「…来ちまった」
恭一は苦虫を噛み潰したかのような顔で呟いた。
東校舎四階の突き当たり、『生徒会室』と書かれたプレートが下がっている教室の前で、彼は呟いていた。
「さて…どうしたものか」
元々彼がここにいる理由は、同クラスの倉敷千恵に嘘をついたことが始まりなのだが、その嘘の内容があまりに重かった。どのくらいかというと、初対面の人間に次々と「死ぬな」と言われ、お守りまでくれる人まで出てくるレベル。
「今更嘘でした。…はないよな」
恭一は初対面のクラスメート全員に嘘をつくのは、なんとも印象が悪いと思い、なんとか決心して目の前の木のドアを叩いた。
「ん…?どなただい?」
中から女の子の声が聞こえ、少し驚く。不審者などを追い払うとかの仕事なのだから、ムサい男の集団かと思っていたのだが。
(いや…特殊体質があるからか)
特殊体質がある今じゃ、男も女も関係ない。ただ、持って生まれた才能の差。これが絶対なのだ。
恭一は更に気分が重くなるが、ここにグダグダと居座るわけにもいかないので口を開く。
「すいませーん。1-B25番、中道恭一と言います。生徒会に入りたくて来ました」
そこまで言うと、ドアが開いた。
「新入生か。どうぞ、中へ」
ドアを内側から開けてくれた女子生徒は、黒髪のおかっぱ。背は160くらいで、どこか落ち着いた雰囲気の美人った。
「あ、どうも」
恭一は部屋の中にあるソファーに座る。中々感触が良かった。高い物なんだろうか。
恭一は緊張を和らげるため、そんな無駄なことを考える。
だが、相手の女生徒は特に緊張したそぶりもなく、落ち着き払っていて恭一は少し格好いいなと思ってしまった。女の人相手に。
「さて、新入生もとい中道君。生徒会に入ろうとした動機は?」
彼は少し困った。動機なんて全く考えていなかったからだ。
「えー…。生徒会て、なんか響きがハーレムラブコメになりそうじゃないですか」
(しまったぁぁぁぁあ!!よりにもよって馬鹿な回答しちまった!!)
彼の答えに彼女は一瞬目を丸くするが、すぐに笑い始めた。
「あはははは。これはこれは。じゃあ、私も君のハーレムメンバーなのか」
恭一はやけくそ気味に答える。
「えぇ、先輩は美人ですし」
「ははは。お世辞はいいさ。私は2-D、藤咲紗織だ。よろしく」
「よろしくお願いします。藤咲先輩」
「あぁ、恭一くん」
いきなり下の名前で呼ばれて恭一は驚いたが、別に不快に思うことはなかった。
「生徒会に入ってやりたいこととかは?」
「だからハーレムの建設で」
「…本気なのかい?」
彼女からの視線の種類が変わった。馬鹿を見る目だ。
「…ふむ。なかなか君は面白い人間だな」
彼女はそう言いながらソファーから立ち上がる。
「ま、前置きはおいといて、始めようか」
「え?なにをですか?」
恭一が聞き返すと、彼女はニヤリと笑って答えた。
「入部試験さ」

