 

水瓶座のステリウムはなかなか話題が尽きることのない

興味深い事柄なのですが、

 

もう一つ自分が重要視していることがあります。

 

「魚座」と「12ハウス」です。

 

 

「卵がさき」か「にわとりがさき」かのような感じで、

 

暗い過去があったから今の自分があるのか

今の自分を説明するために暗い過去が必要なのか

 

と時々考えます。

 

というのも、「引きこもり」「不登校」という過去があります。

これもまた水瓶座のステリウムに関係してきてしまうののですが、

 

今回は自分の魚座と12ハウスに関することを話します。

 

占星術では魚座は

「境界がなくて」「同化しやすい」「受動的な性質」

を持つと表現される。

 

 

自分の感覚としてそれらを表現すると、

 

内側にある意識や魂が風船のように軽く浮かび上がっていってしまうような感じ、

 

それは上だけではなく下にも横にも斜めにも全方向に。

 

壁もすり抜けちゃうから

目の前にないものでも不安を持ってきてしまう。

想像で自分を苦しめてしまう。

 

だから、逆に

「夢」か「仮想空間(ゲームの世界)」「ネット世界」

の方が落ち着く。

 

その理由として、

ふわふわしているイメージを枠にはめる必要があって、

それができるのは「乙女座」なのだと思う。

 

さらにこの浮かび上がるものは何?と疑問に思ったとき

「言葉」や「文字」にすることで

 

自分の中からどんどん何かが離れていってしまうような感覚が

和らぐようになるのだと思う。

 

自分が日記を書くことも占星術を学んでいるのも

この得体のしれない感覚に少しでも近づくためである。

それは「過去」なのだけど。

 


不登校になり生活リズムが崩れ昼夜逆転して

家族に迷惑をかけた自分。

 

その時自分は何を思っていたのか。

 

「死にたい」と「死にたくない」

 

「死にたい」

自分は何やっているんだろう情けないな生産価値もないし

という「希死念慮」

(その時はこの単語は認知していませんでした。)

 

「死にたくない」

災害や何かの外的要因や突発的な病気により

どのタイミングでだって人は死ぬことがあると思うと

自分は生まれてきてまだ何も価値を生み出していないのに

このまま死ぬなんて…。

 

現実世界は「一定の価値の交換」で

成り立っている世界だったから

 

生まれてきて物心ついて周りを見渡したらそうだったから

 

それを誰に教えられるでもなく感じ取って、

(魚座の水星)

一人一人の期待に応えようとして

制限がない12ハウスに押し込んじゃって

キャパオーバーになってしまったのだと思う。

 

この現実世界には行く場所がなくて、

行ける限界が限られているものだった。

(今はリロケーションしたら何か変わるのだろうけどね。)

 

そんな時にネットの世界は素晴らしかった。

 

例えばゲームなら

ふわふわしている自分に、ルール、使命、義務、能力、特徴

が与えらるから。

 

SNSはゲームのコミュニティチャットやmixiだったから

今のLINEみたいな感じだったけど、

現実では関わっていない人と関わりを持てることは精神面でも

支えになったし。

 

自分の中で自分と会話することがよくあるのと、

人が言わずともそれを感じ取ってしまうことがあるから、

傍から見たら「おとなしい子」だった。

だから現実世界が楽しく思えなかった。

※今は両方楽しいです。

 

12ハウスに冥王星があろうともネットにおいて

発信力があるわけではないです。

ただ、ネットで現実以上に信頼を置ける人の存在に

たびたび出会うことが出来るので

それに関してはありがたく思っています。