『変わっていくこと』

それが時に、とても苦しくなる。

 

 

 

 

 

変わることは、自然なこと。

昨日の私と今日の私は、同じようでいて

それでも1日分、確実に死に近づいている。

1日分、確実に老いている。

 

 

 

年単位でみると、

去年の私と今の私では

ものの見方や感じ方が変わったな、と思うこともある。

数ヶ月単位で変わることもあるかもしれない。

でもそれは、

経験を消化したり

想いを昇華したり

そういうことをして時間をかけて変わっていく。

自分の中だけで熟成させるように。

 

 

 

きっと

消化させる部分や変化のさせ方は

人によって違っていて、

その人だけの風味や味の深みになるんだと

そんな風に思う。

 

 

 

 

 

そうやって変わったものに対しては

苦しさを感じない。

進化や深化だと思える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が苦しさを感じる変化は

「こんなに簡単に!」

「軽やかに飛躍」

「過去こんなに苦しんだけど、今はとってもハッピー」

そんなワードで装飾された、

力技で無理矢理その人を変えるような

その人自身の本質や延長線上にはなかったような変化。

 

 

 

変化した後の姿は、だいたい決まっている。

個の時代や自由を叫びながら、

変化の行き先が制服化しているように見えるのは

とても不思議な現象だなと思う。

『変化』=『成功』が制服化しているせいで

より奇抜で

より突飛で

より目立たなければ、その公式が成り立たないという現象も

品がなくて滑稽だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大変化は

ドラマチックで、ワクワクして、スリルも満点で

人生を楽しんでいる感じがするだろうな

と思う。

私も、大変化を望んで起こしたクチなので、

その願望はすごくよくわかる。

 

 

 

 

 

でも、大変化を起こして数年経過した今

私は全く後悔していないか?と言われれば

「否」なのである。

 

 

 

 

 

大変化を起こさずに

今の心境に辿り着ければ、きっと、もっと良かった。

きっと、もっと幸せな人生だった。

きっと、誰をも傷付けることもなかった。

きっと、無駄にお金を使うこともなかった。

大変化を起こさずにいられれば。

 

 

 

 

 

だけどあの時の自分は

大変化を望まずにはいられないぐらいに

苦しかったし、逃げ出したかった。

自分の人生に向き合ったり

家族の人生を背負うだけの覚悟も責任もなかった。

自分の性質のことも全くわかっていなかった。

そのことに、もっと早く、気付けていれば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

きっとこの先も、後悔の気持ちはなくならないと思う。

自分の未熟さ、浅はかさ、馬鹿さが招いた失敗として

自分の中にあり続ける出来事であることは間違いない。

 

 

 

でも自分で起こした大変化が

当たり前だけど自分が思ったような良い変化にはならなくて、

だからこそ、そこから「変わらなければ」と本気で思えた。

それだけはよかったと思う。

本当に、それだけ

それ以外は絶対経験しなくてよかったなっていう思い出ばっかり。

 

 

 

後悔していても始まらないから、とりあえずそのまま生きてます。

って感じだったけど、

そんな人生でもそのまま辿っていたら

感謝したくなる出会いもあって

すこしずつ自分のこともわかってきて

幸せってこういうことかも?

私って結構幸せかも?

そんな気持ちになることが増えたし、

これからもそういう気持ちになれることが

たくさんあるんだろうなぁっていうことだけは

なぜか確信を持てている。

 

 

 

 

 

 

 

「変わらなければ」

「変わりたい」

で数年取り組んできたけど、

変わったところなんてあったのかな?と思うぐらい

私は変わらなかった。

考え方に変化はあれど、

自分らしさみたいなところ、自分の本質は

たぶんずっと変わっていなくて

これからも変わらないんだろうと思う。

 

 

 

 

 

変わっていない自分に焦るような気持ちになることもあるけど、

時間をかけてしっかりと自分の中で熟成させて(腐らせずにね)

進化させて

深化させて

そういう変化をさせていける自分であろう、と思う。

 

 

 

 

 

目に見える形で、変わっていかなくてもいい。

変わらないあなたでもいい。

人って

変わりたくなったら、

きっと勝手に変わっていくものだと思うから。

変わる自分も(誰かも)

変わらない自分も(誰かも)

同じように大切にできたらいいなと

そんなふうに思うのです。