中道恭一は困っていた。それは彼女から聞かされた試験内容に対して、困っていた。


-十分前。


「入部試験?そんなんあるんですか?」
「そりゃあ、危険だからね、ここは。君もなにかしらの噂を聞いたことがあるだろう?」
「えぇ、まぁ。不審者の撃退とか」
「そうそう。そういうの。他にも生徒同士の喧嘩とかも止めなきゃいけない」
一般生徒同士の喧嘩でも特殊体質がある今では、とても危険なのである。
「はぁ…。分かりました。で、どのような試験を?」
「んー、そうだな。じゃあ私と模擬戦してもらおうかな」
彼女の口から出た模擬戦と言う言葉が彼には分からなかった。
「模擬…戦?」
「恭一くん…。生徒会に入りたいのなら、一応、基本的な校則は読むべきだよ」
「あー。すいません」
彼女はため息をつき、模擬戦について話し始めた。
「模擬戦というのはね。簡単にいえば、公的に承認された喧嘩さ。どうしても喧嘩に発展することがあるから、制定されたのさ。
部活内の練習試合じみた手合わせも、模擬戦と扱われるから、剣道部や柔道部はよく使うよ」
彼女はさらに続ける。
「模擬戦は、生徒会に申請書を出して、生徒会側から一人派遣されたら、始めることができて、正規の手順をふまないで喧嘩などをしているところを見かけたら、それ相応の罰がくだるよ」
「まぁ、しかし生徒会の業務に学校のパトロールは含まれていないし、それは風紀委の仕事だからね。歩いてたら見かけた、レベルでいいんだけどね」
長々と説明した彼女は、一度息をつき、余裕のある笑みで恭一に向き直った。
「なにか質問とかあるかい?」
「えー…と。よく噛みませんでしたね。さすがです」
「ははは。嘗めてるのかい?」
「すみませんした」
彼女は割と短気なのかもしれない。
「そうだね。じゃあ模擬戦のルールを決めようか」
「ルールですか?」
「まぁ、行動範囲とか勝敗のつけ方とかそこらヘんさ」
彼女は顎に人差し指を当て、考える素振りをする。そして五秒程たってから、口を開いた。
「そうだな。範囲は校内全域、制限時間は三時間。勝敗はどちらかが、参った、と言うまで」
彼女はそう言ってから妖しげに笑って、付け加えた。
「参ったと言わせたら、君を採用しよう」


そして今に至るわけだ。
「いや…しかし女の子を殴るわけにもいかないしなぁ…」
ということで恭一は困っていた。
ちなみに今、彼は渡り廊下の真ん中あたりをうろついていた。
「でも、生徒会に入んないとなぁ…」
彼は前述したように特殊体質をもっていない。彼は、生徒会に入れなかった理由を『殊体質がないから』とされるのが嫌だった。
と、そんな事を考えていたら
「っっ!?」
恭一の顔スレスレに高速のなにかが飛んできた。
ガッ、と鈍い音をたて、壁にぶち当たって地面に落ちたそれは生徒用の〈机〉
「机…!?」
すると、机が飛んできた方向から見知った大人っぽい声が聞こえてきた。
「恭一くん。真面目にやりなよ?でないと」


「死ぬよ」




「恭一くん。三時間の間に私に実力を見せてもらわないといけないんだけど」
「分かってますよ」
「…そっちからこないのなら、こっちから行く、よ!!」
言いながら彼女は恭一に『肉薄』する。
「っ!?速!?どうやって!?」
彼女と恭一には少なく見積もっても10mはあった。
それを一瞬で詰められる能力。
「考え事かい?そういうのは、余裕のある人間にだけに許されるものだよ」
彼女の拳が恭一めがけて突き上げられる。
彼はとっさに腕をクロスさせて、防御の姿勢をとろうとした。
彼女の顔が歪んでいることに気付くまでは。
「っらぁ!!」
彼は無理やり足を引っかけて、自分から床に向かって転倒する。
勢いよく床にぶつかり、肺の中の空気が一気に抜けるが、彼は我慢して彼女と距離をとる。
「うん。良い判断だよ。今のはよけるのが正解だ」
彼女はどこか安堵したような表情を見せ、そう言った。しかし、彼を休ませることはしなかった。
「じゃあ次行くよ」
彼女はまた、彼との間を一気に詰め、恭一を蹴り上げる。
彼はそれをバックステップでかわすが、すぐに彼女は追撃してくる。右、左アッパー、ローキック、足払い。
「どうしたんだい。時間は有限だよ。反撃しないと」
「させるつもりないですよね、絶対!!」
実際、彼女のそれは、猛攻と言っても差し支えないレベルだった。
(このままじゃ壁際に追い詰められて、多分俺はやられる。ここでどうにかしねえと…。でも、今なにも持ってねえし…)
彼女の攻撃をあしらいながら、彼は考える。そして一つだけ思いついた。
(自分で思いついてなんだけど、、、あんまりやりたくないなぁ…)
彼の表情を見て気づいたのか、紗織は言った。
「なにか思いついたのかい?このままじゃジリ貧なんだし、ためすといいさ」
「え…。でも、先輩嫌がりますよ」
「これは模擬戦だよ?相手の嫌がることをしてなんぼじゃないか」
「…いや、でも」
「ほらほら壁が近くなってきてる、よ!!」
キレの良い、彼女の回し蹴りが恭一の鼻をかすめる。
彼女の猛攻を反撃もせず、あしらい続けていたせいで集中力が落ちてきたのだ。
もう渡り廊下は渡り終えて、壁まであと五メートルもない。恭一は覚悟を決めた。
「先輩、ごめん!!」
彼は彼女の攻撃を片手で捌き、もう一方の手で思い切りめくりあげた。


