もう年が明けて3ヶ月が過ぎようとしていますが、

今年のお正月休みに

『1年間の100個の感謝を書くワーク』

(去年のね)

というのを、やってみていました。

藤本さきこさんが考案され、ご自身でも毎年されているワークです。

私は40個ほど書いて、放置してしまいましたが・・・絶望

 

 

 

 

 

 

私が100個書ききれなかった理由は

自分の去年1年間の毎日を、覚えていないからだと思いました。

 

 

 

綺麗に忘れていました😂

 

 

 

びっくりするぐらいに、思い出せない。

2021年という1年間はたしかにあって、

私はその毎日を過ごしていたはずなのに。

それなのに私は

まったく、振り返ることが出来ませんでした。

 

 

 

 

 

例えば

映画を見に行った!とか

○○さんとご飯に行った!とか

レゴランドへ遊びに行った!とか

そういうイベント的な出来事はすぐに思い出すことができたけど、

その他の300日を

私はどうやって過ごしていたんだっけ?

なんにもなかったんだっけ?

存在していなかったんだっけ?

と困ってしまいました。

 

 

 

あと、私がノートを書くときって

基本、

モヤモヤしているとき

困っているとき

悩んでいるとき

そんな感じだから、

ガーッっと書いて、終わってしまう。

その他の、平和な日の形跡が、まったくない(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たぶん、「(特別なことは)何もなかった」日々にも

私は変わらず何かを考えたり、

人との交流で何かを感じたり、

見た映像や読んだ文章から

たくさんのことを受け取り

自分の糧にしてきているはず。

 

 

 

それなのに それを全部ぜんぶ

流れていく時間そのままに放置して

キャッチしてあげることもなく、

流してしまっていた。

そうすることで

自分自身で「なかったこと」としてしまっているんだ!と気付きました。

 

 

 

 


忘れていくんだ。

(当たり前だけど。)

過ぎ去ったことを思い出すには、

振り返るには、

自分の記憶だけじゃ無理なんだ。

ということを、今更ながら実感しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

100個の感謝ワークをやってみて、

さきこさんが「24粒」と言って

ノートに毎日のログを付けている理由が分かった気がしました。

 

 

どの日、どの瞬間に、どんなことがあって、

自分がどんなことを感じたか。

それを丁寧に記録し残していくことは

自分の人生を 確かに「あったもの」にしてくれるような感覚になります。

 

 

 

 

 

というのも、

2021年が「なかった」もののように感じたことにショックを覚えた私は、

今年に入ってから、日記をつけ始めました。

 

 

 

日記と言っても、手帳のウィークリーページ(見開き1週間の)に

ちょろちょろっと3、4行書くだけの簡単なものです。

書かない日もあって、それはそれでヨシ。

後からまとめて書くこともあって、それもヨシ。

という、めっちゃゆるいルールです🥰

 

 

気分で、シール貼って可愛くしてもいいし、

文字だけでもいいし、

とにかく年末に一年間を振り返って、

こんなことあったなぁって思い出したい!

それだけのための日記。

それでも1月のを読み返すと、

あーこの時こんなことを考えてたんだ!(←既に忘れてる)

と思い出せて、

自分が毎日一生懸命生きていたんだなって感じられて、

自分のことも、自分の人生も、

愛しく感じられます。

この感覚が、楽しくて楽しくて。

これを知ってしまったら、もう続けずにはいられませんよだれ飛び出すハート

 

 

 

 

 

 

今年の年末には、

100個の感謝を書けるといいなぁハートのバルーン

と、今から楽しみにしていますニコニコ

楽しみがあるから、

続けられています(今のところ)昇天

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤薔薇ピンク薔薇赤薔薇ピンク薔薇赤薔薇ピンク薔薇赤薔薇ピンク薔薇

 

 

 

そんなことがあってから、

さきこさんのお話を聞いてみたくなって

オンライン手帳講座に参加しました。

 

 

 

 

さきこさんのサイン入り手帳のメッセージが

私にぴったりだなぁと嬉しかったです飛び出すハート


さきこさん、ありがとうございました。


さきこさんのお話は

ずっと難しくて理解できなかったんだけど、

やっとやっと、わかるようになってきて嬉しい🥰