「The Ryukyu龍宮・玉手箱!」へようこそ

 

こんにちは

Riccaです

 

昨日、自分の自信のなさや

そこから生じる人への依存心の強さ

 

そんなことに気づかされる出来事がありました

 

人間の人生は

常に何かを決断したり

選択することの連続です

 

自分がどうしたいか?

 

それしかありません

 

でも、自分に自信がない時って

誰かに決めてもらいたい

 

そんな甘えというか

依存心が出てくる時も

あるのではないでしょうか…?

 

「不安で自信がないのは

分かるけど… でも、そうじゃないよね?!」

 

って、指摘されて

 

「確かにそうですねショック

 

と思ったのですが…

 

私は長い間、精神科病院で

働いてきました。

 

統合失調症などの病気を患い

病気の症状として意欲の減退や

自発性の低下に苦しむ患者さんたちに

みてきました。


意欲減退や自発性の低下は

病気の症状ですが

 

周りはそのようには捉えず

 

ただ「怠けている」と

批判する方もおられます。

 

病気になる前のように

元気になって欲しい

 

そんな願いから

叱咤激励のつもりなのかもしれません

 

しかし、行動したいのに

そのエネルギーが湧かない

思考もまとまらない

 

なのに周りからは責められる

 

そんな苦悩や孤独感に

寄り添う人も絶対に必要。

 

そう思って彼らと関わってきました。

 

 

そんな背景を持つからなのか

 

私も無意識のうちに

他人に対して

寄り添って欲しい

 

という期待があったのかもしれません

 

そんなに依存的では

世の中ではやっていけない

いつも心が傷つけられてしまう

 

もっと自立した強い人間に

ならなくちゃ!!

 

昨日はなんとなくそんな風に

奮起していたのですが

 

なんかやっぱり違うな〜

って思い直しています

 

なぜなら、

それでは自分を否定していることになるから

 

自信がない時

なんか不安な時

どうしていいか決められない時

 

そんな時

誰かに

 

「そうなんだね」って

 

じっくり話を聞いてもらいたいな〜

 

って思う自分を

 

「そんなんじゃダメだよ!プンプン

 

って言ってしまったら

 

「誰も分かってくれないえーん

 

どころか

 

「自分も分かってくれない〜えーんえーん

 

ってなってしまいますからね

 

ただ、大人になると

 

子供の時のように

親や兄弟に甘えられるわけではありません

 

(甘えてもいいのかもしれないけど…

もうこの世に存在していないから無理な場合もありますしね)

 

友人や同僚にも

やはりそういう甘えを

受け止めてと期待しても

 

それこそがっかりさせられて

ちょっと心が折れてしまうかもしれませんね…

 

だからこそ

誰かに少しだけ

頼りたいという自分の気持ちを

 

自分までもが否定したり

批判するのは、やめよう

 

自分の中にそんな依存欲求がある、

ということをちゃんと受け止めて

 

そして自分なりに自分を満たす為に

どうするか考えて実行すること

 

ちなみに私はビーチをひたすら歩きますかに座

 

波の音を聞いていると、

それこそ誰かが

 

「そうなんだ〜。自信がなくて不安なんだね〜。

いいよ、いいよ。焦らなくても〜」

 

そんな風に言ってくれているような安心感を感じます

 

自分の甘え欲求を

理解してくれない人や

満たしてくれない人を

 

責めるわけでもなく

 

ただ

自分の中で抱え、満たすこと

 

そしてしっかり満たされた時に

 

人から言われなくても

自分で自分に鞭打たなくても

 

ちゃんと自分の人生の選択や

決断を下せるようになります

 

だって自分の人生ですからねウインク

 

もしも甘えを満たしてくれなかった人を

責めたくなったら

 

その時はまだ自分で自分を十分に

満たしてあげれていない証拠です

 

もっとビーチ歩くか

もっと好きなことするか

もっと何もしない時間過ごすかして

 

自分を満たしてあげましょうラブラブ

 

これが「自立」へのプロセス音譜

 

この年になっても

ま〜だ自立への道を

歩み続けているんだなぁ

 

今日も最後までお読みいただき

ありがとうございました