彼女のスカートを。


布一枚という、薄っぺらいように見えて、堅牢な防御壁が消え去り、彼の目の前に広がる黒とレースでつくられたユートピア。
ほんの数秒。
学校指定の、緑と黒で構成されたチェック柄の布切れが元の場所へフワフワと戻るまでのほんの少しの時間であったが、身体が宙に浮かび、天国へと昇っているかのようだった。
訂正。彼の身体は、確かに宙に浮かんでいた。
彼女に、飛ばされたのだ。
ドッ、と鈍い音をたてて背中から彼は床に落ちる。その痛みで彼は正気に戻る。
「かっは…。ごふごふっ」
彼は咽せながらも、立ち上がり、後退しようとしたが。
「なっ…!?壁!?5mもとんだのかよ!?」
彼女に5mも飛ばされたのだ。彼女の細いしなやかな腕に。
「…君は立ち直りが早いね。痛くないのかい」
「全然痛くない。ハーレムの一員にやられたら格好悪いでしょ?」痛くないわけなかった。殴られて口の中を切ったらしい。鉄の味がする。
「口から、血でてるよ」
「まじかよ!!せっかく決まった、と思ったのに」
痛みのせいでテンションがおかしくなってきたようだ。
「…それで君はなんで、私のスカートをめくったんだい」
「それだよ、それ!!なんで動じないんだ。女の子なのに!!」
「しかし、君が見とれては意味がないだろう。しかし……私が女の子か」
「え?最後の方なんて…」
彼の言葉を遮り、彼女は恭一を真っ直ぐ見つめて、言う。
「君はいつまで私を女の子だ、と言うのだろう」
その問いに、彼はすぐに答えられなかった。
彼女の瞳が悲しみに染まっていたから。
安易で適当な返事をしたくなかった。できなかった。
彼女は二秒程の沈黙の後、恭一の言葉を待たずに続けた。
「昔、私には好きな人がいたんだ」
「その男は、正義感の塊のような男でね。味方も多かったけど、敵も多かったんだ」
「ある日そいつが、放課後一人で校舎裏に歩いて行くところを見てね。気になったからついて行ったんだ」
「半ば予想はしてたんだけど、やっぱりそいつは不良グループに囲まれててね。殴られてたんだ」
「あの時の私は、今の力を手に入れたばかりでね。この力を使えば彼を救えると思ったんだ」
「すぐに片付いたよ。戦闘経験の無い私でも特殊体質を使ったらあっという間だった」
「戦ってる最中は無我夢中だった。ボロボロの彼を見て、憎しみが止まらなかったからね」
「喧嘩が終わって彼を見ると、彼は怯えた目で私を見ていたんだ」
「私が、彼に近付くと彼は後退りながら、私を指差して言ったんだ」

「化け物」

「彼を救ったつもりが、彼の恐怖の対象になってしまったんだ」
「でも、彼の言うとおりだったよ。私の手は返り血で紅く染まって、地面に寝転がっている男達は無惨だった」
彼女は自虐的に言う。
「恭一くん、君は私を女の子と言えるのかい」
彼女は彼がなにも言わない内に彼に近付いた。彼に答えさせないように素早く。
「変なことを言ったね。忘れてくれ」
彼女はそう言いながら、彼に右拳を突き出した。彼は避けようとしなかった。彼女はそれほどに速かった。
だが
「先輩が自分をどう思ってようと、先輩は化け物なんかじゃないです。だって」
彼は反応しなかったわけではなかった。

「こんなへなちょこパンチを、化け物がうつわけないでしょう?」

彼女の拳を受け止めるために動く必要が無かったのだ。
「な…!?恭一くん、なにを」
もちろん彼女のパンチが弱いわけなかった。
もちろん恭一も痛くないわけ無かった。
それでも彼は痛みを我慢して続ける。
「化け物だとか言わないで下さい」
「え…?」
「俺が可愛いと思った人なんです。その人を化け物とか言わないで下さい」
「恭一く…ん?」
「こんな可愛い娘が化け物なわけないだろ。いい加減、目をさましやがれ」
恭一が敬語を忘れてしまったのは致し方ないだろう