-ガッッッ。
いきなり彼女に叩かれた《狼》達は、瞳を驚愕の色に染め、そのまま地面に倒れ込む。
乱戦ではよくある事に対し、倒れた《狼》が驚いていた理由。それは常に共闘してきた《狼》たちが、彼ら以外を味方だと勘違いしていたからだ。
「たった二人の一年に、群がって……情けない!!」
それは、地に伏した《狼》-否、犬に対する言葉でありながら、彼女自身の自嘲でもあった。
「《狼》なら、最後まで《狼》でいろ!」
自分にこんな事を言う権利がないことは分かっている。でも言わねばならない。行かねばならない。
それが彼女の義務。
一人の《狼》を消し去った、彼女の義務。
「争奪戦は、全員が敵。清く正しく殺し合う」
「そして、なにより、誇りをもって闘え」
「それが《狼》の、、、義務だ」
前代未聞の復讐戦は、ようやく最後の一戦を残すのみとなった。






「運いいっすね」
俺はこちらに歩いてくる一匹の《狼》に言った。そう、高坂椿に。
「当たり前だろ、生徒会長なんだからな」
「完璧に飛ばしたはずなんだけどなぁ」
「入りたての一年にやられて、生徒会長が務まるかよ」
彼女は首をならしながら、こちらに向かって歩いてくる。
口に獣のような獰猛な笑みを張り付けて。
「それでも一回、お前に狩られた時は、悔しかったぜ?」
「嘘付け。全然悔しそうじゃないっすよ」
視線が交錯する。
今、ここにいるのは俺と辻恋。そして、生徒会長の三人だけだ。
「当たり前だろ」
彼女は、狩りの直前の獣みたいな雰囲気を漂わせながら、重心を低く落とす。
そして
「そのリベンジがこんなにも早くできるんだからな!!」
「-っ!?」
一閃。
読んで名の通り、一筋の閃光となって、彼女は俺に肉薄する。
来ると分かっていても尚、反応に窮する程の鋭さ。それを特殊体質を使わず、生身で再現した彼女は、賞賛に値した。
だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。
「っは!!」
俺は精一杯の力で横に飛ぶ。飛ぶと言っても、ほんの1メートルくらいだが、その1メートルが俺の命運を分ける。
-そして、避けることに成功した。
その瞬間、攻守は逆転する。彼女の性格や、あのスピードから伺うに、彼女は一撃で俺を執るつもりだったのだろう。必然、大振りの攻撃となる。
その隙が勝機…!!
「もらった…!」
俺は笑みを顔に張り付けて、固く握った右拳を
「---っ!?」
止めた。なにか嫌な予感がしたのだ。
そして、どうやらその直感はあたったようだった。
「あれ、引っかかんなかった?」
本来なら俺の頭があるべき位置に、茶色のローファーがあった。
「ど頭に蹴り入れてやろうと思ってたのに」
彼女はヒラヒラっと足を動かす。
男として、当然普段踏みいることの許されない神々しい聖域、性域に目がいったが、スパッツという、絶望の黒を備えた壁に、ガードされた。
「中道恭一……お前、最低だな」
すると視線に気付いた彼女はジト目で言ってくる。
「違いますって!!事故です!!断じて抗議します!」
「なにが違うんだ…よ!!」
彼女は、自らの小さな拳を、俺に振りかぶる。それは、殴るというより、槍での突きに近かった。
速さのみを追求した、一点突き。
かろうじて身をひねり、それをかわすが、彼女は素早く切り返し、蹴りを放ってくる。
さらにそれを避けても尚追撃してくる拳。蹴り。
止まることのない猛攻、俺は防戦一方だった。
「そんなんじゃ、弁当穫っちまうぞ!!」
「勝ち気なのは…良いですが」
俺は無限に続く猛攻を捌きながら、答える。
「敵は俺一人じゃないですよ」
ごっ、と会長の後頭部に辞書が当たる。

