ちゃこちゃんのフィクサー・プロジェクトに参加しています。
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開催決定
3月6日(土)
21:00~
ゆいさん主催
ちゃこPお話会(仮)
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陰はダメだと思ってしまう方への処方箋(陰多めの方向け)
繋がった人を応援できないときの処方箋
自分の魅力をセルフ発掘する目線の持ち方
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しほさんが今日の声ブログでお話してくれていたのを聞いて
考えちゃった。
ちぇるぴー
この記事、本当に素敵だよ。胸が締め付けられるよ。
我ら闇標準搭載‼️ヘイヘイ🕺💃
何故、我らが闇標準搭載と呼ばれるのかと言うと
趣味レベルで、感情(闇)の中に潜って留まっているから。
だと私は思っております。
感情(闇)で遊んでおるのです。
ちぇるぴーは遊園地🎪に行くんだって。
私は、図書館て感じなのよね。
アリエルが自分のコレクション(人間が使う道具を集めてコレクションしてた)
を置いていたような、
暗くて誰も来ない海の底の洞窟の中に
私は本をコレクションしてあるの。
そこに並べてある本の中には
自分の記憶とか思い出とかエピソードが
瞬間凍結して閉じ込めてあって
開けばいつでもその場面のその時の気持ちを
取り出せる📖…っていうイメージ
で、その本を取り出して読み返すのは
もはや趣味なのだ。
私は、悲しい、辛い、切ない、
(いわゆる「傷」)
っていうジャンルが特に好きだから
そればっかり読み返しているのだ。
で、その本を読んでいる間は
別に苦しくもないというか
自分で選んでやっていることも最近は自覚していて
「あーこれこれ♡やっぱいいわぁ」
「何回読み返しても泣ける!」
とかね。
やってるわけです。
本当に趣味。
そして私のブログは、
その私が読んでいる本たちの感想文みたいなところが
無きにしも非ず。
誰かのブログを読むときも
あ、あのときのあれだ
とか
あ、あのときの気持ちに近いのがあったかも
とか
自然と探しているんだ。
それで、お気付きのように
私はこの図書館をぶっ壊して生まれ変わりまあぁぁぁぁす!!
ってやりたいわけじゃなくて、
(もちろん散々やろうとしたんだけど)
それを持ったままで大丈夫だって思いたかったんだ。
それ持ってるから、できることがあるよね
持ってるなら、それ使おうよ
っていうのが
ちゃこちゃんがいつも伝えてくれるメッセージだと思うのだ。
ちゃこちゃんのライティング講座で
ブログを読んだちゃこちゃんから質問を受けたとき
私は
こういうのありまっせ!って
保管してある本の中からいそいそ取り出して
「こういう本の、このページがね!」
っていう説明をします(笑)
これがこーで、切ないのぉぉ!!
あれと繋がってて、泣けるのぉぉ!!
って説明しています(笑)
そしたらちゃこちゃんは、
その本の新しい解釈を伝えてくれるんだ。
それが「そんな解釈、ありなんだ!」って思えるような
全然違った角度からの視点で見た
でもちゃんと納得できる解釈で、
私はその解釈が加えられたおかげで
自分のコレクションの本を
破ったり燃やしたりせずに
そのまま
でももっと味わい深く楽しめるものとして
またそっと本棚に戻せるの。
その体験が
自分を大切にできていると感じられて
嬉しいんだ。
そして、めちゃくちゃ楽しいんだ。
私がちゃこちゃんが好きな理由の一つが
ずっと対等でいてくれるところ。
いつも話してくれることも
ちゃこちゃんが自分の経験を通して考えたこと、分析したことがベースだから
絵に描いた餅でないことがわかる。
「あなたのここがダメなのよ!」にも絶対に、ならない。
それは、ちゃこちゃん自身が
体内の臓器ぜんぶ吐き出すぐらい向き合って
吐き出した臓器ぜんぶ吸うくらい自己受容した
からだと思うんだ。
そして、ちゃこちゃんと繋がっている人たちも
それをやりたいって思ってるし、やってる。
そういう人のことを、
私は応援したいし
仲間と呼びたいんだ。
自分と向き合うって、
悶絶ゾーンと、楽しいゾーンがあると思うんだけど
いま、フィクプロメンバーで悶絶ゾーンにいるのが
なのかなぁって思ってる。
ふじこちゃんは、悶絶が馬力に変換されてるから素敵すぎる
ちぇるちゃんは、とっても苦しんでいるとは思うんだけど
闇標準搭載だから、ちょっと心配はするけど
「とはいえきっと大丈夫☆」と思っています(おい)
私は今は「楽しい!」ゾーンに入ってるけど
いつ悶絶ゾーンに入るかわからないから、
実は内心びくびくしていたりします
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