そう、辻恋だ。辻恋が、会長が俺に集中している隙を見て、辞書を会長に投げつけたのだ。

「--!!」

声にならない悲鳴を彼女があげた隙に、俺は彼女の顎に拳底をぶつける。

その反動で少し宙に上がった彼女の体に更に右のストレート。

鈍い音を立てながら吹っ飛ぶ彼女の腕を掴んで、俺は彼女を引き寄せる。

そして、その鳩尾に拳を叩き込んだ。

「がはっ!!」

拳の勢いと、彼女の軽い体の両方が作用して、彼女は数メートル吹っ飛んだ。

「会長の敵は、俺一人じゃないでしょう?」

彼女は答えない。

気を失ったのだろうか。動く気配がない。

そこから更に30秒待ったが、反応がなかったので、多分気絶したのだろう。

「はは……ははははは!!!やったぞ!中道!」

辻恋が、近寄ってくる。

心底嬉しそうな顔だ。

だが、それは俺も同じことだった。

「あぁ…!不可能を可能にしたんだ。復讐は終わった!」

俺たちは二人、数秒間喜び合う。

しかし、先程のように《狼》が気絶から戻ったら面倒なので、すぐに購買の陳列棚へ向かった。

陳列棚には色鮮やかな、小さい弁当が10個あり、その姿はまさに荘厳。

美しかった。

それを一つづつ購買の店員に渡して、貰ったレジ袋に詰め込んでいく。

そして、最後の一個というところで

「弁当は、、、、私のもんだ!!」

再び鬼が起きた。






「あ……」

一瞬で俺の意識は刈り取られた。

連戦による疲労。勝利の瞬間の脱力。油断。

それが、俺の隙となった。

目の前の弁当の姿に目を奪われ、気付かなかったのだ。

後ろから迫り来る、紅い鬼に。

「弁当は、、、、私のもんだ!!」

大声をあげた鬼は、俺の頭に拳底を食らわせ、隣にいた辻恋を弾きとばす。

辻恋は驚愕に目を染めたが、執念で彼女も道連れにして、床に倒れ込む。

その二人が、立つのは同時。

そして、会長の例の猛攻が--。

「辻--恋、、、」

------。

何かを言いかけようとして、俺の意識は途切れた。





放課後。

生徒会室で、彼女に聞いた。

「会長、、、、負けたんですね?」

負けた。

つまり、昼の争奪戦のことだ。

俺が意識を失い、辻恋と会長の一騎打ちとなった後。

あの後、ボロボロになりながらも一年の《狼》に弁当を配っていた辻恋の様子から、彼が勝ったことを伺えた。

「あぁ……。そりゃあ私だって負けることくらいある」

彼女は不機嫌そうに鼻をならして、そう答えた。

「でも、、、辻恋には失礼だけど、あいつに会長を上回る実力があったとは…とても」

「信じられないか?」

「はい」

「でも事実だ。奴は強かった。決死の覚悟だった」

「はぁ…」

「中道恭一。お前だって、全ての《狼》を敵に回すなんて無謀なことをやってのけたじゃないか」

つまり、辻恋も同じことをしただけだ。会長はそう言って、この話を終わらせた。

まぁ、確かに、辻恋の想いは強かった。

それが、生徒会長を負かすほどの力となったというわけか。

「なーんか、納得いかねぇなぁ」

しかし、そんなことを言うと、自分が《狼》全員を相手にしたのも、割りと気持ちの問題なので、自己完結しておく。

「…辻恋は今、兄貴に弁当食わせてんのかな…?」

俺は、窓の外を見て、独りごとのように呟く。

『要塞』と呼ばれた《狼》は、辻恋の復讐で少しは気が晴れただろうか。

それとも、無茶した弟を怒るだろうか。あそこ兄弟仲いいようだし。

「-いや、俺には関係ないか。依頼の範囲外だしな」

それに、うまくやっているだろう。辻恋なら。

あれほどの苦労をして怒られたら、報われないしな。

そうやって、自分の中で今回の件全てを自己完結させたら、いきなり強烈な眠気が襲ってきた。

どうやら今回のことで、自分も疲れていたらしい。

「会長、今日はちょっと、先に失礼しますね」

「ん。…とそれはいいが」

「?なんです」

「おまえ、私を散々殴ったんだからな。落とし前はつけてもらうぞ?」

「え……?会長、自分で、殴り合い公認してましたよね…?」

「あーあ。こんなに痣できてる。女の子をこんなに殴るなんて、中道君ちょっと…」

「なんでいきなり中道君!?ちょ…!」

「なんてことを私が言ったら……中道恭一の周りは、賑やかになるな」

「いじめ的な意味で!?」

「パトランプ的な意味で」

それ、警察来ちゃってるよ!!逮捕だよ!!

「ということで、落とし前付けろよ?」

彼女は邪悪な笑みを向けてくる。

俺には選択肢などひとつしかなかった。

「……はい。すいませんでした…。また後日に」

「よろしい。んじゃ、またなー」

会長が手を振ってくる。

俺は返す気にもなれなかったが、こんなとこで文句言われても仕方ないので、手を振り返す。

すると、会長はニッコリ笑って、手を振り続けてくれた。

うん、めっちゃ可愛い。

可愛いから許す。落とし前でもなんでもしよう。

俺は現実を受け入れた。可愛いは正義だ。

そうして俺は、生徒会室を出た。




争奪戦での戦利品

・花見弁当一つ

・可愛いは正義


争奪戦での負傷

・落とし前

・完治しかかっていた左腕の故障(めっさ痛い)








ベントー編終わり